米国内のロードマップを元に国際化

半導体技術ロ-ドマップは、もともと米国半導体工業会(SIA)が、会員企業の便宜を図るために1992年以降、「National Technology Roadmap for Semiconductors (NTRS)」の名称で発行してきたものがベースとなっている。Nationalの名が示す通り、米国内向けのロードマップだったが、1998年より世界中の半導体関係者の協力で国際的なロードマップ「International Technology Roadmap for Semiconductors(ITRS)」が作成されるようになった。SIAに加えて欧州、台湾、韓国、日本の半導体工業会が一斉にスポンサーとして参加した。なお、日本には他国のように半導体工業会がないので当時の日本電子機械工業会(EIAJ、現在の名称は電子情報技術産業協会(JEITA))が参画した。ITRSの最終的なとりまとめは、従来通りSIAが担当してきた。

限界を迎えるムーアの法則がもたらした混乱

そこでは、ムーアの法則を継続し、微細化を継続するために何が必要かグローバルな規模で議論され、重要な技術的課題を抽出し、それぞれの課題ごとに15年先まで見据えた定量的な表を多数作製し、毎年その表の更新を重ねてきた。

しかし、その途中で、さらなる微細化のための設備投資の急騰に耐えきれず、微細化から脱落する半導体メーカーが続出したため、2006年版からはムーアの法則に従って微細化しないデバイス(パワーデバイス、RF/アナログデバイス、センサ、アクチュエータ、MEMSなど)もロードマップに取り上げ、彼らをITRSに引きとめようとした(図2)。最近は、ムーアの法則の終焉が年々ますます話題に上るようになり、そのような中で15年先まで微細化を過去の延長線上で予測する無意味さが顕在化してきた。

図2 2006年版のITRSでは、従来のようなひたすら微細化するアプローチ(More Moore)だけではなく微細化によらないアプローチ(More than Moore)が登場 (出所:ITRS)

非連続な革新では予測を見誤る

ITRSのロードマップは、微細化は過去の延長線上で進行するとの前提で予測したものが多いため、非連続に出現するデバイス/構造/材料の生産導入開始時期(例えば、従来のSiO2膜/poly-Siゲートに替わるhigh-k/メタルゲートの生産導入開始時期や微細化トレンドに逆らう3D NAND型フラッシュメモリの生産開始時期や450mmウェハの生産導入開始時期など)の予測を見誤ってきた。BEOL(Back End of Line:配線形成工程)相関絶縁(low-k)膜のk値なども、1997年以降長年に渡り、現実離れした誤った予測をし,一部から批判がでていた。

微細化ロードマップはもはや無用の長物に

それだけではなく、超微細化を追求する半導体メーカーが世界でほんの数社に絞り込まれてしまい、これらの数社は互いに競争意識をむき出しにして先を急ぎ、もはや他社と技術ロードマップをすり合わせするメリットがまったくない状況となってきた。彼らの用いる商用ロジックノード(14/16nm、10nmなど)は、ITRSの定義から完全に乖離し物理的な意味を失っており、これら最先端半導体メーカーが他社より技術的優位を強調した独自のロードマップを採用するに至っては、微細化主体のロードマップの役割は一体何か問われる事態となった。

ITRSが方針転換を図った2015年版

このような微細化主体のロードマップの限界を強く認識したITRS幹部は、現状打破のため、電子産業のエコシステムの大きな変化、つまりインターネットの普及、スマートフォンやタブレットなどのワイヤレスモバイル機器の世界的な普及、ビッグデータを活用したクラウドコンピューティングなど、半導体応用対象の大きな変化を踏まえて、(従来のムーアの法則にしたがった微細化起点ではなく)半導体技術のアプリケーションをすべての議論の起点とする方向に方針転換した(図3)。

つまり、IoTというメガトレンドを取り巻く半導体アプリケーション(ビッグデータ、モバイル通信、カーエレクトロニクス、グリーン・エネルギー技術、医学・ヘルスケアなど)を出発点として、そこからトップダウンで半導体技術に何が求められているかを考慮し、さらにデバイスやプロセス、そして半導体工場運営の要求事項を抽出し、ロードマップを作成することにした。従来のような、まず微細化ありきのITRSとは区別するため、アプリを議論の起点とする新方針のITRSを「ITRS2.0」と呼ぶことにした(図3)。この方針代転換のため、2014年改訂版の発行は中止され、2015年版から新生ITRS2.0に基づいて作成することになった。

図3 ITRS2.0の新たな取り組み。半導体のアプリケーションから議論をはじめ、順に半導体技術テーマ、さらには半導体工場運営まで議論を落とし込むITRS2.0の概念図 (出所:ITRS)