軍艦でも商船でも、さまざま「タンク」がある。燃料タンクや水タンクはすぐに思いつくが、それ以外にもいろいろなタンクがある。
潜水艦には注排水機能が不可欠
特にタンクが生命線になるのが潜水艦だ。なにしろ、潜航と浮上を繰り返さなければならないので、そのたびにメイン・バラスト・タンクへの注水と排水を繰り返す必要がある。
潜水艦が浮上した状態では、メイン・バラスト・タンクは空気が入っている。そこでタンク上部の弁を開くと、下から海水が流れ込んでタンク内の空気を押し出すので、タンクが海水で満たされる。すると重くなるので潜航できる。(タンクの下は常に開いているが、上部の弁を閉じておけば空気は抜けないので、海水は入ってこない)
浮上するときには、そのメイン・バラスト・タンクに、気畜器に溜め込んでおいた圧縮空気を注入して、タンク内の海水を強制的に排出する(ブロー操作という)。すると、その分だけフネが軽くなるので浮上できる。本当にヤバイ状況になったときには、この排出作業を一気にやるが、それがいわゆるエマージェンシー・ブローである。
これが「しんかい6500」みたいな深海潜水艇だと、ひとつのミッションごとに一回潜って一回浮上するだけだから、メイン・バラスト・タンクへの注水と排水を繰り返して、艇を重くしたり軽くしたりする必要はない。そんなメカを組み込んだら潜水艇が大きく・重くなってしまうので、メイン・バラスト・タンクなんていうものは付いていない。
では、どうやって潜るのかというと、船底にバラスト(錘)を取り付けておく。その状態では浮上状態を維持できず、艇は自然に潜っていく。浮上する際には、そのバラストを切り離して海底に投棄してしまう。現物を見たことがあるが、かなり重そうな鉄板で、それを何枚も使う。
タンクはいくつもある
と、これが潜水艦が潜航する際の基本的な原理なのだが、実際の操作はもっと複雑である。
まず、メイン・バラスト・タンクは単一の大きいタンクがドカッと存在するわけではなくて、複数の区画に分かれている。さらに、前後の釣合をとるための小さなタンク(トリムタンク)もある。複数のタンクに対して個別に注排水を行うことで、潜航や浮上の速度を調整したり、前後のバランスを調整したりする。
潜水艦の重量バランスというのは、かなりデリケートなものらしい。なにしろ、舵をとっている操舵手は、食事の時間になって乗組員がゾロゾロと食堂に移動すると、それに起因する前後重量バランスの違いが分かるぐらいだという。
仮に15名、一人あたり70kgとすると、1tぐらいの重量が移動するわけだが、3,000t近い排水量を持つ潜水艦で、その1tの移動が微妙な違いを引き起こすわけだ。魚雷を一発撃ったときにも、1tかそこらの重量がいきなり艦首寄りの区画から消え去るわけだから、これもまた重量バランスに影響するはずだ。
前置きが長くなってしまったが、潜水艦のメイン・バラスト・タンクなどを対象とする注水や排水の作業は、単に「入れる」とか「出す」とかいうだけの操作ではなくて、複数のタンクについてそれぞれ個別に、微妙な注水・排水の操作を行わなければならないということである。
すると当然ながら、注水の際に開閉する弁はタンクごとに必要になるし、それを個別に操作しながら注水を進めていくことになる。排水の場合も同じで、タンクごとに気畜器から配管を引っ張っておいて、排水するタンクについて個別に、弁を操作して圧縮空気を送り込む作業が必要になる。
注排水管制盤のコンピュータ制御化
さて、このメイン・バラスト・タンクやトリムタンクを対象とする注水・排水の操作を行う専用のパネルが、発令所の一角に設けられている。いわゆる、注排水管制盤である。
昔の潜水艦だと、タンクごとに必要となる弁を操作するためのレバーやスイッチがズラッと並ぶ形になっていた。それをテキパキと操作しながら潜航、あるいは浮上のための操作を行い、かつ、バランスを崩さない。そこが、この注排水管制盤を担当する人のワザということになる。
ところが最近の潜水艦だと、この注排水の操作がコンピュータ制御になってしまい、弁を操作するためのレバーやスイッチがズラッと並ぶ代わりに、コンピュータ画面がデンと鎮座する形になってきているという。
だからといって、注排水操作が全自動になって職人のワザが要らなくなったわけではないのだが、操作の要領は違ってくるだろう。こんなところもITが活躍するようになってきているわけだ。
第二次世界大戦の頃には、水上戦闘艦でも注排水装置を備えているものがあった。といっても大型の戦艦ぐらいでないと不可能な相談だが。
例えば、右舷側に魚雷が命中して浸水したときには、反対の左舷側に注水して左右のバランスをとり、艦が傾斜して収拾がつかなくなる事態を回避する。もちろん、浸水や注水によってフネは重くなるから、浸水を止めて排水するところまで持っていきたいところだが、まず傾斜を止めないことには始まらない。第一、艦が大きく傾いたら砲戦もできなくなる。
ところが、いまどきの水上戦闘艦は重量面・空間面の余裕がないので、注排水装置を備えていることは、まずなさそうである。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。