沢木さんは大学卒業後、FC事業の支援をするコンサルティングファームに就職。学習塾向けのeラーニング教材の開発、普及という新規事業を担当していた。もっとも、恐ろしいほどの激務で、月に400~500時間労働が当たり前の、いわゆるブラックな働き方をしていたという。

「ただ、仕事へのモチベーションが高かったのでイヤではなかったのですが……つらかったのが食事だったんですよ」(沢木さん)。

新卒23歳は何かと腹がすく頃。しかしランチも夜食も食べたくとも食べる時間がない。そのためオフィスに設置されていた置き菓子サービスに手を伸ばし、おかしだけを食べて、食事代わりとすることも少なくはなかった。そんな食生活を続けているうち、知らぬ間に異変が起きたという。会社の健康診断で、ありえないほどのひどい結果が出たのだ。

「本来、人生で最もいい数値が出ていい年齢なのに、食の乱れは顕著に体に出たわけです(笑)。まずいな、と。同時に、僕の場合はただただ多忙なワークスタイルだったのですが、仕事だけではなく育児や介護などさまざまな理由で食事が疎かになってしまう人は多いだろうと考えた。そこでまず『安心安全な食を置き菓子サービスのようなスタイルで提供できたらいいなあ』と自分の感じていた健康性、利便性、経済性のニーズから、漠然とした思いを抱き始めたんですよ」(沢木さん)。

その後、起業を視野にWebのノウハウをつけるため、IT系ベンチャー企業へ転職。当時、爆発的に伸びていたソーシャルゲーム事業に携わった。しかし、その反動から「自分は社会インフラに繋がるような実業がしたい」という思いを抱き、前職で関わっていたeラーニング事業からスピンアウトして立ち上がった教育系ベンチャー企業に転職したという。 質の高い教育を安価に提供できるeラーニングのシステム。全国の学習塾にそれを導入してもらうことが沢木さんのミッションだった。そのため出張が多かったが、2012年の夏、福井に行ったとき、幸運な再会を果たす。コンサルティング・ファーム時代の同期が、福井県を代表する地場の老舗スーパー「大津屋」の婿となり、跡取り息子になっていたのだ。

「久しぶりに会おうよと、飲んだ席で、彼が『いま単なるレトルトではなく、添加物をほぼ使わずに、1カ月程度もつ“鮮圧殺菌調理法”という独自の技術を開発して各店舗にお惣菜を配達する、効率化しながら質をさげない新しいセントラルキッチンシステムを導入する予定だ』という話と、『惣菜業界事態は、市場がシュリンクしていて大変だ』という話を聞いたんです。ここでピンときました」(沢木さん)。

このお惣菜を使えば、まさに思い描いていた置き惣菜サービスができる! 一方の大津屋としても、新たな販路が開拓できるメリットがある。沢木氏は、さっそく「オフィスおかん」の企画をまとめて独立。大津屋にプレゼンをして、業務提携に至り、自らの貯金50万円をはたいて起業した。ウェブサイトは、自らコーディングなどを手がけて低価格でつくり、2013年3月にまずは一人暮らしの個人向けから、サービスを開始した。

商品の生産は大津屋、配送はヤマト運輸、そして受発注とマーケティングをおかんが実施するという、当初から水平分業型のスタイルだったため、たった一人で自宅にいながらの起業だったという。

そして1年後の2014年に、満を持して企業向けの「オフィスおかん」をローンチ。事業アイデアが優れていたことから、サイバーエージェントグループやオイシックスなどの出資を受けたことも後押しになった。そして、先述通り、潜在的なニーズを突いたオフィスおかんサービスは、すぐに多くの企業から支持を受けた、というわけだ。

提供する惣菜は大津屋のみならず、今は全国各地の惣菜工場と提携して、提供している。地域の惣菜工場の復活にも寄与しているといえそうだ

また、もう一つの隠れたポイントはネーミングにもありそうだ。

設置した冷蔵庫ごとにログデータをとっているため、減りの早さなどから利用するごとに「このオフィスで人気のある惣菜」に最適化されていく仕組み。廃棄ロスも減らせるわけだ

「まあ、自分で起業するんだから、もっとシュっとしたかっこいい名前にも憧れましたよ。銀行でも『おかん様』って呼ばれて立つのがちょっと恥ずかしいときもありましたからね(笑)。けれど、サービスを想起させてくれるし、頭の中に残りやすい。そしてうちのサービスは、オフィス移転などのタイミングで導入されることが多い。そのときにふと思い出してもらえるようなインパクトのある名前だった。実際に導入していただいた企業にきくと、『おかんって名前を覚えていて……』という声は少なくないですからね」(沢木氏)。

今後は、さらに食から踏み込み、ヘルスケア分野に寄せたサービスも充足させていく予定。おかんの提供する食事で健康管理と生活習慣病予防意識を高め、それこそ人々の健康診断結果をよくしていこう、という考えだ。おかんのビジネスモデルが、想像以上に幅広く、社会の課題を解決していくことになりそうだ。すばらしい“おせっかい”である。

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