漫画制作ソフト「CLIP STUDIO PAINT」(クリスタ)が試験的にAI機能を導入すると発表したが、ユーザーからの反発を受けて、秒で撤回、AI導入の中止を発表したという。

クリスタユーザー、そして漫画家として、この発表には安堵半分残念半分と言ったところだ。

急速に広がる「お絵かきAI」とクリエイターの胸の内

今年になってから、比較的簡単に扱えるAI画像作成ツールがネットに出回るようになった。その進化は目覚ましく、最初は人物を描くのは苦手、萌え絵は無理などと言われていたが、ゲーミングちんぽ華道部を見るに、そこはほぼクリアされたようである。

pixivでもAI投稿が増えたことにより、急遽の規約改定などで大変だったと、私のpixiv担当も言っていた。

担当が苦しむのは良いことだが、笑ってばかりもいられない。AIにより誰でも簡単に絵が描けるようになれば、今まで絵が描けないという理由で断念していた人間が漫画界に参入してくるかもしれない。そうなればますます作家の数が増え、仕事と読者の取り合いが激化してしまう。

それ以前に依頼する側も「この程度のイラストなら作家に依頼せずAIに描かせてしまおう」となり、仕事の件数自体が減る可能性もある。

そういった意味では、AI機能搭載中止に関しては若干安堵している。

それと正直「ズルい」という気持ちがなくもない。

絵だってすぐ描けるようになるわけではなく、現在絵で仕事をしている人間は相当の努力と時間をかけて描けるようになったはずである。それがAIにより一瞬で作成でき、商品として認められるようになってしまったら、今まで自分がやってきたことは何だったのだ、という話になってしまう。

しかし、技術の進化により今まで苦労してやってきたことが一瞬でできるようになり、努力が水泡に帰したり、必要がなくなった職業が消えたりする現象は歴史の中で何度もあったことなので、そこに抗っても仕方がないのも事実だ。

それに対してAIを使うのはズルい、AIに描かせた絵は本物と言えないと言うのは、食洗器を使うのは怠け、無痛分娩では母性が生まれないなどと言う老害と大差なくなってしまう。

だがAI機能への反発は、ズルいとか、AIに描かせた作品には魂がこもっていないなどという、お気持ちの問題ではない。

クリスタにAI機能がついてしまうと、どれだけ時間をかけて描いた絵でも、クリスタで制作したというだけで「どうせAIに描かせたのでは」と自作を疑われてしまう可能性が出てくる。

あらぬ「AI使用疑惑」をかけられるのはクリエイターにとってマイナスなので、クリスタにAI機能をつけるのはやめてほしいという反発が大きかったようだ。

絵を描く人間に不都合だった「画像生成AI」の仕様

  • 作家の補助をするような仕組みのAI、いずれ出てくるのでしょうか

それにAIは自動学習することが特徴の人工知能である。何かを教えれば勝手に自分で学んでできるようになるわけだが、逆に言えば一切教えなければ何もできないのだ。どんな天才児もゴリラに育てさせれば、言葉すら理解せず、ウッホウッホで一生を終えるのである。

それと同じように、AIに絵を描かせるにも「こういう絵を描くんや」と教える学習教材としての「元絵」が必要になる。

その元絵を誰が作るかというとやはり人間なのだ。

よってAI画像生成が流行りだしたころ、他人が描いた絵をAIに学習させて描かせた絵を発表する行為が問題になり、規制もされた。

クリスタが実装しようとした「画像生成AI」機能も、クリスタ独自のAIではなく既存のAI「Stable Diffusion」である。

AIが学習に他人の作った画像を用いるのは、研究目的としてなら日本の法律的にセーフになるらしいが、それでも「他人が描いた絵」なので、そのAIを使って描いた絵を発表してトラブルにならないとは限らない。

それに対し、クリスタ側が「クリスタが画像生成AIを利用して作成された画像や作品が他者の権利を侵害しないことをセルシスは保証できない」と規約に書いたことも反発原因の一つだ。

つまりクリスタがAI機能を搭載することで、クリスタユーザーはAI使用疑惑をかけられるだけではなく、著作権問題に巻き込まれる可能性も出てくるということだ。

クリスタは商業作家も多く使っているソフトであり、プロにとって「パクリ野郎」扱いされるのは最も避けたいところだ。AIを搭載するにしても、法的に安全だと明言できる状態で発表した方が良かっただろう。

そんなユーザーの意向をくんで、力強くAI搭載を中止したクリスタだが、やはり半分は残念である。AIで漫画を描くのが楽になり、クオリティが上がるならぜひ使いたかったからだ。

今でも、私の漫画はセルシスが販売している著作権フリー3D背景の間に、アシスタントの私が人物を描きこむという手法で制作されている。

全部描かせるとまではいかなくても、著作権的に問題のない背景作成AIや仕上げAIが実装されればそれだけでかなり便利だし、私が描いたキャラをAIに食わせて、もっと上手い絵で描いてくれるならそこも譲ってやっていい。

だが、技術の進歩により、我々は100年前まで1日がかりだった仕事を一瞬でできるようになったはずである。それなのに、今でも多くの人間が8時間という長時間労働をしなければ生きていけないという現状だ。

AIが進化し、どれだけ今の作業が時短できたとしても、その分求められるクオリティがどんどん上がり、それについていくために我々は結局同じかそれ以上の時間働くはめになるような気がしてならない。

AIに学ばせるのも良いが、人間も「浮いた時間だけさらに働く」ではなく「休む」ことを学んだ方が良いのではないか。