「AppleがなぜFeliCaを……」の疑問

「Appleがたかがローカル市場の1つに特化した製品を投入するなんて、巨大な中国市場じゃあるまいし、絶対にありえない」といまだに考えている人も少なくないだろう。少なくとも、昔のAppleだったら「日本がAppleの用意した仕様に合わせろ」と言わんばかりにプレッシャーをかけてきた可能性もゼロではない。ただ、筆者がこれまで得てきた情報を総合するに、Appleはかなり本気で日本市場への食い込みを狙っており、さらに「グローバルモデルでのFeliCa採用」にも積極的になっている様子がうかがえる。

  • Appleが他社に先駆けてFeliCa採用に動けた理由

JR東日本の山田肇氏がFeliCaの国際標準化に向けた動きが進んでいることを報告したのは、2016年2月に開催されたNFC Forumの会合でのこと。その正式な成果報告は7月と約半年後のこととなるが、おそらく会議の趨勢は初春のころには決まっており、正式発表まで3カ月近くかけて仕様の調整を行っていたものと思われる。

NFC Forumの関係者によれば、Appleは同フォーラムのボードメンバーとなって以降、フォーラム内のすべての部会に対して人員を張り付けてこまめな情報収集を行っており、おそらく標準化に関する事情をほぼリアルタイムで把握していたと考えられる。Appleが新型iPhoneでFeliCaを搭載する場合、部品メーカーから安定供給を受けるのであれば4~5月時点で最終オーダーを確定し、6月以降のラインでの組み立てに間に合わせる必要があるだろう。もしAppleが今回の事情を「7月」に知ったのであれば間に合わないが、「4月」時点で把握していたのであれば話は違う。そのため、2017年を待たずして、2016年秋のモデルでの先行採用が可能になったともいえる。

  • なぜ国外のグローバルモデルにもFeliCa採用が考えられるのか

前述のように、2017年4月以降に販売されるGSMA準拠のNFC対応携帯電話は、すべてNFC-F、ひいてはFeliCaチップの搭載が求められるようになるだろう。これは交通系に限った話だが、販売価格の高いiPhoneは販売奨励金(Subsidy)が各国で廃止されてなお少なからず携帯キャリア網での販売の恩恵を受けており、こうした認定から外れる事態は避けたいものだと考える。

ゆえに、日本市場に限らずすべてのグローバルモデルでのFeliCa搭載、つまりFeliCaのセキュアエレメント(SE)を内蔵する形になるだろう。その場合、iPhone 6/6sのシリーズではFeliCa非対応になる可能性が現時点で残っている。ただ、Appleや携帯キャリアらは2~3年周期でユーザーが買い換えることを見込んでおり、おそらく日本で東京五輪が開催される2020年までにはiPhoneを含むグローバルモデルでのFeliCa搭載モデルが一般的となり、訪日外国人が「タッチ&ゴー」で日本の鉄道の改札を抜けていく姿が見られるようになるかもしれない。

2020年の東京五輪では訪日外国人も「タッチ&ゴー」が可能に?

  • コスト高の影響は無視していい

AppleはiPhoneの組み立てにあたって部品コスト(Bill of Materials: BOM)を非常に意識している。部品コストは1セント単位であれ可能な限り削ることが望ましく、これが部品メーカーにとっての値下げ圧力にもなっている。iPhoneの場合は2億台以上が年間で販売されているので、仮に1セントのBOMの違いでも2億円以上の損益が発生してしまう。FeliCaの採用が嫌気された理由の1つに「コスト高」というのがあるが、当然これはAppleのiPhoneへのFeliCa搭載にも響いてくる。

ただ、現状でNFCのモジュールはType-A/BとType-Fでほぼ一体化されており、致命的なコスト差ではない。むしろAppleほどの大量調達能力を持っていれば「FeliCa搭載でもコストは変わりなく」ということも可能だと思われ、「FeliCaを採用するかしないか」の違いでしかないというのが筆者の考えだ。

  • Appleは日本に"きちんと"コミットしている

こうした話を聞いて「Appleが日本におもねった」「日本でのシェアを減らしたくなくて必死だな」という声もあるかもしれない。筆者自身、FeliCaの標準化の話があったので「Appleが国際規格を先んじて取り込んだだけ」という認識だった。だが後から時系列を整理するに、どうやら裏のストーリーがありそうだとの考えを持つようになった。このあたりについて次の項で整理していこう。