Appleは2018年2月にHomePodを米国で発売し、発売国を順次拡大させてきた。そして、ついに日本市場向けにも2019年夏に発売することになった。

HomePodは、A8を搭載しiOSが動作するホームスピーカーで、ユーザーインターフェイスは本体においてはほぼSiriのみとなる。そのため、HomePod向けのSiriが言語に対応次第の発売としてきた。今回、iOS 12.4で日本語に対応したことから、日本でも発売することとなった。

  • いよいよ日本での販売が始まることになったHomePod。Appleは「夏中」の発売を予告している

A8プロセッサが奏でるデジタルオーディオ

HomePodは円筒形のスピーカーだ。高さ17.2cm、直径14.2cmで、他のApple製品らしく角が落とされている。外装はメッシュで包まれており、後ろから伸びる布巻の電源ケーブルとともに、それがオーディオ製品であることを印象づける。

「後ろから伸びる電源ケーブル」と表現したが、正確にはHomePodには前も後ろもない。7つのツイーターは全方位に配置されており、1曲目を再生しながら部屋に合わせた調整、キャリブレーションを行う。

特に強調しているのは、直接届く音と、間接的に届く音を分離すること。部屋のできるだけ広い部分にスイートスポットが行き届くようにしながら、壁や天井に反射する音を活用して、音の拡がりを作り出す。

  • HomePodは、設置した状況に合わせてキャリブレーションを実施し、音の広がりを調整する

電源プラグを入れるタイミング、あるいは電源が入りっぱなしでもHomePodを移動させたとモーションセンサーが検知したタイミングで、キャリブレーションが行われるのだ。

「スピーカーにわざわざモーションセンサーを入れているのか?」と思われるかもしれないが、何を隠そう、HomePodはA8とiOSで動作している。A8にはモーションコプロセッサのM8が備わっており、これを利用していると考えられる。

つまり、2014年発売のiPhone 6にツイーター7つ、マイク6つ、ウーハー1つを追加したような存在がHomePodで、乱暴に言えば64ビットのアプリケーションプロセッサのパワーを、サウンド処理に全振りしているようなものだ。

結果として、1曲目の音楽を再生しながらその部屋での音楽の響き方を分析し、適切な音像を作り上げているのだ。

Appleの独自プロセッサとオーディオの進化

Appleのオーディオデバイスとしてより注目を集めているのが、いまだに「作れば作っただけ売れるAirPods」だ。

Appleは、2019年第3四半期にiPhoneの売上高を12%減少させているが、これをiPadやMacとともに、ウェアラブルデバイスの急成長でカバーし、結果的に総売上高は前年同期比1%増で過去最高を記録するまでに持ち直した。

AirPodsは、ヘッドフォン端子を廃止したiPhone 7と同じ2016年に発売され、搭載したワイヤレスチップW1によって他社のワイヤレスヘッドフォンに2年先んじて、端末と左右それぞれのイヤーピースが独立して通信する仕組みを取り入れた。

AppleブランドやiPhoneの10億人のユーザーベースを背景にしたAirPods人気もあるが、技術的な側面で見ると、Appleの独自チップによるアドバンテージを生かした製品だった。

AppleはiPhone 4からA4チップを独自設計しはじめ、スマートフォンの64ビット化を始めて行い、それ以降はプロセッサ単体での採算を考えなくてよい強みを生かして、処理性能と省電力性で1年以上の優位性を保つチップを毎年作り出してきた。

そのチップとiOS基板を活用して、1台のスピーカーで部屋に音楽を満たすための処理を行った結果がHomePodであり、オーディオ製品として、音声を再生する際にデジタル処理する前提で設計されたスピーカーとして、非常にユニークな存在と言える。

裏を返せば、こうしたアプローチを採ったうえで、実装・製品化にこぎ着けられるのはAppleならではといえる。

写真に続いて音声も

Appleは、iPhone XSとiPhone XRを登場させる際、「写真の新時代」というフレーズを活用した。これまで、光学的な性能で「良い写真」を撮影できるよう切磋琢磨してきたが、そこに機械学習を含む画像のデジタル処理が加えられる新しい「写真」の概念を、スマートフォンによって作り出してきた。

これはAppleのみが主張しているのではなく、iOSとともにスマートフォン市場を分けているAndroidを開発するGoogleも、自社ブランドのスマートフォン「Pixel」シリーズに画像処理専用チップを搭載し、1つのセンサーで夜間撮影からポートレート写真までをこなすカメラを実装してきた。

旧来の写真を愛する人々からすれば、AppleやGoogleがスマートフォンのカメラで行っているのは「写真ではなく、加工されたデジタル画像だ」と評価する。確かに、厳密に見ればその通りかもしれないが、スマートフォンのみを撮影機器として手にする多くの人々にとっては、良い写真さえ撮れれば満足でき、写真か画像かはあまり大きな問題ではないのだ。

これと同じことが、今度は音声に起きようとしている、ととらえることができよう。すでに、音楽再生ではデジタルシグナルプロセッサ(DSP)が活用され、例えばカーオーディオの世界では、スピーカーから運転席までの距離の違いを、近いスピーカーに遅延をかけることで補正する処理などが行われてきた。

HomePodも、部屋のスピーカーの位置や壁との距離を測りながら、1つのスピーカーでステレオ録音の左右のチャンネルの音声を直接波と間接波に分離し、壁の反射を利用している。直達波を遅延させて間接波とタイミングを合わせるような処理が行われているのではないか、と推測する。

こうした処理は、録音された音を忠実に再現することを「良い音」としてきたこれまでのオーディオの世界からすれば、相容れないアイディアかもしれない。

しかし、32,800円で買えるスピーカーを1つを置くだけで、その部屋に最適な音楽再生環境を実現でき、次の原稿で述べるように声で命じて好きな音楽を流せる点は、新しいホームオーディオの価値感への挑戦と考えても良いのではないだろうか。(続く)

著者プロフィール
松村太郎

松村太郎

1980年生まれのジャーナリスト・著者。慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。近著に「LinkedInスタートブック」(日経BP刊)、「スマートフォン新時代」(NTT出版刊)、「ソーシャルラーニング入門」(日経BP刊)など。Twitterアカウントは「@taromatsumura」。