スターリンクの目的
スペースXがこのような壮大な計画を進める理由は、ひとつにはデジタル・ディバイドの解決という、社会貢献的な目的があることは間違いない。マスク氏や同社幹部もそのように発言しているし、FCCのアジット・パイ(Ajit Pai)会長も2月14日、スターリンクが米国内のデジタル・ディバイドの解決に役立つだろうとし、計画への支持を発表するなど、周囲からの期待も集めている。
だが、もちろんそれだけではない。
世界の全人口の約半数がネットにつながっていないということは、逆にいえばネット人口が倍増する余地があるということになる。単純に考えれば、何十億人もの新規ユーザーから、接続料やコンテンツの利用料が入ってくる可能性がある。
とくにスペースXは、月や火星へ人類を移住させる計画を進めており、そのための巨大ロケットと宇宙船「BFR」の開発も進めている。実現には莫大な資金が必要になるが、いまの主力事業――衛星の商業打ち上げだけではとても足らない。
もしスターリンクによって莫大な利益を生み出すことができれば、この構想は実現に向けて大きく加速することになる。このことは2015年にこの計画を明らかにしたマスク氏自身が語っている。
また、スターリンクのように多数の衛星でインターネットをつなぐという技術は、他の天体でも応用することができる。将来、スペースXによって月や火星への移住が実現した際、そこにもスターリンクを構築すれば、月や火星の都市でもインターネットができるし、地球と結んでのインターネットもできる。そうなれば、その天体での生活環境は大きく向上し、さらにスペースXは、そこでもインターネットの覇権を握ることで、さらに利益をあげられる。
先行するライバル
しかし、スターリンクの実現までには課題も多い。
たとえばウォール・ストリート・ジャーナルは、スペースXの広報担当者の話として、まだ最終的なコストの見積もりや技術的な設計が終わっていないと報じている。今回、試験衛星は打ち上げられたものの、その結果如何では、計画の大幅な見直しや、あるいは実用化を断念する可能性もあるかもしれない。
また、ライバル、同業他社の存在もある。宇宙インターネットというブルー・オーシャンに挑んでいるのはスペースXだけではない。むしろスペースXは、試験衛星の打ち上げこそ先行したものの、全体的に見れば、他社よりやや遅れを取っている。
現在、宇宙インターネットの中で、最も先行し、実現に近いのは、ワンウェブ(OneWeb)という企業である
ワンウェブを立ち上げたグレッグ・ワイラー氏は、かつてアフリカのルワンダに、光ファイバーや携帯電話の通信環境を構築した、そのとき味わった技術的な困難から、宇宙インターネットに目をつけた。まず太平洋地域を対象にしたインターネット・サービス「O3b」を立ち上げ、実用化に成功。やがて全世界を対象にしたワンウェブを立ち上げるに至った。
ワンウェブはすでに、コカ・コーラやエアバス、クアルコムやヴァージン・グループといった大手企業から出資を受けており、一昨年12月には日本のソフトバンクグループから約10億ドルもの出資を受けている。同社の計画では、まず約700機の衛星を打ち上げ、さらにVバンドの衛星を追加で約2000機打ち上げる打ち上げることも考えているという。すでに衛星の製造も始まっており、今年から衛星の打ち上げが始まる予定になっている。
同社の強みは、スペースXよりも先行していることもあるが、衛星の開発にエアバスがかかわっていることもある。欧州の大手航空宇宙メーカーであるエアバスは、もちろん通信衛星の分野でも高い実績を誇る。いっぽうでスペースXは、ロケットや宇宙船の開発実績はあるが、通信衛星を開発、運用した実績はなく、今回の試験衛星が初めてとなる。
また、米国の大手航空宇宙メーカーであるボーイングや、すでに衛星通信事業で実績のある企業なども、衛星数などに違いはあれど、同じく宇宙インターネット計画を考えている。周波数の権利には限りがあるので、サービスを展開できる企業には限りがあり、スペースXが生き残るにはそのうちの一社とならなくてはならない。
宇宙インターネットのそもそもの課題
さらにスターリンクにかぎらず、宇宙インターネットをとりまく問題もまだ多い。
ひとつは技術的な問題である。小型衛星なら一度の打ち上げで複数機搭載できるとはいえ、数千や1万機を超える衛星をロケットで打ち上げるのはそれだけで大事業である。また、仮に打ち上げを終えたとしても、今後はそれだけの数の衛星をどう運用するかという問題もある。ある研究では、現在の技術では一度に運用できる衛星は900機程度が限界であり、それより先は人工知能などによる衛星の自律的な制御が必要だとされる。また他の衛星やスペース・デブリ(宇宙ゴミ)との衝突の可能性も高くなる。
さらに衛星が故障すれば代替機を打ち上げないといけないし、老朽化することを考えれば、定期的に衛星を打ち上げ続け、システムを維持しなければならない。運用寿命を超えた衛星がデブリにならないよう、安全に軌道から離脱させ、処分する必要もある。
そして、ビジネスとして成立するかという問題もある。たしかに地球の全人口の半分にネットを届けるということは、約40億人の新たな顧客が生まれるということになるが、経済的に豊かではない国に住んでいる人が多いため、日本のように数万円の端末を購入し、月々数千円の携帯代を支払い続けるということは難しい。広告収入でまかなうなどのビジネスモデルは考えられるものの、スペースXをはじめ、各社がどのように考えているかはまだわかっていない。
また、ひとたび宇宙インターネットが社会インフラとして定着すれば、サービスの停止や事業からの撤退は、基本的には許されなくなる。とくにスペースXは火星移民を目的としているが、地球でのスターリンクの事業に失敗、あるいはつまづけば、その足を引っ張ることにもなりかねない。
スターリンクをはじめ、宇宙インターネットに、デジタル・ディバイドの解決と、ビジネスチャンスという、大きな可能性があることは間違いない。実現すれば文字どおり、世界は大きく変わることになろう。また技術革新により、かつてに比べ、実現する見込みが大きくなっていることも間違いない。
しかし、技術的、ビジネス的に、実際にものになるかどうかはまだわからない。
ことスペースXに限っていえば、技術面、ビジネス面での課題を解決すると共に、同業他社との競争もこなさなければならない。今回の試験衛星の打ち上げでひとまず先手を打ったスペースXだが、火星移民に向けた収入源にするための道のりはまだまだ険しい。
参考
・PAZ Mission press kit
・FCC - QUESTION 7: PURPOSE OF EXPERIMENT
・SpaceX Testimony Senate Commerce Committee Broadband Rev.05.01.2017 - 655C5CBED75A50881172C1E9069D91E6.testimony-patricia-cooper---broadband-infrastructure-hearing.pdf
・SpaceX Indicates Satellite-Based Internet System Will Take Longer Than Anticipated - WSJ
・OneWeb satellites: connection for people all over the globe
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info