地球のまわりに約1万2000機もの小型衛星を打ち上げ、全世界にインターネットをつなげる――。
先日、世界最大級の超大型ロケットでスポーツカーを宇宙に打ち上げた、米国の宇宙企業スペースX。その興奮冷めやらぬうちに、今度はそんな壮大な計画をスタートさせた。
計画の名前は「スターリンク」(Starlink)。このスターリンクで、スペースXはいったいなにを目指しているのだろうか。
宇宙インターネットの可能性
スペースXがこのような計画を進めている背景には、国際間のデジタル・ディバイド(情報格差)という問題がある。
日本に住む私たちはあまり感じることはないが、現在アフリカや南米などを中心に、世界の全人口の半数以上が、まだインターネットに接続できない状況にある。先進国である米国でさえも、過疎地域にはネットが通っておらず、ネット環境のない人は3400万人にもなり、これは米国の人口の約10%にあたる。
そうした国々と、つねにネットにつながっている日本などの国々との間に、経済的・教育的・社会的な格差があり、それがデジタル・ディバイドを生み出すと共に、さらにそうした格差を拡大させる要因にもなっている。
しかし、その解決には大きな問題がある。たとえば貧困や紛争にあえぐアフリカに、光ファイバーを敷いたり基地局を建てるのは難しい。小さな島々が集まっているような国、米国に点在する過疎地などにつなげるのも、やはり技術的に難しい。
そこで考え出されたのが、人工衛星を使う「宇宙インターネット」というアイディアだった。地球を回る比較的低い軌道に多数の衛星を打ち上げれば、世界のどこでも、そしていつでも、上空に必ず何機かの衛星が存在する。その衛星を使うことで、どんな過疎地でも、理論上は砂漠や海のど真ん中でも、インターネットができる。
また衛星の高度が低いため、通信ラグもきわめて少ない。さらに大容量の通信をやり取りする技術も発展したことで、実質的に光ファイバーと変わらないサービスを提供できると考えられている。
アイディア自体は1990年代からあったものの、人工衛星やロケットのコストが高く、ペイしなかった。そのため企画倒れに終わったり、打ち上げまでこぎつけた企業も軒並み倒産を経験している。しかし、電子部品の小型化、高性能化が進んだことで、衛星が小型化し、それによる低コスト化も実現。さらに近年では、低コストなロケットもいくつか出てきた。
さらに地上側に必要な機材も小型化、低コスト化が進んだ。宇宙インターネット衛星との通信で必要になるのは、アンテナや無線通信の機能をもった、ピザの箱、あるいはノートPCほどの大きさの装置だけで、この装置で衛星と通信しつつ、Wi-Fiを飛ばし、スマホやPCなどと接続する。どこかの建物に設置する場合でも大掛かりな工事は必要ないし、なんなら持ち運びもできる。
こうした技術の進歩によって、かつては失敗に終わった宇宙インターネットはふたたび熱を帯び始め、そして今度は実現する可能性が高まっている。
スターリンク
スペースXが、宇宙インターネットを構築すると明らかにしたのは2015年のことだった。その後、情報はぱったりと途絶え、一時は中止されたのではとも噂されたが、Googleなどから出資を受けたことや、米国連邦通信委員会(FCC)に提出した資料などから密かに動き続けていることが判明。さらに2017年9月には、商標登録の情報から、この宇宙インターネット計画の名前がスターリンクであることが判明した。
宇宙インターネットの実現のためには多数の衛星が必要だが、スペースXは現時点で、1万1943機という途方もない数の衛星を打ち上げようとしている。ちなみに人類がこれまでに打ち上げた衛星の数は7000機超なので、その約2倍近い数の衛星を、ただの1社が、たった数年のうちに打ち上げようとしていることになる。
この1万1943機は100kgから500kgほどの小型衛星とされる。また、衛星は大きく2種類に分かれており、衛星のうち4425機は高度1110~1325km、83の軌道面に分けて配備する。通信にはKuバンドとKaバンドという周波数帯を使う。この周波数帯は小さなアンテナでの大容量通信に適しており、近年、既存の衛星通信でも主流になりつつある。ただ、低い周波数帯に比べ、雨によって電波が弱くなってしまうため、それをどう補うかという課題もある。
残りの7518機の衛星は、より地球に近い低軌道に配備し、またKaバンドやKuバンドよりもさらに周波数の高い、Vバンドという周波数を使うことが検討されている。Vバンドを使った衛星通信の技術は、まだ世界の中でも開発途上だが、より大容量の通信や、妨害を受けにくいことを活かした機密通信などへの展開が期待されている。ただし雨にはKu、Kaバンド以上に弱い。
こうして2種類の仕組みを用意しておくことで、サービスに差異を生み出したり、サービス全体の堅牢性を高めるといった目的があると考えられる。
そして2018年2月22日、スペースXは「ファルコン9」ロケットで、スペインの地球観測衛星「パス」(Paz)を打ち上げると共に、スターリンクの試験機にして、その1万1943機もの衛星の先駆けとなる、2機の試験衛星を打ち上げた。
この2機はもともと、「マイクロサット2a」と「マイクロサット2b」と呼ばれていたが、打ち上げ成功後、同社のイーロン・マスクCEOはTwitterを通じて、「ティンティンA」と「ティンティンB」(Tintin A & B)という愛称を与えたことを明らかにした。由来は明らかになっていないが、おそらく『タンタンの冒険』から取ったものと考えられる(タンタンはフランス語読み、ティンティンは英語読み)。打ち上げ時の質量は400kgで、高度511km、軌道傾斜角97.44度の軌道に乗っている。
この2機の衛星は、打ち上げから約22時間後、スペースXの本社に近いロサンゼルス付近の上空を通過。「hello world」というメッセージを送信したという。この言葉はプログラムを組んだときに初めて表示させるものとしておなじみで、スターリンクという新たな技術が産声をあげたことを示すとともに、全世界がインターネットにつながる新しい世界への挨拶という意味合いもあったのだろう。