政府が、日本電信電話(NTT)の売却方針を打ち出したのを機として、突如巻き起こっている「NTT法」の見直しに関する議論。NTTが、見直しの末にNTT法が必要なくなるとしている一方、競合するKDDIなどはNTT法の維持を求めて猛反発しています。一体、なぜNTT法を見直す必要が出てきたのでしょうか。

NTT法を変えないと政府はNTT株を売れない

ここ最近、通信業界で急速に大きな関心を呼ぶようになったのが「NTT法」です。実際、2023年10月19日にはNTTと、その競合となるKDDI、ソフトバンク、楽天モバイルの3社が、まったく同じ時間に記者説明会を実施して、NTT法のあり方に関する考え方を説明しました。

  • 2023年10月19日にNTTは記者会見を実施し、代表取締役社長の島田純氏がNTT法のあり方について説明した

しかもNTT側は、NTT法の見直しをすることで「結果的に廃止になる」と主張する一方、競合3社はNTT法の廃止に明確に反対を表明。全国180の通信事業者や自治体などの連名で、政府与党となる自由民主党や総務大臣に、NTT法の廃止に反対する要望書を提出しています。

  • NTTの会見とは別の会場で、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイルの3社が記者会見を実施。3社を含む180者でNTT法の廃止に反対する要望書を提出したとしている

確かに、NTTのあり方を巡っては、これまでにもNTT側の取り組みに競合他社が猛反発するケースが少なからずありました。最近の事例でいえば、2020年にNTTがNTTドコモの完全子会社化を発表した時にも、競合他社はNTTグループの一体化が進むとして、総務大臣に意見申出書を提出するなどして猛反発した経緯があります。

  • NTTは2020年9月、突如NTTドコモの完全子会社化を発表。この際も、競合各社は猛反発し、総務大臣に意見申出書を提出するなどの行動を起こしている

ですが、NTTの民営化からすでに40年以上経過していることもあって、なぜNTTの施策に競合他社がそれほど反発するのか、よく分からないという人も少なからずいるのではないでしょうか。今回のNTT法を巡る動向から、その背景を探ってみたいと思います。

そもそもNTT法とは「日本電信電話株式会社等に関する法律」というもので、その対象となるのはNTTと、固定通信などを提供している東日本電信電話・西日本電信電話(NTT東西)の3社です。そしてこの法律は、NTTの前身となる日本電信電話公社(電電公社)が民営化された1985年に制定された「日本電信電話株式会社法」をベースにしながら、NTTグループの分離・分割などによって改定がなされ、現在の形に至っています。

そのNTT法がなぜ今、見直しをすることになったのかといえば、日本政府が保有するNTTの株式を売却する案を打ち出したため。政府は、防衛費を増額する方針を打ち出しており、増税による国民負担を抑えて財源を確保する策の1つとしてNTT株の売却という案が浮上したわけです。

実際、政府はNTTの株式を3割以上保有しているので、それを売却すれば多くの資金が得られる可能性はあるのですが、だからといって政府はNTTの株式を自由に売ることはできません。なぜなら、政府がそれだけのNTT株を保有しているのはNTT法で定められているからで、売却のためにはNTT法を改正する必要があるのです。

そこで、政府によるNTT株売却の話を機として、NTT法そのものを見直すべきではないかという議論が起きているわけです。先にも触れた通り、NTT法は40年近く前に制定された法律を引き継いでいることから、令和の現代にはそぐわない内容もいくつか出てきており、それがNTTが事業を広げる上で足を引っ張っている部分もあるのです。

「結果的に廃止」を訴えるNTT、競合の懸念は

とりわけNTT側が問題視しているのが研究開発の開示義務で、NTTはNTT法によって研究開発した成果を開示する義務が課せられています。これは、NTTがもともと公社で市場を独占していたことから、競合となる(当時の)新興企業が技術面で不利とならないよう設けられた規制といえます。

そして現在、この規制が問題となっているケースの1つが他社との共同研究です。NTT側に研究開発の開示義務があることを嫌って、共同研究が断られるケースも起きているようです。そしてもう1つは経済安全保障上の問題で、現在のNTT法では海外の企業にも研究成果を開示する義務が発生することから、NTTがグループを挙げて研究開発を進めている「IOWN」などの技術も容易に他国に流出してしまう可能性が出てくるわけです。

  • NTTは、NTT法による研究開発の開示義務によって、他社との共同研究や経済安全保証などで問題が出てきていることから、その撤廃を求めている

また、現在のNTT法では外国人が取締役に就任することができません。グローバルで事業を拡大したいNTTにとって、外国人が取締役となってその知見を得られないことが問題となることは確かでしょう。

そしてもう1つ、NTTにとって大きな課題となっているのが固定電話網の維持です。NTT東西はNTT法により、離島や山間部などビジネスが難しい条件不利地域であっても、ユニバーサルサービスとして規定されている固定電話を全国で提供することが義務付けられています。

ですが、光ファイバーなどのブロードバンド回線に固定回線の主流が移り、携帯電話が広く普及した現在も、メタル回線の古い固定電話網を維持することがNTT東西の大きな負担となっており、両社は固定電話維持のため約600億円もの赤字を出しているといいます。それゆえ、無線や衛星回線など、より安価な手段で固定電話を代替するためにもNTT法を改正し、できればブロードバンドサービスのユニバーサルサービス義務を規定している電気通信事業法に、固定電話のユニバーサルサービス義務も統合してほしいというのがNTT側の本音のようです。

  • NTT東西は、ユニバーサルサービスと規定される固定電話を、ブロードバンドサービスのユニバーサルサービスを規定する電気通信事業法と統合し、代替えとなる技術の活用を前提に、条件不利地域でのネットワーク整備の責務を負う姿勢を見せている

そして、これらの見直しがなされれば、NTT法自体の存続意義が失われることから、結果的に廃止になるのではないかというのがNTT側の主張のようです。これに対し競合他社は、時代にそぐわない研究開発の開示義務の廃止などについては賛同する意向を示していますが、NTT法を廃止すること自体には猛反対の様子です。

その理由は、NTTが日本電信電話公社時代に、国のお金で整備した固定通信のネットワークや設備、そして土地を全国に保有していること、そしてその資産を引き継いで事業展開しているNTT東西が、現在でも光ファイバー網で圧倒的な市場シェアを獲得しているからこそです。競合他社は、携帯電話の基地局などを設置する際にもNTT東西の光ネットワークを借りる必要があるのですが、NTT法が廃止されればNTTグループが再集結してNTT東西の固定通信網を独占してしまうという懸念を抱いているわけです。

  • 楽天モバイルはNTT法の廃止がなされれば、NTTグループが再び統合して強大化し、市場の寡占につながりかねないとして反対している

とはいうものの、NTT東西の光ネットワークの貸出に関する規制は、通信事業者全体にかかる法律でもある電気通信事業法で定められているため、NTT法と直接関係するわけではありません。にもかかわらず、競合他社がそれだけの懸念を抱いているのは、先に触れたNTTによるNTTドコモの完全子会社化という前例があるからこそです。

  • NTT東西による光ネットワークの貸出に関する規制は、NTT法ではなく電気通信事業法で定められているものでもある

この完全子会社化は、確かにNTT法や電気通信事業法に触れるものではありませんでしたが、事前に議論や他社への通知などもなく、競合からしてみれば“不意打ち”の形で実施されただけあって、競合による不信感を大幅に高めたことは確かでしょう。それゆえ競合各社は、例えばNTT東西とNTTドコモが合併するなど、NTTグループが再統合しない法的な根拠が必要だとしており、その根拠をNTT法に求めているからこそ廃止に反対している様子です。

こうした競合の声に対し、NTTの代表取締役社長である島田純氏は、電気通信事業法にNTT東西とNTTドコモの合併を禁止する規定を盛り込んでもいい、と話しました。NTTとしては、現在のNTT法による障壁を取り払うためにも、反対の声を強める競合の懸念を払しょくして支持を得たいものと考えられます。ですが一方で、できればNTT法は廃止してほしいという姿勢も見えるだけに、競合がすんなり納得するとは考えにくい、というのが正直なところでしょう。

  • NTTはかねて、NTT東西とNTTドコモを統合する考えはないとしているが、島田氏はさらに、電気通信事業法への禁止規定を盛り込んでもよい、と踏み込んだ発言もしている

ただ、NTT法を巡る議論では、通信事業を担う当事者同士だけでなく、政府の側でも意見が割れているようで、自民党は廃止に前向きな一方、総務省は存続を求めているとされています。それゆえ、NTT法の行方はまだ定まっておらず、当面は各社にとって予断を許さない状況が続くといえそうです。