前回まで「フネ」の話をいろいろと展開してきたので、その続きで、水中戦(underwater warfare)の話をしてみようと思う。

水中戦というと一般には馴染みの薄い言葉なので、SFちっくな話を思い浮かべてしまう人が少なくなさそうだが、実際には、もっと地に足のついた話である。

水中戦とはなんぞや

というわけで、まずは「水中戦とはなんぞや」という話をしてみることにしよう。

読んで字のごとく、水中で戦われる各種の戦闘行為のことで、主として以下のものが該当する。

  • 対潜戦 (ASW : Anti Submarine Warfare)
  • 対機雷戦 (MCM : Mine Countermeasures)

潜水艦は海中に潜った状態でいるものと思わなければならない。だから、その潜航中の潜水艦を見つけ出して狩り立てるのは、必然的に水中戦の領分になる。

機雷にしても、当節では浮遊機雷は主役ではなく、海中に仕掛けられた係維機雷、あるいは海底に仕掛けられた沈低機雷が主役だから、これまた水中戦の領分になる。

では、海上・陸上・空中とは異なる水中戦の特徴とは何か。それは、探知や目標捕捉の手段として、目視にも電波兵器にも頼れないというところではないだろうか。

よほど水深が浅くて海が澄んでいる場合は別だが、海中にいる物体を海面上から目視で見つけ出すのは、実質的に不可能である。そして、極めて波長が長い超長波(VLF : Very Long Frequency, 3kHz-30kHz)や極超長波(ELF : Extremely Low Frequency, 3Hz-3kHz)でもなければ、電波は海中に透過しない。つまりレーダーによる探知も成り立たない。

VLFやELFは、陸上から潜水艦に対して一方通行の通信文を送る場面で使われているが、なにしろ伝送速度が遅いので、これだけで長大な本文を送るのは難しい。事前に取り決めておいた符丁を送るとか、潜望鏡深度まで浮上するよう指示する(その文面をフネごとに使い分ければ、特定のフネだけに浮上を指示できる)とかいった用途に限定される。

音響が頼り

そんなこんなの事情により、海中で利用できる探知・目標捕捉・通信の手段は、基本的に音響ということになる。使う道具立てに違いはあるが、周波数が高い方が分解能や伝送能力に優れるところは、電波兵器や無線通信と似ている。

そして、音響による探知や目標捕捉を行う機材が、いわゆるソナーである。実はSONAR(SOund NAvigation Ranging)という頭文字略語で、そのルーツになる機材は第二次世界大戦中から使われていた。

それがいわゆるASDIC(Allied Submarine Detection Investigation Committee)で、今風にいえばアクティブ・ソナーである。音波を発信して、反射波が返ってくるのを待つ。もしも海中に潜水艦がいれば、反射波が返ってくる。海中での音波の伝搬速度が分かっていれば、発信から受信までの所要時間で距離が分かるし、どちら向きに発信と受信を行ったかで方位も分かる。

もうひとつ、聞き耳を立てるだけの水中聴音機もあった。今風にいえばパッシブ・ソナーである。要するに高感度の水中マイクで、ソナー員が音を聴いて、相手が何者なのかを判断したり、スクリューの回転数(このデータは速度の高低につながる)を推定したりする。

複数の聴音機を並べてアレイ化して、同じ音源に対して個々の聴音機ごとの位相差を調べれば、方位も把握できる。縦横の二次元に聴音機を並べたアレイがあれば、水平方向の角度と垂直方向の角度の両方を計算できる。

人手による処理からデジタル処理へ

昔のソナーはそれこそ「ソナー員の職人芸頼み」だったから、敵潜を探知できるかどうか、探知した敵潜を取り逃がさずに済むかどうかは、ソナー員の腕前に依存する部分が大きかった。

特にパッシブ・ソナーの場合、どのフネがどんな音を出すのか、というデータベースを頭の中に多く持っているソナー員の方が有利なのは容易に想像がつく。しかも、海中で聴知できる音といっても、フネのエンジンやスクリューが出す音だけではない。寒冷地に行けば氷山同士がぶつかって音を出すし、動物が立てる音もある。そういう音源も聴き分けられないと仕事にならない。

ところが、そのデータの蓄積には実物の音を聴くのがベストだから、場数を踏まないと人が育たない。最終的に生の音を聴いて判断しなければならない場面が出てくるのは致し方ないが、たとえばフネの機関が発する音を聞き分ける場面だけでも、何か援用できるようなテクノロジーはありませんか、という話になる。

たとえば、聴知した音を高速フーリエ変換(FFT : Fast Fourier Transform)に通して、周波数分布を調べる手がある。つまり、聴知した音を周波数帯ごとに分けて、どの周波数帯の音が出ているか、どの周波数帯の音が大きいか、といったことを調べる。

音源によって周波数分布の特性に違いがあれば、高速フーリエ変換の結果は音源を識別する際の助けになる。たとえば、同じ原潜の主機でも、クラスによって(搭載する原子力主機の機種によって、という方が正しいか)周波数分布の内容に違いがある。

だから、そのデータを聴知・解析して溜め込んでおけばよい。いま聴知している音を高速フーリエ変換にかけて得た周波数分布のデータを、蓄積してある既知の原潜・各クラスのデータと比較して、「このクラスの原潜ではないか?」と推定する一助とするわけだ。

そういう処理をすることになると、聴知した音響データをそのまま使うのではなく、いったんデジタル化した方が扱いやすい。だから、いまどきの対潜戦ではデジタル音響処理技術がおおいに重要という話になるわけだ。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。