2018年5月に「新生FCCL」(富士通クライアントコンピューティング)がスタートしてから、まもなく2年を迎える。2016年2月にPC子会社として富士通から独立したFCCLは、2018年5月に、Lenovo Group Limitedが51%を出資して新たなスタートを切った。2020年度中となる2021年2月は、新生FCCLの成果を見せる時期として掲げた「Day1000」の節目。FCCLは、いま、どんな位置づけにあるのか。2020年度の取り組みを、FCCLの齋藤邦彰社長に聞いた。
―― 2020年度は、FCCLにとって、どんな1年になりますか。
齋藤氏:Windows 7のサポート終了や消費増税による特需が見られた2019年度の状況に比べると、2020年度の国内PC市場全体は、その反動によって、縮小傾向にあるのは明らかです。市場全体としては、Windows 7のサポート終了に伴う特需が顕在化する前の2017年度並の出荷規模が想定されていますが、今後は、長期化している新型コロナウイルスの感染拡大が、どんな形でPC市場に影響を及ぼすかといった点も視野に入れる必要があります。
齋藤氏:業界を取り巻く環境も大きく変化しています。インテル製CPUの供給問題が継続する一方で、GIGAスクール構想による児童生徒1人1台環境の整備や、新型コロナウイルスの広がりに伴うリモートワークの拡大、エッジコンピューティングやゲーミングPCへの関心が高まるなど、新たな動きが見られています。
そうしたなかでFCCLは、個人向けPCではヒトとのつながりを大切にし、多様化するお客さまの生活シーンにベストフィットする商品によって、豊かなPCライフを提供します。法人向けPCでは、国内一貫体制の強みを生かしたカスタマイズによって、お客さまの困りごとを解決し、お客さまのビジネスに貢献することで、「いつでもどこでも」「安心して使える」モビリティ技術、セキュリティ技術によってワークスタイルイノベーションを提供し、ビジネスの躍進をサポートします。引き続き、人に寄り添ったコンピューティングの実現に力を注いでいきます。
―― 東京オリンピック/パラリンピックの開催に合わせて、リモートワークが拡大すると見られていましたが、新型コロナウイルスの感染拡大は、リモートワークの浸透に拍車をかけました。FCCLは、働き方改革に対して、どんな観点から取り組んでいますか。
齋藤氏:確かに、新型コロナウイルスの感染拡大によってリモートワークを行う企業が増えていますが、少子高齢化に伴う労働人口不足に陥ることが想定される日本の状況を考えると、いままで以上に女性の活躍や、シニア層の働く機会の創出といったことが重要になってきます。その点でも、働き方改革は、日本においては欠かすことができない取り組みです。
女性やシニアのパワーを最大限に生かすためには、オフィスに集まって仕事をするのではなく、自宅でもオフィスと差がなく、むしろ効率性や生産性を高めて、仕事ができる環境を実現することが必要です。いつでも、どこでも、誰でもが仕事をできるリモートワークは、ますます重要になるといえます。
FCCLでは、リモートワークを支援するために、「安全」と「効率」を両立させ、生産性の向上に貢献できるデバイスを用意しています。その最たるものが世界最軽量の698gを実現したLIFEBOOK UH-X/C3となります。FCCLが持つ世界最軽量の座はこれからも譲りません。2020年度もさらに世界最軽量を目指したモバイルノートPCを投入する予定です。世界最軽量の取り組みは、FCCLにとっては終わりがない、あくなき追求をすべきテーマだと捉えています。
齋藤氏:リモートワークを行うという点では、セキュリティが重要です。FCCLは「手のひら静脈認証」や「盗み見防止ツール」、「リモートデータ消去ソリューション」、「秘密分散方式ソフト」などを提供しており、これらのセキュリティソリューションが企業から高い関心を集めています。
とくに秘密分散方式ソフトは、重要なデータをセキュアドライブに移動すると、あらかじめ登録してあるスマートフォンとPCに、データを分割して保存する仕組みを採用しました。スマホとPCがリンクしている間はデータを扱えますが、リンクを切ってしまうとデータの存在自体が見えなくなります。PCを紛失したり、盗まれたりといったときのデータ漏洩阻止にもつながります。
まだ私案の段階なのですが、AIアシスタントの「ふくまろ」を、働き方改革を支援するアシスタントに活用できないか――ということも考えていきたいですね。「働き方改革+ふくまろ」によって、家庭でのリモートワークを支援できるのではないかと思っています。
ただ、いまの「ふくまろ」は、PCが暮らしを楽しくし、豊かに、多くの人にPCの恩恵を受けてもらうためのサポート役という重要な任務があります。その領域において「特派員」として活躍していますから(笑)、現在の任務がある程度終わってからになりそうですね。
―― 2020年度においては、GIGAスクール構想がPC市場の追い風になりそうですね。
齋藤氏:教育分野は、富士通グループとして長年の実績とノウハウの蓄積があり、強みを発揮できる分野だといえます。富士通と連携しながら、FCCLとしては教育に特化したハードウェアをますます磨き上げ、教育現場が求めるデバイスを開発、生産したいですね。これまでも、FCCLのエンジニアやデザイナーたちが自ら教育現場に出向き、そこから得た課題や要望を、PCやタブレットの開発に反映してきた経緯があります。
現代の授業では、教科書、資料、学習用ノートに加えてタブレットを使うことが増えていますから、机の上がいっぱいになってしまいます。そこで、タブレットが机から落ちにくいように、手前に重心を置いた設計を採用したり、落としたとしても壊れないようにタブレットの周りをカバーで覆ったりといった、工夫を施すなど改良を加えてきました。
かつては法人向けタブレットを教室で利用することもありましたが、タブレットをランドセルに入れると、教科書が入らないという課題がありました。これも、解決できるサイズへと改良しました。このように、教育分野の声を反映したモノづくりを行ってきたこれまでのやり方には自信がありますし、その姿勢は変えません。
そして、国内生産拠点である島根富士通で生産していますから、高品質のPCやタブレットを、定められた納期に、しっかりと届けられる体制を取っています。カスタマイズにも対応できるなど、FCCLおよび富士通グループとしての強みです。
―― GIGAスクール構想では、PC1台あたり45,000円以下という、低価格での整備が行われます。同じ仕様であれば、中国で生産したほうがコストメリットがあるのではないでしょうか。
齋藤氏:確かに、同じ仕様のものを大量に生産するという点では、中国の生産拠点を活用するメリットはあるかもしれません。しかしFCCLでは、島根富士通で生産することを前提として製品を設計しています。これを他の生産拠点に展開するとなると、むしろコストが高くなる場合があるんです。
今後、教育分野向けに最適なPCやタブレットのバリーエーションを増やし、使い勝手や耐久性という点でも、授業でしっかりと使えるものを提案していきたいと考えています。
―― FCCLでは、教育向けエッジコンピュータのMIB(Men in Box、仮称)を開発していますね。これは、2019年11月20日、島根富士通で開催した「Day567」の記者会見でも披露しました。MIBは、GIGAスクール構想のなかでどんな役割を果たしますか。
齋藤氏:MIBは。教育現場の声を反映して開発したエッジコンピュータです。教室内にMIBを設置しておけば、あらかじめサーバーからダウンロードしておいた教育コンテンツを、Wi-Fiなどのアクセスポイントを使って、生徒のタブレットやPCへと簡単に配信できます。
齋藤氏:しかも、単にエッジとしての役割を果たすのではなく、40台に対して均一にデータを配信したり、教員が使用する場合には教員用のタブレットやPCにネットワークリソースを割り当てたりといった、特別な制御を行えるようにしています。教室での用途を想定して作り込んでおり、そこに「教育用」とする理由があります。現在、出雲市教育委員会などと実証実験を開始しました。導入した学校現場からは、「これがないと安心して授業ができない」といった声をいただいています。
教育現場を熟知している私たちから見れば、授業を止めずに、安全に、効率よく進めるためにはなくてはならない要素、機能が入っているのがMIBです。教育委員会や学校の先生にも、運用段階で発生する課題に早く気付いてもらい、教室におけるエッジコンピュータの必要性をご理解いただきたいと思っています。
教科書のダウンロードに40分かかってしまうという状況や、生徒が持つ個々のタブレットのセキュリティ保護をどうするのかといった課題も解決できます。教育現場と密接につながったFCCLだからこそ開発できたMIBを、多くの教育関係者に体験していただきたいと思っています。
―― 家庭における教育用PCという取り組みも開始していますね。
齋藤氏:2018年6月に、“はじめての「じぶん」パソコン”として、LIFEBOOK LHシリーズを発表しました。小学生が初めて家庭で使用する自分専用のパソコン――という位置づけで製品化したものです。
タッチペンによって、紙に描くのと同じ感覚で自由にお絵かきや色塗りができたり、使い終わったらちゃんと片付けるための専用ケースを用意したり、家庭学習プログラム「FMVまなびナビ」を通じて英会話やタイピング、プログラミング、小中学生の学校教育コンテンツをオンラインで学習できたりといった設計をしています。もちろん、簡単には壊れない堅牢性も特徴です。
齋藤氏:このジャンルにおけるPCの需要は、まだ本格化していませんが、2020年4月から始まったプログラミング教育の必修化や、GIGAスクール構想による1人1台環境の整備などにより、これから需要が顕在化していくと思っています。FCCLは「こども向けPC」という市場に対しても、いち早く製品を投入し、家庭で使うPCに関して、子どもたちや保護者がどんなことに困っているのかを聞き、それを解決しながら、「こども向けPC」の需要が本格化するタイミングに備えていきたいと考えています。
小学校に入学する孫に、母方と父方、どちらの祖父母がランドセルをプレゼントするか決めるのが大変という話も聞きますが、片方の祖父母はランドセル、もう片方の祖父母はPCをプレゼントするというようになるといいですね(笑)
―― MIBは、FCCLの新規事業創出プロジェクト「Computing for Tomorrow(CfT)」から生まれた製品ですが、同じくCfTから誕生した製品にInfini-Brainがありますね。
齋藤氏:Infini-Brainは、FCCLが打ち出した新たなコンセプト「Inter-Connected Computing Platform(ICCP)」に基づいた製品。AI活用に最適化し、分散処理が可能な汎用性を持ったエッジAIコンピュータです。FCCLの独自アーキテクチャーであるブリッジコントローラによって、CPUとGPUの双方向通信や、GPU間の双方向通信をシームレスに行えるようにしています。
そのため、搭載された6枚のGPUを使って、負荷を分散させたり、並列処理させたり、シーケンシャルに利用したりできるため、AI側の処理に合わせたGPUのフレキシブルな利用と、性能と機能のスケーラビリティも実現します。また、WindowsとIntel製CPUによるプラットフォームを採用しており、Windowsプラットフォームに対応したカメラやセンサーもそのまま利用できます。
店舗に設置したカメラの映像をその場で画像解析し、万引きなどの怪しい行動を検知して、店員などに知らせるといった用途でも活用できます。すでにPoC(Proof of Concept:概念実証)が始まっており、2020年度には実際に具体的な販売実績が出てくると思います。
齋藤氏:Infini-Brainという製品を深堀りしていくと、単体で販売する提案に加えて、ブリッジコントローラを中心にしたAIアシスト機能をモジュール化して提案するといった使い方があることもわかりました。たとえば、ワークステーションやデスクトップPCに、Infini-Brainの一部機能を搭載したモジュールを差し込むと、AIアシストによるソリューションが実現できるといったイメージです。
FCCLでは、「ESPRIMOロングライフシリーズ」として、耐環境性と高信頼機能を持たせたデスクトップ型や省スペース型のPCを製品化しています。24時間365日、止められない消防署やコンビニエンスストアなどで利用されており、最長10年間のハードウェア保守も提供しています。Infini-Brain本体だけではそこまでの耐環境性と高信頼性は実現できませんが、そうした製品のなかに、Infini-Brainの機能を追加することは可能です。
ワークステーションとしての性能が必要であれば、そこにInfini-Brainのモジュールを搭載する提案もできるわけです。さらに、ローカル5Gとの組み合わせでも、製造、小売、倉庫といった領域に向けて提案できるでしょう。
FCCLがInfini-Brain用のSDKを公開することで、もっと幅広い領域にAIソリューションを展開していくことも可能です。これもお客さまとの商談から生まれてきた要望であり、ニーズに合わせて、Infini-Brainの形を変えていきたいと思っています。Infini-Brainのブランドをどう広げるかという話とは別に、技術の出口は様々な形があってもいい。広い範囲でお役に立つ、ということを考え始めています。
―― ゲーミングPCの取り組みも気になるところです。
齋藤氏:日本のゲーミングPC市場は成長率が高いものの、まだ規模が小さいという状況です。富士通というと、ゲーミングとは結びつきにくいという点もあります。それがいまの市場認識です。
―― かつては、マルチメディアPCの「FM TOWNS」を発売したり、PC草創期には 「FM-8」や「FM-7/FM-NEW7」、「FM77AV」などゲーミングに優れたPCを発売したりという経緯もありますが。
齋藤氏:いまのゲーミングPCのユーザーがその辺りをどう理解してくれるかがわかりません。ただ、ゲーミングPC市場に対しても、傍観しているわけではありません。たとえば、直販サイトのWEB MARTでは、GPUを搭載した「ESPRIMO WD-Gシリーズ」を販売し、話題を集めています。
また、FCCLは、キーボードやスティックなどの周辺機器にも自信を持っています。過酷な操作が要求されるゲーミング環境においても、使いやすく、信頼性が高いものを提供できます。富士通ブランドでやるのかどうかも含めて、どこまで踏み込むのかということは、これから検討していく必要がありますが、いつでも参入できるように準備はしておきたいですね。
―― 電子ペーパー「QUADERNO(クアデルノ)」は、2020年度はどんな進化を遂げますか。
齋藤氏:QUADERNOの進化で必ず出てくるのが、カラー化や動画対応です。しかし、それを追求していくと、単なるタブレットになってしまいます。QUADERNOの価値はどこにあるのかといえば、本物の紙に書いているような自然な書き心地とともに、デジタルならではの機能を搭載した点にあります。
あくまでも文具としての提案を前提として、機能進化をさせたいと思っています。なんでも取り込むのでなく、「節操がある進化」(笑)をしたいですね。また、いまは個人ユーザーを対象にした提案ですが、法人ユーザーからの引き合いも出ています。2020年度は、法人ユーザーにどう使ってもらうかが鍵になると思っています。
―― 2021年2月には、新生FCCLのスタート時に打ち出した、大きなゴールである「Day1000」を迎えます。そのタイミングではどんな会社になっていますか。
齋藤氏:2020年度は、初日となる4月1日から、ドイツ・アウグスブルグに設立したPC開発の新会社「FCCL GmbH」が事業を開始し、さらに、ノートPCの生産拠点である島根富士通が30周年の節目を迎えます(編注:1990年10月に操業開始)。
2021年2月は、新生FCCLのDay1000という節目。Day1000の姿は、いまは明確にお話しすることはできませんが、中核となるPCビジネスにおいて、お客さまのどんな役に立てているのか、そして、PC以外の新たなビジネスをどう積み上げていくのか、ということもお見せしたいと思っています。FCCLがなにを目指しているのか、お客さまにどんな貢献ができるのか、これをしっかりと示します。ぜひ、Day1000を迎えるときのFCCLの姿を楽しみにしていてください。