過去3回に渡って述べてきたように、他のヴィークルと同様に艦艇の分野でもシステム化・コンピュータ化が進んでいる。ただし一般的には、個々の分野ごとに独立したコンピュータ・システムを構築している場合が多い。ところが最近になって、例外が出てきた。
ズムウォルト級のTSCE-I
米海軍では、ズムウォルト級という新型水上戦闘艦の建造を進めている。といっても、コスト上昇、スケジュール遅延、当初のコンセプトが時代に合わなくなってきた、といった事情によって3隻の建造で打ち切りになってしまったのだが、同級のために開発したさまざまな要素技術は、これから他の艦に波及していくことになるのではないかと予想される。
その要素技術のひとつに、コンピューティング環境がある。
従来の軍艦では、センサーや武器、通信・、指揮管制、機関操縦など、さまざまな用途ごとに別個のコンピュータを搭載していたが、その多くは独立して動作していた。ところがズムウォルト級では、全艦コンピューティング環境(TSCE-I : Total Ship Computing Environment Infrastructure)を構築することで、全体がひとつのシステムとして機能するようになっている。
具体的にいうと、砲やミサイル発射機、レーダー、ソナーなどといった兵装群だけでなく、主機、自動消火システムを初めとするダメージ・コントロール機能まで、単一のコンピュータ・ネットワークの下で統合化している。もちろん、個別の機能ごとにサブシステムが存在しているのだが、それがバラバラに動作するのではなく、TSCE-Iの中核機能と接続して、TSCE-Iの指揮管制機能が面倒をみているところが違う。
TSCE-Iの狙いは、ネットワーク化と自動化による効率化と、それを通じた省力化、さらにはライフサイクルコストの低減にある。軍艦の世界でも、ライフサイクルコストの中で大きな比率を占めているのは人件費だから、それを減らせばコスト低減になるという考えがある。
ズムウォルト級では、TSCE-Iの導入により、従来の艦と比べて乗組員を半減できるとの触れ込みだ。しかし、ことにダメージ・コントロールでは人手がモノをいう部分もあるのは前回にも述べた通り。むやみに乗組員を減らして大丈夫なのだろうか、と疑問に思えなくもない。
TSCE-Iのハードとソフト
そのTSCE-Iで使用するコンピュータは、GEファナック・エンベデッド・システムズ(GE Fanuc Embedded Systems)社製で、機種はPPC7A・PPC7D・PMCD3の3種類がある。
なにしろ軍艦に搭載するシステムだから、振動・電磁波干渉・衝撃への対策が必要になる。そこで、一枚の基盤にまとめたシングルボード・コンピュータをEME(Electronic Modular Enclosures)というエンクロージャに格納する形で搭載している。EMEは全長35フィート(約10.7メートル)・全幅12フィート(約3.7メートル)・全高8フィート(約2.4メートル)というサイズで、1隻につき235基のラックを設ける(EMEの数でいうと16基)。
オペレーティング・システムはリアルタイム版のLinuxで、LynuxWorks社製のLynxOSを使用している。リアルタイム版OSを使用するのは、特に武器管制の分野を考慮したためだろう。意図した通りに交戦できるようにするには、意図したタイミング通りに武器が作動してくれないと困る。たとえばの話、要撃のタイミングを考慮して艦対空ミサイルをいつ発射するかを決めても、その通りにミサイルを撃てなかったら要撃交戦そのものが台無しになる。
そのTSCE-Iの神経線となる艦内ネットワークは、ギガビット・イーサネットを使用する。軍用らしいのは、暗号化機能を組み合わせているところだ。ちなみに、ズムウォルト級だけでなくアーレイ・バーク級イージス駆逐艦でもギガビット・イーサネットを導入する計画が進んでおり、それがAN/USQ-81(V) GEDMS(Gigabit Ethernet Data Multiplex System)である。こちらの担当メーカーはボーイング社だ。
開発に難航するのは毎度の恒例
ただ、これだけ大規模で複雑なシステムになれば、開発が難航してコストも上昇するのは業界のお約束である。TSCE-Iを担当しているのはレイセオン社だが、いろいろ苦労しているようである。もちろん、ソフトウェアはいきなり全機能を実装した完成版をリリースするのではなく、段階を追って機能強化を図りながらリリースする形をとっている。
いろいろ工夫や努力はしているのだが、それでもコスト上昇のトバッチリを受けており、ズムウォルト級では当初に盛り込むつもりだった長射程艦対空ミサイルによる広域防空能力と弾道ミサイル防衛能力を諦める羽目になってしまった。そのため、ガタイが大きくてお値段が高い割には、できることが少ない艦だ、との批判がある。
ただ、こういうチャレンジに取り組む姿勢は重要だ。何か変えていかなければ、何も変わりはしない。もしも後になってまずい点が露見したら、そこで軌道修正するだけの柔軟性があればよいのだ。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。