iPhone SEのレビュー、前回の「強烈なボトムアップを図ったアップルの狙い」に続く後編は、カメラについて触れていきたい。

  • アップルの新しいiPhone SE。4月下旬に登場したSIMフリー版に続き、キャリア版の販売も始まった

iPhone SEは、iPhone 8のプロセッサをiPhone 11と同じA13 Bionicに載せ替えた製品、と位置づけられる。細かく見れば、ギガビットLTEやWi-Fi 6には対応するがU1チップを搭載しないなど、iPhone 11と完全に同じというわけではない。

とにかくハードウエアはiPhone 8と共通化できるようにし、コストダウンを図っている。その一方で、iPhone 8から画面を押し込んで操作できる3D Touchも省かれ、ディスプレイのカバーガラスも変更された。

SIMピンひとつ取っても、針金を曲げた形状に変更されており、体験を維持・高めながらもコストカットを断行した結果であることがよく分かる。

多眼カメラとコンピュテーションフォト

そうしたプロフィールを持つiPhone SEにおいて、ほぼ唯一といっていいほど力を入れて開発されたのがカメラだ。

iPhone SEのカメラは1200万画素、f1.8の6群レンズを採用するシングルカメラ。カメラモジュールはiPhone 8と同等のサイズであることがiFixitの分解によって明らかになっており、サイズは同じシングルカメラを採用するiPhone XRよりも小さい。FaceTime HDカメラについてもiPhone 8と同じで、4K撮影には対応しない。

しかし、アウトカメラもインカメラも、人物を対象としたポートレート撮影に対応を果たした。

A13 Bionicと組み合わせるカメラシステムは、iPhone 11で2つ、iPhone 11 Proで3つのカメラを前提としていたため、シングルカメラとA13 Bionicの組み合わせはこのiPhone SE第2世代が初めてとなる。

  • シングルカメラを採用するiPhone SE。シングルカメラ+A13 Bionicの組み合わせは初となる

ポートレート撮影はiPhone 6s Plusで実装が始まったが、2つのカメラを活用して被写体と背景を切り分けて背景をぼかすことで、被写体をより印象的に切り取ることができる。通常、明るい大口径レンズや、大型センサーを搭載したカメラが得意とする表現だが、これをスマートフォンで「再現」しようという試みだ。

Appleに限らず、特に中国メーカーを中心に複数のカメラを搭載し、大きなセンサーやレンズを搭載できないスマートフォンのカメラの画質を光学的に向上させようという取り組みが進んでいる。Huaweiなどは、広角、望遠に加えてモノクロのセンサーを搭載するなど、高画質化のアプローチは広がっている。

その点で、どちらかというとコンサバティブだったAppleが、2019年モデルのiPhone 11で2つもしくは3つのカメラを綿密に連動させる「カメラシステム」を構築した点は、非常に興味深い。

  • 2つのカメラを搭載したiPhone 11(左上)と、3つのカメラを搭載したiPhone 11 Pro(右上)

その一方で、GoogleはPixel 2、Pixel 3で画像向けの機械学習処理エンジンを搭載し、1つのカメラと機械学習処理によって、複数のカメラを用いたような写真が得られるソフトウエアを実装した。これが「コンピュテーションフォトグラフィ」といわれる、光学にコンピュータ処理を介在させた写真である。

Appleは2018年に発売したiPhone XRで、シングルカメラを用いた人物のみのポートレートモードを実装した。機械学習処理の性能を大幅に向上させたA12 Bionicを搭載したことで、自社開発のチップとカメラソフトウエアの組み合わせて、Googleとともにコンピュテーションフォトグラフィの可能性を示したのだ。

2019年に投入したiPhone 11とiPhone 11 Proでは、2つまたは3つのカメラとA13 Bionicを組み合わせ、光学とアルゴリズムの双方から写真を磨き上げ、2018年のiPhone XSと比べても見違えるような写真を実現した。

iPhone 8とは明確に異なるiPhone SEのカメラ

iPhone SEのカメラは、iPhone 8と同等であると書いた。アウトカメラもインカメラも1つのカメラで、A13 Bionic搭載デバイスとしては初めてのシングルカメラのスマートフォンという実装となる。

つまり、iPhone 8と画質の違いがあるとすれば、A13 Bionicとカメラソフトウエアによる、先述のコンピュテーションフォトの賜物であると位置付けることができる。

iPhone SEは、アウトカメラでポートレートモードに対応する。しかし、シングルカメラでポートレート撮影に対応したデバイスは初めてではない。ただ、オートフォーカスではないシングルのインカメラでのポートレート撮影は、iPhone史上初めての実装となる。

つまり、焦点距離の情報などもなく、画像認識だけでポートレート撮影を実現するところまで、iPhone SEのカメラのアルゴリズムは成熟したというわけだ。

  • iPhone SEは、インカメラでのポートレート撮影に対応する

さらに、Smart HDRでは人物の髪の毛の1本まで輪郭とディテールを描き出し、しかも背景の陰影も調節する。複数のカメラを背景にしたナイトモードや超広角もしくは望遠レンズを用いた撮影には対応しないが、暗い風景でも不自然に明るくせずに撮影できる。

iPhone 8とは明らかに異なる繊細な写真が得られる点は、iPhone SEにおいて価格、性能とともに特筆すべきポイントだと評価できる。

面白い製品、しかしターゲットも意識

iPhone SEは、ミドルレンジスマートフォンの性能面での強烈なボトムアップと、カメラで見せたAppleのこだわりという2つの側面から振り返ってきた。この2点については、iPhone SEは非常に高い次元で叶えている点で、製品の存在価値とゴールを十分に満たしている。

これから初めてiPhoneを手に入れる人、無闇に端末サイズを大きくしたくない人、ホームボタンがある操作性を維持したい人、価格を抑えたい人など、ここ数年のiPhoneを選びにくかったこれらのニーズを持っている人にとって、iPhone SEはまたとないチャンスであり、安心して選べる製品だ。

その一方で、存在価値、意味づけについて注目がいくのにも理由がある。すでに2018年、2019年のハイエンドモデルに触れているユーザーからすると、iPhone SE第2世代が必ずしも、スマートフォンのハードウエアとして楽しみがあるデバイスではないからだ。

iPhone SEのような小型廉価モデルも、3~4年までにホームボタンがない新しいフォームファクターへと移行することになるだろう。それも、第2世代のiPhone SEの成否にかかっている。

著者 : 松村太郎(まつむらたろう)

1980年生まれのジャーナリスト・著者。慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。近著に「LinkedInスタートブック」(日経BP刊)、「スマートフォン新時代」(NTT出版刊)、「ソーシャルラーニング入門」(日経BP刊)など。Twitterアカウントは「@taromatsumura」。