ここ最近、「つながりにくい」「通信速度が遅い」との声が多く聞かれるNTTドコモ。2023年4月26日に実施した説明会で、同社はその原因がトラフィックの増大と、5Gネットワーク整備が途上であることが影響していると説明しました。しかし、5Gで携帯各社のネットワーク整備意欲が大きく落ちていることも少なからず影響しているのではないでしょうか。

  • 古くから通信品質の高さで定評のあったNTTドコモだが、ここしばらく通信品質への不満が聞かれるようになった。その背景は何か

トラフィック急増に「瞬速5G」が間に合わず

NTTドコモは、国内で最も多くの顧客を抱える携帯電話事業者ですが、ここ最近そのNTTドコモの回線利用者から「つながらない」など不満の声が多く聞かれるようになりました。そうした声はSNSで見かけるだけでなく、筆者の知り合いなどからもかなりの割合で聞こえ、「解約したい」との声を聞くこともあるだけに、ユーザーの不満がかなり高まっている様子を実感しています。

しかしなぜ、NTTドコモの回線で通信品質が大きく落ちているのでしょうか。不満の声を受けてなのか、2023年4月26日に同社は記者向けの説明会を実施し、つながりにくい原因とその対処について説明しました。

同社の説明によりますと、つながりにくさの原因は通信トラフィックの増加にあるようです。つながりにくい事象が起きやすいのは、東京であれば山手線の沿線など、都市部の中でも人が非常に多く訪れる場所のようで、そうした場所では通信量も必然的に多くなることから、混雑で通信品質が落ちるというのは十分考えられることでもあります。

ですが、そうした場所では携帯各社がネットワークを積極的に増強し、通信品質を向上させる努力をしていますし、他社回線の利用者からは現在のところ、NTTドコモほど不満の声が聞こえてくるわけではありません。ではなぜ、NTTドコモの通信品質が落ちているのかというと、そこに影響しているのは「瞬速5G」のようです。

  • NTTドコモの「つながりにくい」問題に対して、同社が2023年4月26日に説明会を実施。「瞬速5G」の整備に時間がかかりトラフィックの増加に追いつかず、4G基地局に負担がかかっていることがおもな理由だとしている

瞬速5Gは、5G向けに割り当てられた3.7GHz帯、4.5GHz帯、28GHz帯といった高い周波数帯を用いて整備された同社の5Gネットワークのことを指します。こうした周波数帯は帯域幅が広いので、4G向けの周波数帯よりはるかに高速大容量通信を実現できることから、NTTドコモはこれまで都市部を中心に、瞬速5Gに注力して5Gの整備を進めてきました。

ですが、瞬速5Gの基地局を設置するには地権者との交渉が必要っであったり、整備しても再開発で人の流れが変わってしまったりするなどして、整備に時間がかかっているようです。それゆえ、現在は瞬速5G対応済みの基地局と、未対応の基地局が混在している状況にあるのですが、つながりにくい事象が発生しているのは未対応の基地局でカバーしているエリアのようです。

そうしたエリアでは、4Gのみで増加したトラフィックを賄っているため、そもそも容量が不足しているとのこと。加えて、屋外に設置した基地局の一部は屋内もカバーしていることから、屋内カバーに用いられているプラチナバンドの800MHz帯が屋内のトラフィック増加でひっ迫し、屋外でもつながりにくくなってしまうケースも増えているようです。

本質的な対策には、瞬速5Gの対応基地局を増やすことが求められるのですが、先にも触れた通りそれには時間がかかってしまうようです。そこで、当面は4Gの通信をチューニングし、瞬速5G対応基地局の電波を少し広げて未対応基地局のトラフィックをカバーする、端末がなるべく800MHz帯以外の周波数帯に接続するようにするなどの対策をするそうで、2023年夏までに対策を済ませる予定だといいます。

  • 瞬速5Gの拡大には時間がかかるため、当面はネットワークのチューニングによってつながりにくさへの対処を進めるとのこと

5Gで減少した“需要”と“お金”

こうしたトラブルは、通信規格が新しいものに移る際には起き得るもので、3Gから4Gに移る際にも想定していなかったトラフィックの増加などによって通信障害が起きるケースが何度か見られました。それゆえ、2021年ごろ話題となった「パケ止まり」などと同様、今回のNTTドコモのケースが4Gから5Gへ移行する過渡期ゆえに起きている事象であることは確かでしょう。

  • 通信方式が入れ替わるタイミングでトラブルが起きるケースは多く、2010年にLTEのサービスを開始したNTTドコモは、スマートフォンの急増で利用が増えた2011年から2012年にかけ、通信障害を何度か発生させている

ですが、4Gの時と比べた場合、5Gで大きく事情が変わってしまっているのが“需要”と“お金”です。確かに、通信容量を増やして増大するトラフィックに応えるうえで、より高い周波数帯を使う5Gへの移行が必要なことは間違いありませんが、ユーザーとしては「4Gだからといって困ることがあまりない」というのも正直なところではないでしょうか。

実際、スマートフォンで動画を視聴する分には4Gの通信速度でも十分ですし、日本の4Gネットワークは非常に性能が高く、他国の5Gに匹敵する通信速度が出る場合もあるので、なおさら5Gに移行する必要性が薄い状況にあります。それゆえ携帯各社も、トラフィック対策以外に5Gの基地局を整備するモチベーションが弱く、スマートフォンで最初から大きな需要が見込めた4Gの時と比べると、特に瞬速5Gのような高い周波数を用いた基地局の整備ペースがかなり遅くなっています。

それに加えて、5Gの整備が本格化したタイミングで菅義偉前首相による料金引き下げ要請があり、通信料金の引き下げを余儀なくされたことから、携帯各社は年間1,000億円前後というレベルで大幅に利益を落としています。それゆえ4G時代までのように、潤沢な資金を用いて全国津々浦々に質の高いネットワークを整備することができなくなってしまったのです。

  • 総務省「携帯料金の低廉化の影響」より。菅政権下での料金引き下げ要請の影響で携帯各社は業績を大幅に落とし、利益が毎年1,000億円前後も吹き飛んでしまっている状況だ

つまり、5Gの使い道が乏しく携帯各社が投資するモチベーションが低いのに加え、政府の値下げ要請で経営が悪化し、シンプルにお金がなくなったことが、携帯各社の5G整備の意欲を落とす大きな原因となっているわけです。実際、5G向けの高い周波数帯を用いた基地局の整備は、現状都市部や主要鉄道沿線などに限られており、4Gのように面的に高速通信ができる5Gのネットワークを広げようという動きには至っていません。

それゆえ、携帯各社の消極的な姿勢が続くようであれば、通信品質低下が起きても「お金がかかる」「時間がかかる」などを理由に大幅な改善が進まないケースが増えてくるかもしれません。それは、これまで世界的にも非常に高い品質を誇ってきた日本のモバイル通信が、大幅に劣化してしまう可能性があることを示しています。

その改善のために必要なのは、携帯各社が5Gを整備するモチベーションを高めること、具体的には4G時代のスマートフォンに匹敵する5Gのキラーデバイス・サービスが登場するか、大容量プランの契約が大幅に増えて携帯各社の収益が大幅に改善するかというところなのですが、現時点ではいずれもあまり現実的とはいえないだけに、5Gで日本の通信品質低下は避けられないというのが筆者の見方です。