宇宙航空研究開発機構(JAXA)と本田技研工業(ホンダ)は6月14日、人が長期間にわたって宇宙で滞在・活動するための環境構築を目指し、2020年11月から3年間(2020年度~2022年度)の予定で進めている酸素や水素、電気を有人拠点や月面ローバーに供給するための「循環型再生エネルギーシステム」の共同研究を踏まえ、同システムの実現性検討を開始すると発表した。

2019年10月、日本は、米国提案による国際宇宙探査プロジェクトである「アルテミス計画」に参画することを政府として決定し、協力項目について調整を進めることとなった。この方針に則り、JAXAでは、火星なども視野に入れた月周回有人拠点「Gateway(ゲートウェイ)」への日本が得意とする技術・機器の提供、Gatewayへの新型宇宙ステーション補給機「HTV-X」での物資補給を目指し、研究開発が進められている。

  • 循環型再生エネルギーシステム

    JAXAが描く国際宇宙探査のロードマップ(2021年6月14日時点) (c) JAXA (提供:ホンダ)

また月面探査に関しては、ピンポイントの着陸技術の獲得を目指す小型月着陸実証機「SLIM」(2022年度打ち上げ予定)や、月面での水資源探査を目的とした月極域探査機(2023年度打ち上げ予定)により、持続的な月面探査の基盤整備への貢献を目指す計画のほか、2020年代後半以降の月面探査を支える移動手段として、有人与圧ローバー(トヨタとの共同開発の「ルナ・クルーザー」)の研究開発なども進められている。

そしてアルテミス計画では、2020年代後半に、恒久的な有人拠点(月面基地)が建設される計画だ。JAXAの青写真によれば、2050~2060年代には月面に1000人規模が居住するとされている。

  • 循環型再生エネルギーシステム

    月面での循環型再生エネルギーシステムの活用イメージ図 (c) JAXA/Honda (提供:ホンダ)

しかし宇宙で人が生活するためには、水や食料に加え、呼吸のための酸素、燃料となる水素、さまざまな活動をしたりインフラを稼働させたりするための電気などが必須だ。1000人規模が居住する段階となって、それらすべてを地球から補給していたのではあまりにもコストがかかりすぎて、月面都市の維持は困難となってしまう。地球からの補給をゼロとするのは簡単ではないにしても、極力地産地消が望ましいのである。

幸い、月面の極域のクレーター内の陽光がまったく差さない永久影には、彗星が運んできたと考えられる氷(水)がある可能性が高い。水は、太陽エネルギーを利用することで燃料消費なしに電気分解を用いて酸素と水素を製造することが可能だ。その水から酸素と水素を製造する高圧水電解システムと、その反対に酸素と水素から電気と水を発生させる燃料電池システムを組み合わせれば、「循環型再生エネルギーシステム」を構築することが可能となる。月面でのエネルギー面における地産地消の確立に大きく貢献することになるのである。

その循環型再生エネルギーシステムに関して、JAXAとホンダの共同研究は、2020年11月にスタートした。2020年度から2022年度までの3年間にわたる共同研究協定が締結された。ホンダが有する高圧水電解技術および燃料電池技術を活用した、Gatewayおよび月面での循環型再生エネルギーシステムに関する共同研究だ。

JAXAは、これまでに検討してきたGatewayにおける酸素製造および月面ローバー(ルナ・クルーザー)への電気供給に関するミッションのシナリオや要求に基づき、検討条件の設定を担当する。一方のホンダは、JAXAのミッションやシナリオを実現するための技術検討を担当するという。

2021年度は、2020年度の研究において識別された循環型再生エネルギーシステムの要素技術に関する課題に対し、試作による評価も行いながら実現性の検討を実施するとしている。そして、この結果は最終年となる2022年度に計画しているシステムとしての成立性の検討へつなげていく予定としている。

JAXAは、アルテミス計画において日本のさまざまな技術を持った企業とパートナーシップを結んでいく考えで、すでにいくつもの共同研究などが実現している。JAXAが大手自動車メーカーと協定を締結するのは、トヨタに次いで今回のホンダで2社目だ。

JAXAがホンダに打診した理由は、FCVに関する研究開発の歴史が長いことが理由の1つだ。ホンダは1980年代からFCVの研究を開始しており、2002年には世界初のFCVのリース販売をスタート。また小型水素ステーションの開発も2002年から続けており、現在は高圧水電解技術を用いたスマート水素ステーションの開発と設置を進めている。

ホンダとしては、これまでクルマやバイクで陸、ボート用の船外機エンジンで海、そして「Honda Jet」で空と来たことから、次は宇宙へという気持ちがあったようだ。また、ホンダの創業者である故・本田宗一郎氏(1906-1991)からの伝統である挑戦する意味合いもあるようだ。

今回の取り組みは、ホンダの水素ステーションで水素生成に活用されている高圧水電解技術と、ホンダの燃料電池車(FCV)「クラリティ FUEL CELL」に搭載されている燃料電池技術を組み合わせ、Gatewayや有人拠点で使える循環型再生エネルギーシステムを共同開発しようというものである。

循環型再生エネルギーシステムとは、太陽光発電と水から継続的に酸素・水素・電気を製造することを想定して開発されるシステム。具体的には、太陽光発電で高圧水電解システムを駆動して水を電気分解し、酸素と水素を製造。酸素は有人拠点やローバーで活動する宇宙飛行士の呼吸用として主に活用され、水素は月面を離発着する輸送機の燃料として活用することが主に想定されている。それと同時に、酸素と水素を使って燃料電池システムで発電し、有人拠点やローバーへ電気を供給することが想定されているのである。

もちろん、外部からも補給する必要はあると思われるが、燃料電池技術で酸素と水素から水と電気を作ったら、水を廃棄せずに高圧水電解技術で電気分解して酸素と水素を作るという、何も廃棄しないという点が大きな特徴となる。月にも水が存在している可能性は高いが、それでも地球上のように容易には手には入らないだろう。地球なら廃棄してしまっても問題ないが、宇宙では貴重であることから再循環させるのである。

ホンダの高圧水電解技術の特徴は、現行のFCV(ホンダ「クラリティ FUEL CELL」やトヨタ「MIRAI」など)で採用されている水素タンクの圧力である70MPa(約690気圧)をコンプレッサーなしに実現している点だ。電解質膜を用いて水を電気分解すると、酸素と水素がそれぞれ別々の出口から出てくる。そのとき、水素側の出口に高圧タンクを設けておくと、電気分解をし続ける限り、水素が発生してコンプレッサーを使わなくても自動的に高圧になるという仕組みである。

とてもシンプルな原理なのだが、数百μmという厚さしかない電解質膜にかかる圧力差が大きいため、ホンダが開発するまでは誰も実現できずにいた。この圧力差があることから、「差圧式高圧水電解技術」ともいわれる。ホンダが最初に開発したとき水素側は35MPaだったが、その後、さらに改良を重ねて70MPaに対応し、現在に至っている。

コンプレッサーが不要になったことで、いくつものメリットが生じた。まず稼働時の騒音がないというわかりやすいメリットが1つ。こうしたノイズが少しでも減ることは、有人拠点に長期滞在する宇宙飛行士にとっては精神的にプラスだろう。またこの騒音がないということは、同時に昇圧作業で生じてしまう約2割のエネルギー損失がなくなるということでもある。エネルギーの有効利用という点からも、高圧水電解技術は優れた技術なのだ。

さらに、コンプレッサーがなくなることで装置のコンパクト化・軽量化が実現されるため、宇宙輸送の点でもメリットとなる。積載容積が少なく、軽量でもあるということは輸送の点でも大きく貢献できるということなのである。

今回の発表に対し、JAXAの佐々木宏理事兼有人宇宙技術部門長は、「日本政府によるアルテミス計画への参画決定に伴い、JAXAは、本格的な月探査の実現に向けたミッション開発やシステム検討を進めています。人類が宇宙で活動するためには酸素、水素、電気が必要ですが、循環型再生エネルギーシステムの実現により、水を利用して、それらを地球から補給することなく宇宙で入手することができ、宇宙での活動が飛躍的に拡大することが期待されます。ホンダとJAXAが有する強みを活かし、本共同研究を着実に進めていきたいと考えています」とコメント。

また本田技術研究所 先進パワーユニット・エネルギー研究所担当の武石伊久雄執行役員は、「ホンダは豊かで持続可能な社会の実現と、地上、海洋、空、そして宇宙においても「すべての人に『生活の可能性が拡がる喜び』を提供する」ことを目指しています。今回の共同研究は、これまで培ってきた技術を活用して、人の生活圏を宇宙へ拡大し、人の可能性を拡げる挑戦です。また、循環型再生エネルギーシステムは、地上でのカーボンニュートラルに大きく貢献する技術のため、宇宙という究極の環境で技術を磨き、地上にもその成果をフィードバックしていきます」としている。

  • 循環型再生エネルギーシステム

    循環型再生エネルギーシステムのシステム概念図 (c) Honda(提供:ホンダ)