カシオ計算機の耐衝撃ウオッチ「G-SHOCK」は、ここ数年の不況下においても世界の有名百貨店や時計・貴金属店での取り扱いが拡大するなど、数回のブームを経て若者向け時計市場において確かな地位を確立しつつある。

しかし、ファッションアイテムとしての浸透が進んだ現在においても、G-SHOCKブランドの価値を支えているのは、同社やパートナー企業によって日夜開発されている新技術である。次々と投入される新技術が、新しい機能を実現するのに加えて、新しいデザインや利用シーンをも生み出していることが、発売から四半世紀を過ぎても他の追随を許さないG-SHOCKの優位性と言えるだろう。

耐遠心重力という新しい価値

「SKY COCKPIT」という新しいシリーズ名を冠して今年2月に発売された「GW-3000」シリーズは、コクピットのように強力な遠心重力が働く場所でも正しく運針するように作られた「耐衝撃+耐遠心重力」ウオッチである。

耐衝撃に加え、耐遠心重力という新しい耐久性能を身につけた「SKY COCKPIT」(写真はGW-3000BD-1AJF)

商品企画を担当した、同社時計事業部モジュール開発部の奥山正良氏は、G-SHOCK開発に共通するバックグラウンドを「『落としても壊れない』という耐衝撃性能が原点にありますが、同時に全モデルが20気圧防水性能を兼ね備えるなど、あらゆる過酷な環境に耐える『オールマイティ・タフ』を目指して開発を進めています」と説明する。そして、これまでに衝撃だけでなく、低温、振動、錆び、静電気など、時計に襲いかかるさまざまな悪条件を克服してきた。

カシオ計算機 時計事業部 モジュール開発部 モジュール企画室の奥山正良氏

そのG-SHOCKが新たに挑んだのが、落下時の一瞬の衝撃とは異なり、比較的長い時間にわたって力がかかり続ける「遠心重力」への耐久性だ。F1や航空機、ロケットといった、通常の何倍もの重力がかかる環境で通常のアナログ時計を使うと、針に力がかかるため、精度の低下を招くばかりか、ムーブメントのパワーが足りず運針そのものが停止してしまうことがあるという。

もちろん、デジタル時計であればそのような問題は発生しないが、今回の「SKY COCKPIT」は、昨年発売された「GW-2500」シリーズに続くパイロットウオッチであり、視認性の高い大型のアナログ針がデザイン面での特徴にもなっている。曲技飛行中、どんな方向に遠心重力がかかってもその針を正しく進ませ続けることが求められる。

当然のことながら、物体はその質量が大きいほど重力を強く受けるため、針にかかる遠心重力を小さくするならば、針は細く短い方がよい。SKY COCKPITのフェイスで表現したい太い針とは相反する条件だが、針の形状や、重量バランスを取るための針の取り付け位置などに試行錯誤を重ね、極めて過酷な遠心重力下においても各種機能が正常に作動する時計が実現した。2008年に開発した高耐久性アナログムーブメントの「タフムーブメント」をカシオが有していたことも、求められるモーター性能を開発する上では、有利に働いた。

基準作りから始まる品質評価

しかし、今回の製品開発においては、遠心重力に強い時計作るというチャレンジに加え、「耐遠心重力」というこれまでにない性能をどのようにして検証するかという課題があった。

例えば耐衝撃性能であれば、これまで25年以上にわたってクリアしてきた社内基準があり、防水性能であれば一般的な工業規格にも仕様が存在する。しかし、「遠心重力に耐えるパイロットウオッチ」という商品がこれまでになかった以上、耐遠心重力をセールスポイントとしてうたうに値する性能はいかほどか、ハードルを自らが決めて、しかも本当にその基準を満たしているのか、自ら確認しなければならない。

カシオ計算機 時計事業部 品質保証部 第一品質企画室の大滝明氏

開発中のG-SHOCKの性能評価を行っている、同社時計事業部品質保証部の大滝明氏は「落下試験といった普段のテストと違い、今回は試験の基準値を作るところから始めなければならず、遠心重力下でどういう現象が起こるかもはっきりとはわかっていなかった」と話し、これまでのG-SHOCKの開発プロセスとは質的に異なる作業だったと話す。

個別の条件にもよるが、一般にF1ドライバーがレース中に受ける遠心重力の大きさは、重力加速度で表現した場合、最大で5~6G程度だという。ジェット戦闘機のパイロットが同9~10G。そして、カシオが協賛しているエアレース選手権「Red Bull Air Race World Championship」のパイロットが受けるのが最大約12G。さらに、航空機用機器に対してISO/JISで規定されている基準(※)では、フライトデータレコーダーのような非常時にも正常に動作しなければならない機器は、最大15Gの環境に対応することが求められているという。

※JIS W 0821「航空機用機器の環境試験-定常加速度」。ISO 2669:1995と同等。

これ以上の加速度が加わると、航空機そのものの強度にも影響を及ぼす可能性があるほか、訓練されたパイロットであっても失神してしまう環境になるので、15Gを超えても正常に動作すれば、腕時計の性能としては十分ということになる。

SKY COCKPIT開発のために作られた専用装置

そして、15G以上の環境でSKY COCKPITが本当に正しく動作することを確認するため、製品サンプルを高速回転させ、人工的に強力な遠心重力を与える装置が制作された。

SKY COCKPIT開発のために作られた重力試験器

カシオ計算機時計事業部 モジュール開発部 実装開発室の並木幸二氏

同社時計事業部モジュール開発部の並木幸二氏は、普段は時計のモジュール設計を行っているが、SKY COCKPITの開発のために今回はこの重力試験器の開発を担当した。「ターンテーブルの端に製品サンプルを置き、固定する向きによって異なる3方向に遠心重力をかけることができます。中央にはデジタルカメラを設置して、運針が正しく行われているかを動画で撮影します。直接針を撮影できない向きのときは、ミラーに文字板を映して試験を行えるようになっています」(並木氏)。

固定する向きにより、3次元の各軸方向に向けて遠心重力をかけられる

文字板を直接撮影できない向きのときはミラー越しに確認する

実際に試験器を回してもらうと、15Gを大きく上回る遠心重力がかかった状態でも、正確に秒針が進んでいるのが確認できた。

秒針だけでなく、時分針の高速運針もまったく問題ない。

研究施設に並ぶ試験器というと、部品がむき出しになった無骨な機械というイメージがあるが、この重力試験器はレコードプレイヤーのような外観であり、まるで既製の工業製品のように見える。しかし、SKY COCKPITのために新たに制作されたものであり、最初からうまく動作したわけではなかった。

まず、製品サンプルにかける遠心重力を強くするために回転数を上げると、装置自体が台の上でガタガタと激しく振動する問題があった。これは、ターンテーブル上の重量バランスが均一でなかったためで、ネジでおもりの位置を調整できるバランサーを追加することで解決した。また、試験中にサンプルの固定がゆるみ、飛び出したサンプルがアクリルのカバーを破壊するという事故もあった。幸いケガをした人はいなかったということだが、万が一飛び出しても良いように金属製のガードを追加するなど、安全性を高める改良も行っている。

万が一サンプルの固定が外れた場合に備えてカバーに追加された金属製ガード

極限性能の基準を、G-SHOCKが作る

SKY COCKPITの製品カタログでは、15Gまでの遠心重力を大幅に超える耐遠心重力性能を実現したと紹介されており、製品発表時の情報によれば、実際には最大50Gという通常考えられない環境での試験も行われているという。

もちろん、SKY COCKPITが備える耐遠心重力性能を実環境で試すユーザーはほとんどいないだろう。50Gという極端な試験を行わずとも、十分な耐遠心重力性能を持つ時計として売り出すことは可能だったはずだ。

しかし、あえて過酷な環境に挑み、その性能を愚直に検証することに、G-SHOCKがG-SHOCKたるゆえんがある。商品企画の奥山氏は「極限の性能の基準がなければ、作ればいいんです。ただし、それはG-SHOCKというブランドを傷つけない、G-SHOCKの価値を進化させる性能と基準でなければなりません」と話す。生半可なものでない、"実際に確認された"圧倒的な耐久性を身につけることができることが、G-SHOCKの価値であり、ユーザーにとっての喜びとなる。