一般の市民が日常的に撮影のための道具を持ち歩くようになったことと、携帯電話が撮影するための機能を持ち始めたことには大きな相関関係がある。世界初のカメラ付きケータイと言えばシャープの「J-SH04」で、2000年11月にJ-PHONE(現ソフトバンク)から発売され、のちに開始された同サービス名である『写メール』はケータイで写真をやり取りすることの代名詞ともなった。年配の方の中には、今なお「写メを撮る」という言い回しをする方も少なくない。
撮影の役割を担うデバイスは多方面に広がり、今ではメガネがその末席に加わっている。高機能なAIメガネは各社がしのぎを削っていて、人間の視覚や聴覚などを拡張する方向を模索しているが、そうではない別のアプローチをする動きもある。
ゲーミングタブレットなどコストパフォーマンスに優れた製品群で知られるHeadwolf社も、その方向性を持つ製品を提案する企業のひとつだ。
同社のAIスマートグラス Hai01をしばらく使わせてもらった。この夏に発売された製品で、スピーカーを実装したメガネにマイクとカメラを内蔵しただけのシンプルな構造のデバイスだ。AI処理そのものはメガネ側ではなくスマホ側のアプリが担当するため、実態としてはAI機能を備えたスマホ用の周辺機器と考えたほうがわかりやすい。価格も2万円前後と、一般的なAIスマートグラスに対して、かなり安く感じる。スマホ側にアプリ「HeyCyan」をインストールしておき、その組み合わせで運用する。現時点ではAIを好みのモデルに変えて使うことはできないようだが、マイクとスピーカーの組み合わせでGeminiなどとの対話なら問題なく使える。
メガネの左右ツルの前方上部に物理ボタンが実装され、電源のオンオフやAIの呼び出し、写真の撮影や動画の撮影スタートといったことを指示できる。また、右ツルの側面にはタッチエリアが設けられボリュームの上げ下げや、タップ操作で再生のスタートストップを制御できる。右ツルの先端には充電用のポートがある。
音漏れには注意が必要だが通常環境で音楽を楽しんだりAIとの会話、電話での通話をするには、十分なクオリティのスピーカー音質だ。また、ツルの付け根にカメラとフラッシュが実装されているが、双方共に片手で簡単にサッとカバーで閉じることができる。ここでレンズがむき出しだと、周辺の人から見たときに不審がられるが、閉じることができるので安心感が生まれる。いざ撮影しようというときにはこのカバーを上げると、レンズが顔を出すというシカケだ。
撮影される写真や動画の品質に過度な期待はできないが、50インチくらいのTVで楽しむ分にはそれほど不満はない。何よりも、自分のまなざしという一人称の視点で撮影ができるというのは新鮮な感覚だ。ただ、見ているものがそのまま記録されるという感じではなく、カメラ位置が瞳の斜め右上位置でわずかに上方になり、しかも右目の外側なので、見ている感覚と記録される結果には微妙なギャップがある点には慣れるしかないといったところか。また、ボタンを押してから実際にシャッターが切れるまでのタイムラグも気になる。
メガネ単体でできるこれらの機能のほか、スマホ上のアプリではメガネを映像や音声の入力デバイスとして使い、見ている光景をAIに説明させるスマート画像認識、同社オリジナルのAI「Cyan」との対話、また、マイクで音声を拾っての画面翻訳、同時通訳のほか、議事録をとって文字起こしや要約などができる。音声による同時通訳などは、通訳のタイムラグなどがあってちょっと使い勝手が悪いが、他のデバイスだって現時点ではまだ似たようなものだ。クラウド連携のストレージがサービスとして提供されていないので、データを外部デバイスで運用するには、いろいろと手間がかかるが、価格を考えると仕方がないともいえる。
電子デバイスが高騰するなかで、2万円前後でこれらの機能が手に入り、工夫次第で実用域で愛用できるというのはかなりのアドバンテージだ。でも、カバーがついているとはいえ、電車の中などでこのメガネをつけっぱなしというのはちょっと勇気がいる。そういうことを考えると、必要なときだけつけるという使い方にはなりそうだ。
それでもこのコストでちょっとした未来感が手に入るというのはうれしい。メーカー側のことを考えると、すでにレッドオーシャンに足を踏み入れかけているのかもしれないが、スマートグラスでAIを使うという新しい当たり前を、より多くの人々に体験してもらい、AIの利活用を身近なものにする可能性を得られるのは貴重なことだし、その提案に努力するメーカーには敬意を払いたい。もちろん、今後はもっと廉価なデバイスも出てくるだろうし、高度な機能をサポートした高級メガネも売り続けられるだろう。さらにAIとの対話だけなら片耳用のイヤカフが使いやすいかもしれないなど、デバイスの選択肢は増える一方だ。
少なくとも、現時点でわかるのは、外界とのコミュニケーションを絶やさない方向性が重要視されているということだ。耳を塞がないで音声を聴くことから始まり、通訳時などでもスマホの画面に没入しないですむ。撮影のときにもスマホをポケットから取り出さなくてもいい。そして、それらの操作が、他者とのコミュニケーションを邪魔しないというのは大事だ。今後の世界観はそちらの方向に向かっているのではないだろうかとも思うし、この製品は、そのトレンドを示しているようにも感じる。2万円前後という価格を考えれば、この方向性を体験する導入機としてきわめてバランスの取れたデバイスに仕上がっている。



