米モトローラ・モビリティは2023年6月7日、ミドルクラスのスマートフォンの新機種「moto g53j 5G」を発表するとともに、同機種をソフトバンクのワイモバイルブランドに向けてカスタマイズした「moto g53y 5G」の提供も発表しました。日本向けのローカライズを強化するなどして攻めの姿勢を見せるようになったモトローラ・モビリティですが、課題はどこにあるでしょうか。

防水・FeliCa対応の低価格モデルを発表

円安や半導体価格の高騰が直撃したことなどから、国内メーカー3社の撤退・破綻が相次ぎ、大きな波紋を呼んだ国内スマートフォン市場ですが、先日新たな動きが起きました。それは、米国のモトローラ・モビリティが2023年6月8日に発表した新製品にあります。

モトローラ・モビリティは中国のレノボ傘下となって以降、家電量販店やMVNOなどに向けたオープン市場に注力し、低価格のスマートフォンを提供してきました。ですが、同日の発表では、ミドルクラスの新機種「moto g53j 5G」をオープン市場に投入するのと同時に、ソフトバンクのワイモバイルブランドでもmoto g53j 5Gをベースにした「moto g53y 5G」を販売することを明らかにしたのです。

  • モトローラ・モビリティは、ソフトバンクのワイモバイルブランドから、スマートフォン新機種「moto g53y 5G」を発売することを発表。ソフトバンクへの本格的な端末供給に向け大きく踏み出したこととなる

同社がレノボ傘下になって以降、ソフトバンクにスマートフォンを供給するのは2021年の「razr 5G」以来となります。ですが、razr 5Gはディスプレイを折り畳むことができる先進性を前面に打ち出したスマートフォンであり、価格も非常に高く、IP68の防水性能やFeliCaなどのいわゆる“日本仕様”にも対応していないなど、端末を多く売るというよりは先進性をアピールすることが狙いの、やや特殊な位置付けの端末だったといえます。

ですが、moto g53y 5Gは性能こそ高くはないものの、リフレッシュレート120Hz駆動で表示が非常に滑らかな表示のディスプレイを備えるのに加え、防水やFeliCaなどにもしっかり対応。加えて、ベースモデルのmoto g53j 5Gは34,800円ですが、moto g53y 5GはそれよりRAMの容量が少ないとはいえ21,996円という非常に安い値付けがなされています。

  • moto g53y 5Gは、ベースモデルの「moto g53j 5G」と比べRAMの容量が減っているが、カラーが1色増えているのに加え、1万円以上安く販売されるのが大きなポイントだ

それゆえ、ワイモバイルでは番号ポータビリティで一部のプランに加入した人に対し、割引を適用することによりmoto g53y 5Gを一括1円で販売する施策も実施するとのこと。razr 5Gとは違って、本格的に“売る”ことに重点を置いていることが分かります。

先にも触れたように、モトローラ・モビリティは従来オープンでの端末販売をメインとしていましたが、オープン市場でのスマートフォン販売数は少ないことから、国内でのシェアは決して高いとは言えませんでした。ですが、携帯電話会社の大手の一角を占めるソフトバンクが本格的に同社の端末を販売することで、販売数が大幅に増えシェア拡大につながる可能性が高いと考えられます。

松原氏の体制で拡大路線に転換、課題は

モトローラ・モビリティが国内市場で拡大路線に踏み切ったのは、日本法人であるモトローラ・モビリティ・ジャパンの代表取締役社長が現在の松原丈太氏に交代した2020年以降のこと。その方針転換によって大きく変化したのが、1つにローカライズの強化です。

  • モトローラ・モビリティは、日本法人の社長に現在の松原氏が就任した2020年以降、従来の戦略を転換し、日本市場での販売拡大へと大きく舵を切っている

それまでモトローラ・モビリティは、割引がないので低価格が強く求められるオープン市場のみで展開していたこともあって、コストがかかるローカライズに積極的とはいえませんでした。実際、中国の新興メーカーの対応を機としてメーカー各社が防水・FeliCaへの対応を積極化する状況にありながらも、唯一対応を見送る“最後の砦”のメーカーとなっていました。

ですが、松原氏の体制になって以降、日本市場に積極投資して販売拡大する方向へと舵を切り、2021年には先にも触れたrazr 5Gをソフトバンクから販売して携帯電話会社向けの販路を再び開拓。そして、2022年には防水・FeliCaに対応した「moto g52j 5G」を投入し、その実績がmoto g53j 5G/moto g53y 5Gへとつながったわけです。

  • 防水・FeliCaへの対応には消極的だったモトローラ・モビリティだが、2022年発売の「moto g52j 5G」でそれらへの対応を再開している

そして、もう1つがラインナップの強化で、2022年にはスタンダードな形状のハイエンドモデル「edge」シリーズの「motorola edge30 PRO」を日本市場に初投入。razrシリーズと合わせ、低価格に依らないラインナップの拡充も進めている様子がうかがえます。

  • 同じく2022年には、日本で初めて上位モデルの「edge」シリーズの端末「motorola edge30 PRO」を投入。ラインナップの拡充も進めている

携帯各社に端末を供給するうえでは、撤退した京セラやFCNTが得意としていたように各社のニーズに応える端末を直接開発するか、そうでなければ各社のニーズに応えられる幅広いラインナップを用意することが求められます。モトローラ・モビリティは、米国をはじめ世界各国で端末を販売しているだけあってラインナップの幅は広いことから、この動きは日本でも幅広いラインナップの端末を提供できることをアピールし、携帯各社からの信頼を獲得する狙いがあったと見て取れます。

それら一連の取り組みが結実して、同社はソフトバンクへの本格的な端末供給に成功したといえますが、よりシェアを拡大するにあたっては他の携帯電話会社にも端末供給することが求められます。相次ぐ国内メーカーの撤退でそのハードルは低くなったといえますが、一方でモトローラ・モビリティは中国のレノボの傘下にあることから、米中摩擦の影響などで中国メーカーの端末採用を避けているNTTドコモへの端末供給を実現できるかは不透明な部分もあります。

ただ、モトローラ・モビリティ自体は米国に本拠地を置く企業であることや、NTTドコモもレノボ製のノートパソコンを販売した実績があることなどを考えると、純粋な中国メーカーと比べればそのハードルは低いかもしれません。携帯各社がどのような判断をし、その結果としてモトローラ・モビリティが日本市場での存在感をどこまで高められるかは、端末メーカーが減りスマートフォンの選択肢も大幅に減少している日本市場の今後を見据えるうえでも重要なポイントになってくるといえます。

  • NTTドコモは2021年に、モトローラ・モビリティの親会社であるレノボの5G対応ノートパソコン「ThinkPad X1 Nano」を販売した実績がある