先日セブソイレブソに行った時、入口に桃太郎コスをしたHIKAKINのポスターが貼られていた。

「もうONICHAが発売されたのか」と思い、売り切れでなければ話のネタに買ってみようと思ったのだが、ONICHAのことを覚えていたのはそこまでである。

店に入り色とりどりのスナック菓子や甘いパンを見た瞬間ONICHAを探そうとしていたことすら忘れ、「お茶コーナーノールック退店」を決めてしまった。

そんな自分の行動を鑑みると、発売前に炎上した「麦茶は地味で退屈」というHIKAKINの発言も否定しきれなくなってくる。

まず「ONICHA」とは何か、というと有名YouTuberのHIKAKINがプロデュースした「麦茶」のことである。

それを発表する際、HIKAKINが「麦茶は地味」「親に言われて飲む退屈な飲み物」などと発言したそうだ。

麦茶に対しそのような悪感情を抱いている人や、麦茶が親に無理やり飲まされる拷問器具扱いだった家庭出身の人の方が少数派だったためか、自分の麦茶の新しさをアピールするために既存の麦茶をことさら悪く言っているとして一時炎上状態となった。

しかし、HIKAKINと言えば知名度が高い割に炎上しないYouTuberとも知られており、自身も炎上しないコツとして「マイナスなことは言わない」を挙げていたそうだ、これはらしくない炎上と言える。

つまり「HIKAKINが戒めを解くレベルで麦茶が嫌い」だったのかもしれない。

だとしたら麦茶のプロデュースを引き受けること自体おかしいが、今までの麦茶をなかったことにし、全く別のものを麦茶として書き換える「歴史改変」のチャンスと感じたのかもしれない、さすが登録者数1960万人の配信者はスケールが違う。

実際どんな真意があったのか、再度コメントやONICHAプロデュースの背景を読んでみると、そもそも麦茶プロデュースのきっかけは、自身に子どもが生まれ、子どもには体に良い、麦茶のような飲み物を飲んでもらいたいと思うようになったからだそうだ。

つまり、子どもから見て麦茶はジュースに比べると地味で退屈な飲み物、というのが「麦茶は地味で退屈」発言の真意だったように見える。

確かに私も子ども時代、夏は麦茶を常飲しており、それを嫌だと思ったことはないが、隣にコーラが置いてあればコーラを毎日飲んで生え変わったばかりの永久歯を全部溶かしていただろう。だがそんなことは親が許さないので、飲むことが許された麦茶をひたすら飲んでいただけである。

ジュースor麦茶の選択で、麦茶を選ぶのはよほど趣味が燻されているか、早くも逆張りの味を知ってしまった前途多難な子どもだけだろう。

そんな消去法ではなく、子どもが率先して手に取りたくなるようなワクワクする麦茶を作りたいという気持ちがあったようだ。

麦茶のことを地味で退屈と発言したのは事実だが、若干その部分だけ切り取られた感はある。

他にも、発表予告が「黒画面に波の音」という、あまりいい予感がしない匂わせで視聴者を不安にさせたり、日本の麦茶を変えると言いながら原材料が外国産なことを指摘されたりと、発売前からあまり良くない意味で話題であった。

身近すぎる「麦茶」でひと騒動起こせるのって逆にすごいのかも

そんな逆風の中発売した「ONICHA」だが、発売して早々「普通の麦茶」がトレンド入りしたそうだ。これは「ONICHA」が「普通の麦茶」と大差なかったという感想が相次いだからである。

日本の麦茶を変える、特に子どもにとってジュース級の麦茶を作ると言っていたのだから、こちらも「完全にコーラ」としか言いようがない麦茶などを想像してしまっていた。

そうなると麦茶味な時点で肩透かしになってしまうのは必然だが、店頭では売り切れが相次ぎ、いつもの転売も出現しているようだ。

確かに、麦茶の味だけでワクワクさせるとは言っていない、まずHIKAKINがプロデュースしているという点に意味があるし、パッケージには「鬼みくじ」という仕掛けがあり、SNSと連動した企画を継続的に行っていく予定らしい。

「ONICHA」というイベントでワクワクさせるコンセプトであり、味はその一要素でしかないのだろう。

そもそも、麦茶味の麦茶が発売したことでトレンドに挙がること自体尋常ではない、普通はカレー味のカレー屋というだけで行列になったりはしないのだ。

今後どうなっていくかは不明だが「注目を集めきった状態で発売した」という意味ではマーケティングに成功していると言える。

実際私もONICHAは1回飲んでみたいので、このあと再度セブソイレブソに行ってみようかと思う。

まだ売り切れの可能性も高いし、また甘いパンを見た瞬間忘れるような気もするが、そうだとしても焦りはないし、まして転売で買おうとは思わないだろう。

何せ麦茶なのだ、買える時に買えばいいし、買えなくてもそこまで悔しくはない。

ディスとして受け止められた「地味で退屈」だが、ある意味それは麦茶に対する褒め言葉のようにも思える。