火星探査に空からの視点を

インジェニュイティはあくまで技術実証機であり、簡単なカメラを積んでいるだけで、科学観測を行うための機器は積んでいない。

しかし、今回飛行に成功したことで、将来的により本格的な火星ヘリコプターを送り込み、“空からの視点”を活かし、これまでにない探査活動を行うことができる可能性が出てきた。

これまでの火星探査は、地表から高度数百kmを飛ぶ衛星か、地表に降りた着陸機や探査車から行われてきた。しかし、衛星は広く見通すことはできるものの細かくは見られず、一方で着陸機や探査車は岩石一つひとつを細かく見られるものの狭い範囲しか探査できないなど、両極端であった。

しかし、そこにヘリコプターからの視点が加われば、ちょうどそれらの中間を埋める存在となり、火星探査がこれまで以上に大きく、そして飛躍的に進む可能性がある。

たとえば、探査車に先んじて飛び、科学的に興味深い場所を探したり、障害物を検知して探査車の安全な走行に役立てたりすることができるかもしれない。

さらに、探査車や宇宙飛行士では訪れることが難しい、深いクレーターなどの地形の様子を探査したり、観測機器などの物資を積んで運んだりすることにも役立つ可能性もある。

NASAの惑星科学部局のディレクターを務めるローリ・グレイズ(Lori Glaze)氏は「1997年、私たちは初の火星探査車『ソジャーナー』によって、火星探査の方法を完全に一新させました。インジェニュイティも同じように、将来の火星探査に大きな変革をもたらすでしょう。今回の実証試験では、その可能性を探りたいと思っています。成功すれば私たちの視野をさらに広げ、そして火星探査で可能なことを範囲を広げることになるでしょう」と語っている。

  • インジェニュイティ

    ヘリコプターを活用した将来の火星探査の想像図 (C) NASA

ライト兄弟に敬意を込めて

成功に際して、JPLのマイケル・ワトキンズ(Michael Watkins)所長は、「インジェニュイティ・プロジェクトは、6年あまりの間に、何もない(blue sky)状態から、火星での初飛行を達成するまでに至りました。このプロジェクトがこのような歴史的な初飛行を達成したのは、JPLのチーム、NASAのラングレー研究センター、エイムズ研究センター、そして産業界のパートナーの革新性と執念の証です」と讃えた。

また、インジェニュイティのプロジェクト・マネージャーを務める、JPLのミミ・アウン(MiMi Aung)氏は「長い間、火星でライト兄弟のような瞬間を迎えたいと思ってきましたが、ついに実現しました。私たちは成功を祝うとともに、オービルとウィルバーに倣い、仕事に戻り、新たな航空機の研究に取り掛かろうと思います」と語った。

インジェニュイティのチーフ・パイロットを務めるホーヴァード・グリップ(Havard Grip)氏は、国際民間航空機関(ICAO)からNASAと米連邦航空局(FAA)に対して、ICAO機種コードとして「IGY」が、コールサインとして「INGENUITY」が与えられたことを発表した。また、飛行場所には、イェゼロ・クレーターを意味する「JZRO」という名前が与えられた。

これらの内容は、ICAOが発行する『Designators for Aircraft Operating Agencies, Aeronautical Authorities and Services』の次号に正式に記載される予定だという。

NASA科学担当副長官のトーマス・ザブーケン(Thomas Zurbuchen)氏はまた、インジェニュイティが飛行した飛行ゾーン一帯を「ライト兄弟フィールド(Wright Brothers Field)」と名づけたと発表した。

「ライト兄弟が地球上で初の動力飛行に成功してから117年、インジェニュイティは火星で、この驚くべき偉業を成し遂げました。ライト兄弟とインジェニュイティに通ずる、探査を推進し続ける創意工夫と革新性に敬意を表し、この一帯を『ライト兄弟フィールド』と名づけました」。

ちなみに、インジェニュイティには、ライト兄弟が地球上で初めて動力飛行に成功した「ライトフライヤー」の翼に使われていたモスリン(生地)の一部が搭載されている。つまりライトフライヤーは、地球と火星の両方の空を飛んだのだ。

航空の歴史に残るこの2つの印象的な瞬間は、117年という時間と、地球と火星の距離を超え、いまや切れることのない永遠のつながりを得たのである。

ライトフライヤーの飛行時間はわずか59秒間だったが、その後航空機の技術は驚くべきスピードで進歩を遂げ、10年足らずのうちに商業飛行が始まり、半世紀も経たないうちに音速を超えるに至った。インジェニュイティの飛行時間もまた、わずか39.1秒間と短いものだったが、その意義、そして将来の可能性は、ライトフライヤーのように大きなものである。

  • インジェニュイティ

    インジェニュイティには、ライト兄弟が地球上で初めて動力飛行に成功した「ライトフライヤー」の実機に使われていたモスリン(生地)の一部が搭載されている (C) NASA/JPL-Caltech

参考文献

NASA’s Ingenuity Mars Helicopter Succeeds in Historic First Flight
Mars Helicopter - NASA Mars
6 Things to Know About NASA's Ingenuity Mars Helicopter
Ingenuity Landing Press Kit | Introduction
https://www.jpl.nasa.gov/news/presskits/ingenuity/download/ingenuitylandingpresskit.pdf