交渉の裏にあった本当の事情とは

今回、Apple Payの日本上陸に際しては、大別して2つのプロジェクトが存在する。ひとつはテーマともなっている「FeliCa採用による日本のインフラでのiPhone活用」で、ここ1カ月ほどで急浮上してきた話題だ。

もうひとつは「本来の意味でのApple Pay」で、こちらは「Type-A/B準拠のセキュアエレメントにクレジットカード(またはデビットカード)情報を登録して"NFC Pay"による決済を行う」というもの。日本ではNFCによる決済インフラがほとんど整備されておらず、現状で公式に使えるのはチェーン店ではIKEA、あとはマクドナルドが横浜市内の3店舗と成田/関空の2空港で展開しているサービスのみとなる。ゆえに筆者がApple Payの進展状況を把握しようと考えたとき、まず「NFCの国内インフラがどの程度整備されているのか」に着目したのは理解いただけるだろう。これには「AppleがFeliCaを採用するわけがない」という思い込みもあったのは反省点だ。

後者について現状わかっている情報を報告すれば、一部チェーンでの切り替えが始まっているという話が聞こえてきているが、一方でいまだ全国レベルでの切り替えは完了しておらず、例えば東京近郊の一部エリアや大阪の一部エリアなど、当面は限定的になるともいわれる。今年10月以降にNFC Pay対応の自販機が全国展開されるという話も出ているが、筆者が自販機向けの決済機能を開発するメーカー数社に取材した範囲では、「10月以降に切り替えが行われる自販機もある」という程度で、とても全国展開レベルの状況ではないという話だった。こちらも通常のリプレイスのサイクルでの切り替えとなるため、「一気には切り替わらない」という認識でいいようだ。さらに「イシュア」、日本の例でいえばクレジットカード発行会社となるが、こちらの対応状況もあまり芳しい話が聞こえてこず、おそらく比較的小規模なローンチにならざるを得ないというのが原稿執筆時点も変わらぬ状況となる。

そこでFeliCaということになるが、FeliCa最大の強みは日本国内の既存インフラをそのまま利用できる点にある。その場合、各種ある電子マネーをAppleが「Wallet」アプリの中に取り込まなければいけないのだが、今回はそのパートナーとして前述のJR東日本の「Suica」のほか、NTTドコモの「iD」、JCBなどが提供する「QUICPay」の名前が挙がっている。Suicaでの交通系サポートは2017年まで対応は見送られるという話が出ており、そもそも「モバイルSuica」としてアプリが提供されるのかも不明だ。iDとQUICPayについては既存のインフラをApple Payに開放する形で提供されるため、現在両サービスが利用できる場所であればそのままApple Payが使える。JCBについては8月より機能強化版の「QUICPay+」の展開がスタートしており、おそらくこの新ブランドでサービスインするとみられる。このほか、予想の範囲ではあるが「スターバックス」などの小規模な電子マネーサービスを提供している事業者もローンチパートナーに名を連ねる可能性がある。規模の大きい「楽天Edy」「WAON」「nanaco」の動向は現時点で把握できていない。

NTTドコモが提供する「iD」

そして筆者が伝え聞くところによれば、これら国内パートナーとの交渉は、最も早いベンダーで2014年秋まで遡るという。これは2014年9月にApple Payが発表され、翌月米国でローンチが行われた直後だ。初期段階はごく基本的なネゴシエーションだったとしても、おおよそ1年半近い準備期間を経てサービスが提供されることになる。その間、インフラをNFC対応することなしにFeliCaベースでのサービス構築が進んでいたわけで、少なくとも交渉の初期段階で「AppleはFeliCaでの日本国内でのApple Payローンチ」を模索していたことがわかる。最終的にFeliCaサポートが新型iPhone以降の世代に限定されるのかは本発表を見てみないとわからないが、Appleが決して「国際標準だからしょうがなく採用した」というのでもなく、ましてや「日本に媚びを売った」からでもない。つまり「日本に最適なサービスを提供する」ことを目標にAppleが長い期間をかけて準備を進めていたというのが、時系列から判断した筆者の「Apple Pay国内上陸」と「FeliCa対応」に関する考察だ。

もちろん、Appleの日本上陸によって「膠着状態だった日本のモバイル活用がさらに進む」「東京五輪に向けたEMVやNFCインフラが推進される」という、業界関係者らが長らく手を出せなかった現状がAppleの存在で大きく動くという期待もある。インフラ整備にはまだまだ時間がかかるが、その意味で2016年は日本の決済業界にとって大きなマイルストーンになるのかもしれない。