2025年になる直前、2024年12月27日をもって、EU域内の29の国や地域でiPhone SEとiPhone 14の販売が終了となりました。これはEUにおいて、スマートフォンの充電ポートがUSB-Cに統一される法律の施行に適応するためでした。

しかし、販売価格を抑えたiPhoneが製品ラインアップから姿を消すことで、EUにおけるiPhone販売の落ち込みが懸念されます。そこで、EUにおけるiPhoneの販売戦略を中心に、現在の状況を整理していきましょう。

  • 充電用ポートがUSB-Cではないことから、EU域内で販売終了となったiPhone SE

Lightning廃止のこれまでの経緯

EUにおいて、携帯電話の充電ポートをUSB-Cポートに統一する、という根拠となっているのは、2022年に可決・施行された「EU Directive 2022/2380」でした。

Appleとしては、不要となった充電器やケーブルが出てしまうことに起因するデジタル機器の環境問題、ユーザーに対して充電器やケーブルの買い替えを促す必要があり不利益となる点、テクノロジーの自由な発展の阻害となる点などを指摘し、法案には反対してきました。

しかし、Appleの訴えは聞き届けられませんでした。むしろ、米国企業であるAppleだからこそ聞き届けられなかった、と見るべきかもしれません。

Androidスマートフォンの多くは、すでにmicroUSBポートからUSB-Cポートに移行しており、この法律で困るのは独自規格のLightningを採用していたAppleぐらい。米国企業が困ることは喜んで実施する、というのがEUのこれまでの経緯であったことから、Lightning排除ともいえるUSB-C標準化を躊躇なく実施したのでしょう。

  • iPhone SEやiPhone 14は、独自規格のLightningを採用している

法律への対応のメリット

iPhoneにおける独自規格を手放す判断をすることになったAppleですが、一方でLightningポートをUSB-Cへ置き換えていた製品もあります。それはiPadです。

iPadは、2018年に現在のデザインを採用したiPad Proを発表し、LightningポートからUSB-Cポートへと移行しました。これによって、最新のiPadラインアップでは転送速度が大幅に向上し、USB 3.2 Gen 2の10Gbps、最新のiPad ProではUSB 4・Thunderbolt 3の40Gbpsをサポートしています。

同様のことがiPhone 15 Pro以降のProモデルでも起きており、USB 3.2 Gen 2の10Gbps転送に対応。大容量の写真やビデオの転送が高速化されました。

また、USB-Cポートを搭載したiPhoneでは充電速度の向上も図られており、筆者が使っているiPhone 16 Pro Maxでは、実測値で最大35W前後での入力が可能となっていました。

低価格帯iPhoneのラインアップに欠損が生じている

他方、Lightning搭載デバイスをEUで販売できなくなったデメリットもあります。それは、低価格帯のiPhoneがラインアップから消えてしまった、という点です。

Appleは、iPhoneの新製品を毎年9月に登場させますが、向こう2年にわたって、スタンダードモデルを継続販売してきました。2024年9月の最新モデルがiPhone 16であれば、iPhone 15とiPhone 14を、それぞれ価格を下げながら継続販売しています。

このうち、iPhone 14はLightning搭載なので、iPhone SEとともに販売を終了しています。となると、価格が安い2つのモデルが、EUにおけるiPhoneラインアップから姿を消してしまったことになります。

  • EU加盟国であるフランスのアップルWebサイトを見ると、iPhone SEやiPhone 14がラインナップから外されているのが分かる

これは欧州に限らずですが、iPhone SEはiPhoneで最も手ごろな価格設定がされている製品です。アメリカで429ドル、EUで429ユーロ、日本円で62,800円からという価格設定となっています。

スマートフォン市場全体を見渡せば低価格とはいえないようにも見えますが、実は米国やEUではスマートフォンの平均販売価格は上昇しており、米国でおよそ800ドル、ドイツでも750ドルとなっています。これに照らすと、iPhone SEの価格は魅力的な水準といえるのです。

企業への大量導入や個人の入門モデル、若者が手に取りやすいなど、iPhone SEは多くの役割を担っていただけに、これがラインアップから消えてしまうことは、EUにおけるiPhoneの売上に大きな打撃を与えることになる、と考えられます。

その点は、法律を定めたEUの思惑通り、となるでしょう。

次のモデルの要件を、これまでのiPhone SEから考える

Appleは、おそらく2025年も、9月にiPhoneの新製品を登場させることになるはずです。そのころには、USB-Cを搭載したiPhone 15の価格がさらに下げられ、iPhone 14が販売できなくなった穴を埋めることができます。

しかし、9カ月間、実に3四半期もの間、廉価版のiPhoneなしで欧州市場を放置することもまた得策ではありません。そのため、できるだけ早期に、法律に適合する、すなわちUSB-Cポートを搭載するiPhone SEを投入したいと考えているでしょう。

これまでのiPhone SEは、以下の2つの条件を守って作られてきました。

  • 基本的にボディの再設計はせず、過去モデルのデザインを流用する
  • その時点で最新のiPhone向けチップを採用する

USB-Cポートを搭載する筐体はiPhone 15以降となるため、デザインはiPhone 15に準じたものに、そして現段階でiPhone向け最新チップはA18となるため、新しいiPhone SEの姿が浮かび上がってきます。

  • USB-Cポートを搭載するiPhoneとしてはもっとも古い存在となるiPhone 15

既存の併売モデルが無価値に?

Appleは、2024年6月に開催したWWDC24で、独自のAI「Apple Intelligence」を発表以降、対応しているあらゆる製品に「Apple Intelligenceのために設計」という文言を加えてきました。

現状、Apple製品の購入意向に大きな影響を与えているわけではありませんが、今後もキーメッセージとして使い続けていくことが考えられます。当然ながら、iPhone SEの次世代版もApple Intelligenceに対応させ、向こう2~3年の販売に備えることになるはずです。

その点からも、A17 ProやA18といった、Apple Intelligenceに対応するチップを採用することが確実です。

しかし、ここで問題になるのが、併売している過去モデルを一瞬にして無価値化する可能性です。

新型iPhone SEは、登場すればLightningポート問題がないEU以外の国々でも発売されることになります。しかし、併売しているiPhone 14やiPhone 15は、Apple Intelligenceに対応していません。

そのうえ、もし次世代のiPhone SEが429ドルという低価格を保つ場合、「iPhone 14やiPhoone 15のほうが大幅に値段が高いのに、AI機能が使えない」というラインナップのいびつさが生じます。簡単に言えば、iPhone 14やiPhone 15を買う魅力がなくなる、ということです。

そのため、iPhone SEの次世代モデルは、これまでのセオリーに則るとしても、ラインナップに大きな影響を与えることになりそうです。その登場が待たれます。

  • iPhoneをはじめとするアップル製品に搭載されている独自AI「Apple Intelligence」。日本語の対応は今年の4月以降とされている