「ネットワーク型変化対応型」SCMの構成要件の二番目は「需要変動に対するロバスト性」である。ロバストとは"堅牢"という意味であり、ここでいう「需要変動に対するロバスト性」とは、需要変動が発生した場合に供給が調整され、サプライネットワークの需給バランスが自律的に回復する性質(注1)を指す。
"人"に依らないロバスト性
これまでSCMでは、需要変動が発生して供給側が対応しきれない場合は、SCM担当者が販売と生産の間に立って需給調整を行ってきた。"人"は柔軟であるので、販売に頼んで倉庫間の在庫の融通で切り抜けたり、生産に頼んで日程計画を例外的に変更してもらったり、つまりは"人"によってロバスト性を確保しているケースが多い。
しかし、本連載の第4回で示したように人が介在する"調整"や"調整会議"のない「シンプルなプロセス」を目指している以上、"人"によるロバスト性を改めて、"仕組み"によるロバスト性の確保を考えなければならない。「ネットワーク型変化対応型」SCMの構成要件の2点目として、あえて「ロバスト性」を挙げた理由はここにある。
注1:需要変動に対するロバスト性は、生産や調達や物流におけるトラブルなどによる供給の変動に対しても有効と考える
需要予測の精度
"仕組み"によるロバスト性の実現を考える前に、需要予測について再考しておきたい。
SCMでは、需要予測結果あるいは需要予測をもとに作成した販売計画を需要情報として、これを供給側へ連携することによって必要な商品を必要なタイミングで供給することを目指す。したがって、もし需要予測が大きく外れれば、供給が実需要と合わず、過剰在庫や欠品が発生する。よって、過剰在庫や欠品が発生すると「もっと需要予測精度をあげないといけない」という発想になりがちである。最近では、ビックデータ、AIといったITの進歩が、需要予測精度の向上を期待させるのも事実である。
しかし一方で、市場の変化は激しくなっているので、数週間~数ヶ月先の需要予測の精度がどの程度向上するかはわからない。また、市場は常に変化しているので、需要予測精度が向上し予測誤差自体が小さくなったとしても、需要予測結果の変動(例:ある商品のある週の販売数予測値が時間の経過に伴って変わること)は常に存在するのではなかろうか。
それならば、需要変動が起こることを前提として、その影響をサプライチェーン内で吸収してしまうような"仕組み"が必要である。
混沌~需要変動が増幅される~
これまでのSCMでは、需要情報を物流倉庫、工場、仕入先などの供給サイドにダイレクトに連携していた。つまり、需要情報を元に倉庫で何がいつどれだけ必要かを計算し、それをさらに工場/製品・工程/中間品・仕入先/原材料へと展開してきた。いわゆるMRP(資材所要量計算)の手法である。
この方法では、需要予測の誤差や需要変動が、サプライチェーンを上流へ伝播するうちに増幅されていく。例えば、週次でPSI計画を更新しMRPを実行すると、毎週どこかで何かが足りなくなったり過剰になったりするのである。しかも、先週は欠品しそうで緊急発注した部品が今週は余っている、というような状況まで発生する。調整業務は日々新たに発生し、SCM担当者や生産計画担当者にとっては正に"混沌"とした状況である。
混沌から脱け出す~需要変動を吸収する~
この混沌から脱け出すには、需要変動を供給サイドにダイレクトに伝えず需要変動をサプライチェーン内で吸収することである。これを"人"ではなく、"仕組み"で行う方法の1つを紹介しておきたい。
それは、サプライチェーン内に意図的にバッファーポイント(緩衝ポイント)を設け、このバッファーポイントの在庫によって需要変動の影響を吸収するDemand Driven MRPという方法である(図1参照)。従来のMRPに緩衝作用を持たせた方法であり、バッファーポイントの在庫と所要量の計算は、需要予測の情報ではなく実需情報にもとづいて行う。
この方法自体は10年近く前からあるが、本連載の第3回で述べたようにITの進化によってERPなどのアプリケーションにおけるMRP計算の能力が飛躍的に向上することによって、実用可能となった。
次回は、「アダプティブなサプライネットワーク」を取り上げる。
著者プロフィール
杉山成正(すぎやましげまさ)株式会社NTTデータ グローバルソリューションズ
ビジネスイノベーション推進部
ビジネストランスフォーメーション室
サプライチェーン担当
略歴
1963年京都府生まれ
神戸大学工学部大学院卒。中小企業診断士
メーカにて生産管理・生産技術・設備技術・新規事業企画等の業務に携わったのち、日系情報システム会社にてシステムコンサルタントに。
その後、外資系コンサルティングファーム、日系コンサルティングファームにてプロジェクトマネージャー、ソリューションリーダー、セグメントリーダーを歴任。
製造業における経験を活かし、業務改革、ERP/SCMシステム構築を中心に取組んでいる。