機械学習(ML)や深層学習技術(DL)などの人工知能(AI)を活用により医療分野にイノベーションが起きようとしています。ML主導型のツールは、患者、医療従事者、病院、医療機器メーカー、製薬会社、専門家のほか、同分野のさまざまな利害関係者にとってメリットがあります。解剖学の幾何学的測定から、がんの発見、放射線学、外科、創薬、ゲノミクスに至るまで、可能性は無限です。これらのシナリオでは、MLによってオペレーション効率を高め、非常に高い成果を出すと共にコストを大幅に削減できます。

規制機関による支援も着実に増えており、米国食品医薬品局(FDA)は診断支援やその他のアプリケーションに MLを活用する手法を次々に承認しています。FDAは、MLベースの製品に関する新しい規制枠組みも策定しました。この新しい枠組みでは、ML技術を「Software as a Medical Device」(医療機器としてのソフトウェア、略してSaMD)と呼び、MLが医療の質と効率性にもたらす多大なメリットを挙げています。

FDAはこのイニシアチブをサポートするべく、市場導入前の提案書に「あらかじめ定められた変更管理プラン」を盛り込みました。これには、想定される変更のタイプや、これらの変更を管理された方法で実施するための関連手法などが含まれる見込みです。

FDAは、医療機器メーカーが透明性を確保しながら SaMD性能を実際にモニタリングすることに加えて、承認済みの事前仕様やアルゴリズム変更プロトコルの一部として実装された変更点について定期的に情報を更新することを期待しています。

この枠組みにより、FDAとメーカー各社は、市場導入前の開発段階から市場導入後に至るまで製品性能をモニタリングできるようになり、また規制機関の監督のもと、患者の安全性を確保しながらSaMDの性能を繰り返し改善していくことが可能になります。

医療分野におけるMLの活用

MLは、医療での重大な問題の解決に幅広く利用されています。たとえば、デジタル病理学、放射線学、皮膚科学、血管診断、眼科学はすべて、標準的な画像処理技術を用いています。

  • ザイリンクス

    放射線学(胸部X線)アプリケーションとデジタル病理学

胸部X線は最も一般的な放射線検査であり、世界中で年間20億件以上、1日あたり54万8000件実施されています。これほど大量の検査件数は放射線科医にとって重い負担であり、またワークフローの効率にも大きな影響を与えます。一般に、ML、ディープ・ニューラル・ネットワーク(DNN)、たたみ込みニューラル ネットワーク(CNN) といった手法は放射線科医よりもスピードと正確性に勝りますが、放射線科医のノウハウも依然として非常に重要です。しかしながら、迅速な意思決定プロセスを要するストレスの多い条件下では、ヒューマンエラーの発生率が30%にも上ることがあります。ML手法を活用して意思決定プロセスを支援すると、放射線科医などの専門家が利用できるツールが増え、結果の質を高めることができます。

MLについては現在、信頼性の高い複数のソースから検証データが出されています。ある研究では(参考資料:Stanford ML Group)、121レイヤーのCNNをトレーニングした結果、4人の放射線科医よりも正確に肺炎が検出されました。同様に、国立衛生研究所などの組織による複数の研究でも、DNNモデルを用いた肺癌検出を目的としたがん性肺結節の早期検出トライアルで、複数の放射線科医の診断よりも高い正確性が得られました。

デジタル病理学への採用は比較的遅れていますが、乳がん研究に応用される複数のアルゴリズムベースの検出が病理学者による予後診断とよく比較され、複数の病理学者よりも正確に診断できたケースもあります。同様に、ゲノムアノテーションに関するRNN/LSTMベースの手法でも、単一ヌクレオチド変異型の病原性の可能性について、より正確な予測結果を出しています。

放射線学、病理学、皮膚科学、血管診断、眼科学の多くの処置に使用される画像はサイズが大きく、5Mピクセル以上になる場合もあり、複雑な画像処理を必要とします。また、MLのワークフローは演算とメモリを多用します。現在主流の演算方法は線形代数で、多くの演算と大量のパラメーターを必要とします。

その結果、積和(MAC)演算は数億回、パラメーターデータは数百MBにもなり、大量の演算子と高度に分散されたメモリサブシステムが必要となります。細胞組織を検出または分類するための正確な画像推論を効率的に実施するのに、PCやGPUで従来の演算方式を使用していては非効率的です。そのため、医療関連企業はこのような問題に対処するべく代替となる技術を模索しています。

ACAPデバイスで効率性を向上

ザイリンクスのテクノロジはヘテロジニアスな高度分散型アーキテクチャによって、医療関連企業が抱えるこのような問題を解決できます。

Adaptive Compute Acceleration Platform (ACAP)「Versal」のシステム・オン・チップ(SoC)部分と適応型FPGA、統合デジタル信号プロセッサ(DSP)、深層学習向け統合アクセラレータ、高度分散型ローカルメモリアーキテクチャ採用のSIMD VLIWエンジン、およびマルチプロセッサシステムは、高速データをほぼリアルタイムで大量に並列信号処理できることで知られています。

加えて、Versal ACAPには1秒あたり数テラビットのネットワーク・オン・チップ(NoC)インターコネクト性能と、緊密に統合された数百ものVLIW SIMDプロセッサを含む先進のAIエンジンが備わっています。これにより、演算性能は100TOPSを超えることが可能です。

これらのデバイス性能は、複雑な医療用MLアルゴリズムの解決する際の効率を大幅に向上させ、より少ないリソース、コスト、消費電力でエッジ側の医療用アプリケーションを高速化するのに役立ちます。Versal ACAPデバイスはアーキテクチャとそのサポートライブラリがシンプルなため、回帰ネットワークが始めからサポートされている場合もあります。

ザイリンクスには、アルゴリズム開発者やアプリケーション開発者向けの革新的なエコシステムがあります。アプリケーション開発用の「Vitis」や、高速ML推論の最適化と運用を目的としたVitis AIなどの統一ソフトウェアプラットフォームならば、開発者はACAPなどの先進のデバイスをプロジェクトに活用できます。

  • Vitis

    Vitisソフトウェアプラットフォームの概要

医療機器のワークフローは大きく変わりつつあります。将来的に医療ワークフローは、演算ニーズ、データプライバシー、セキュリティ、患者の安全性、正確性に関する要求条件が非常に高い「ビッグデータ」エンタープライズになるでしょう。この複雑性を解決および管理するには、分散型、非線形型、並列型でヘテロジニアスな演算プラットフォームが重要です。未来型の最適化されたAIアーキテクチャを必要とする場合、VersalやVitisソフトウェアプラットフォームなどが最適なソリューションの1つとなるでしょう。

著者プロフィール

Subhankar Bhattacharya(スバンカー・バタチャラーヤ)
Xilinx
ヘルスケアおよび医療機器マーケティング リード

Xilinx入社4年目で、カリフォルニア州サンノゼの本社に勤務。
フロリダで修士号を取得後、1994年にサンフランシスコベイエリアに移り住み、Sun Microsystems、PMC-Sierra、MIPS Computers、IDTなどの企業でエンジニアリング、製品マーケティング、管理職として15年以上の経験を積む。Xilinx入社前の7年間には、シンガポールの大規模病院向けのヘルスケアソフトウェアと、GE Digitalに買収されたソフトウェアIoTスタートアップの2つの新興企業の買収を成功に導いた。また、大手製薬会社では、デバイスのフィージビリティ、パブリックアクセスプログラム、および組み合わせ医療機器のFDA関連の規制業務を数年間行っていた。