花王が、AI を活用して工場の現場に蓄積した 300 万件近い「現場ナレッジ」の高度化に取り組んでいます。工場のトラブル対応の改善活動のためのナレッジデータベースと、設備保全の管理システムに蓄積された保全履歴データベースを連携させ Azure Cognitive Search で検索する仕組みを構築。今後は、対象システムやデータを拡大させ、全社的なデータ活用基盤に成長させていく計画です。「未来のいのちを守る会社」を目指す花王が、データ活用基盤の取り組みを強化する狙いを聞きました。

中期経営計画「K25」を推進するため、現場に蓄積したナレッジのさらなる活用を計画

「豊かな共生世界の実現」を使命に、日用品を中心として人々の一生に寄り添う商品を 130 年以上にわたって提供してきた花王。連結売上高は 1 兆 4188 億円、連結従業員は 3 万 3507 名(2021 年 12 月末)を数える、日本を代表するメーカーの 1社です。そんな花王の現在の事業は、生活者向けの製品を扱うコンシューマープロダクツ事業と、産業界のニーズにきめ細かく対応した製品を扱うケミカル事業の 2 つに分かれています。

コンシューマープロダクツ事業には「アタック」「マジックリン」「メリーズ」「ロリエ」などのハイジーン&リビングケア事業(売上構成比 35.0 %)、「ビオレ」「エッセンシャル」「バブ」などのヘルス&ビューティケア事業(同 25.0 %)、「ヘルシア」「業務用衛生製品」などのライフケア事業(3.7 %)、「ソフィーナ」「カネボウ」「キュレル」などの化粧品事業(16.9 %)があります。

また、ケミカル事業は売上構成比の 19.4 %を占める事業で、天然油脂原料で製造する油脂製品や、界面活性剤などの機能材料製品、トナー・トナーバインダーや水性インクジェット用顔料インクなどのスペシャルティケミカルズ製品など、産業界の幅広く多様なニーズに対応した製品を開発・提供しています。

そんな花王が全社を挙げて取り組んでいるのは、「『未来のいのちを守る』企業への変革」です。中期経営計画「K25」では、「私たち自身が大きく意識を変えなければ、未来に大きな発展は望めない」という危機感のもと、「持続的社会に欠かせない企業になる」「投資して強くなる事業への変革」「社員活力の最大化」という3つの方針を掲げました。

なかでも「投資して強くなる事業への変革」では、花王がこれまで培ってきた技術や知見、デジタルを最大限に活用して既存事業を活性化しながら、新たな事業の創出に取り組みます。例えば、将来起こりうる病気を予見する技術や、歩行状態から体の変化を察知する技術などを活用して高い精度でデータを解析。デジタルライフプラットフォーム上で相互に掛け合わせることで、より精緻な健康状態の予測を行なうという「プレシジョンライフケア」の取り組みがあります。また「社員活力の最大化」に向けて、従来の目標管理型の KPI を廃止し、OKR を中心とした新たな組織マネジメント制度も導入しました。

K25 を加速させるために重要となってきたのは、現場レベルで収集されるデータやこれまで培ってきた技術や知見が集積されている現場の知恵(以下、ナレッジ)です。そこで花王では、現場データや現場ナレッジをより精緻に分析しながら、技術継承を含めた全社的なデータ活用基盤のための仕組みづくりをスタートさせています。この取り組みで新たに採用したのが Microsoft Azure(以下、Azure)が提供する Azure Cognitive Search です。

  • 花王 和歌山工場

    花王 和歌山工場

15 年間で 7 万 5000 件超のナレッジが蓄積、最新 AI を活用し技術継承しやすいかたちに刷新

現場データや現場ナレッジを活用するための基盤づくりに取り組んでいるのは、SCM部門 技術開発センター 先端技術グループ(情報システム)とデジタルイノベーションプロジェクトです。花王では、各事業部門に対して、研究開発、品質保証、購買、SCM、販売などの部門が事業横断型で共通のサービスを提供する組織体制となっています。そのなかでSCM部門は、サプライチェーンシステムを担当し、生産やロジスティクスに関連するシステムの開発・運用も担っています。同部部長の日下部 圭伸 氏は、こう話します。

  • 花王株式会社 SCM部門 技術開発センター 先端技術グループ(情報システム) 部長 日下部 圭伸 氏

    花王株式会社 SCM部門 技術開発センター 先端技術グループ(情報システム) 部長 日下部 圭伸 氏

「K25 の方針では、社員活力の最大化に向けて『活動生産性2倍』という目標を掲げています。この目標を達成するためには、デジタル技術を使った施策が不可欠であり、これまでもマイクロソフトの協力を得ながら、さまざまなデジタル化の取り組みを推進してきました。加えて製造現場では、日々発生するトラブルを起点として、トラブルや課題の解決に向けたさまざまな改善活動が行なわれています。花王ではそれらを現場ナレッジとして蓄積し、現場のオペレータやスタッフ、エンジニアが活用していくための環境づくりを進めてきました。今回、新たに取り組んだのが、この現場ナレッジを最新 AI 技術を駆使して、より使いやすく、技術継承しやすいかたちに刷新することです」(日下部 氏)。

花王では、国内の主要 10 工場と 25 の物流拠点、28 の海外生産拠点を利用して生産・流通活動を行なっています。製造現場におけるナレッジは、2007 年に開発した「The GEMBA Knowledge」と呼ばれる知見や技術を形式知化するシステムに蓄積されています。このシステムは、ケミカル工場を中心に採用されており、工場の施設で「いつもと違う」を見つけた工場のフィールド担当者や、設備の運転を管理する DCS(分散制御システム)オペレータは、システムにトラブルを登録し、日々のミーティングで情報を共有して、トラブル対応の改善活動に取り組みます。日下部 氏とともに、システム開発に携わった上垣内 匠 氏はこう話します。

  • 花王株式会社 SCM部門 技術開発センター 先端技術グループ(情報システム) 上垣内 匠 氏

    花王株式会社 SCM部門 技術開発センター 先端技術グループ(情報システム) 上垣内 匠 氏

「The GEMBA Knowledge は、改善活動について、結果だけでなく過程も含めて記録するシステムです。特徴としては、情報の在り処が誰でも分かること、現場で何が起こっているかの実態を把握できること、欲しい情報を効率的に取り出すことができることにあります。現在、和歌山工場、鹿島工場などの国内 8 工場、上海、葫芦島などの海外7 工場で利用されていて、稼働から 15 年間で蓄積されたデータは 7 万 5000 件に上ります。トラブル対応の改善活動だけでなく、技術を醸成したり、蓄積したナレッジを次世代に継承していくためのシステムとしても位置づけています」(上垣内 氏)。

「検索すべきキーワードが分からない」「必要な情報をすぐに検索できない」ことが課題に

システム刷新にあたって課題となっていたのは、蓄積されているナレッジからデータを探す際のキーワード検索の制約でした。システムには、ポンプ故障や配管故障などの設備トラブル、異物混入や pH 値のずれといった品質トラブル、DCS(分散制御システム)の運転トラブル、安全上のトラブル、環境に関連するトラブルなどのナレッジが登録されています。ただ、業務に特有の用語や、時代や、部門部署ごとの固有用語などがそのまま登録されているということもあり、特に経験の少ない若手にとっては、使いにくいシステムになっていたといいます。

新システムの開発に携わり、現在はデジタルイノベーションプロジェクトでデータサイエンティストを務める山路 康平 氏は、こう説明します。

  • 花王株式会社 デジタルイノベーションプロジェクト データサイエンティスト 山路 康平 氏

    花王株式会社 デジタルイノベーションプロジェクト データサイエンティスト 山路 康平 氏

「システムには、1 つの事柄が別の名前で登録されていたり、省略形、方言などを使って登録されていたりするケースが多く存在していました。それらの知識のない若手にとっては、検索すべきキーワードをどう設定していいかが分からない状態だったのです。また、データ量が増えたことで検索キーワードの設定に工夫が必要になり、ベテランのなかにも自分用の検索『虎の巻』を作っているケースもありました。ナレッジを利用するのは、工場の各担当者やトラブル対応にあたる日勤のスタッフ、エンジニアなどですが、さまざまなデータが蓄積されているために、自分にとって必要な情報をすばやく見つけることが難しかったり、重大なトラブルに発展するものだけを抽出して検索するといったことも難しくなっていました」(山路 氏)。

また、製造現場で利用する各種保全管理システムとの連携にも課題があったといいます。山路 氏とともにシステム開発にあたった松橋 芽 氏は、こう説明します。

  • 花王株式会社 SCM部門 技術開発センター 先端技術グループ(情報システム) 松橋 芽 氏

    花王株式会社 SCM部門 技術開発センター 先端技術グループ(情報システム) 松橋 芽 氏

「トラブルに対応するために行なった設備のメンテナンス情報や、運転解析の情報、品質情報などは別のデータベースに登録されていました。データが別々に管理されているため、ナレッジを検索する際には、それぞれを別々に検索して、情報を手作業で紐付ける必要がありました。なかでも重要なシステムの 1 つが設備保全のためのメンテナンスマネジメントシステム(以下、MMS)です。MMS には、約 275 万件の設備メンテナンス情報が蓄積されており、トラブル対応時には、7 万 5000 件のナレッジと 275 万件の設備メンテナンス情報をそれぞれ検索して、情報をつなぎ合わせる必要がありました」(松橋 氏)。

これらの課題は、将来的なデータ活用に向けた障害になることはもちろん、若手育成や若手への技術継承の面でも大きな足かせになるものでした。

AI 活用、システム横断検索、カスタマイズ性の高さに注目し Azure Cognitive Search を採用

これらの課題を解消するためには「キーワード検索に代わる新しい検索アプローチの採用」「さまざまなシステムを横断して検索するための基盤の構築」「地域、部門、職域、年齢、性別などを問わず誰でも利用できる仕組みづくり」が必須でした。

また、社員活力の最大化やデジタル・トランスフォーメーション(DX)の推進という観点からは「蓄積したデータから新しい改善提案や新しい価値を創出する取り組みをしやすくすること」「利用しやすいだけでなく、積極的に使いたくなるシステムであること」「全社的に展開し、文書管理システムなどのさまざまなシステムと連携しながら、全社的なデータ活用基盤としての活用も可能なこと」なども要件となりました。

The GEMBA Knowledge は、花王の生産関連システムのなかで最大規模の情報データベースです。「15 年間蓄積してきたナレッジをもとにデータ活用基盤を構築することで、社内データから『宝』を発掘しやすくし、発掘した宝を磨き続けることで新しい価値の提供につなげていく」(日下部 氏)ことを目指したのです。

花王では、こうしたコンセプトやシステムの方向性をマイクロソフトに相談し、検討を重ねるなかで、Azure Cognitive Search の採用を決定します。採用の経緯について上垣内 氏はこう説明します。

「Azure は、花王のさまざまな社内システムの基盤として採用していることもあり、そもそも馴染みがあり、そんな Azure のサービスのなかから、メンテナンスが容易な PaaS 型の検索ソリューションとして Azure Cognitive Search を選定しました。採用の決め手となったのは、最新 AI 技術を使った柔軟な検索が可能なこと、システムをまたがった検索が容易に実現できること、利用する検索モデルや AI モデルなどをわれわれ自身が簡単にカスタマイズできることです」(上垣内 氏)。

ただ、PaaS の進化は著しく、サービスの進化に合わせて知識やスキルをキャッチアップし続けることに難しさも感じたといいます。そこで、システムをスモールスタートし、パートナーの協力を得ながら、必要に応じて全社展開できるような体制としました。システム実装にあたっては、エンタープライズサーチ(企業内全文検索)やデータ活用基盤構築にノウハウを持つ、アクロクエストテクノロジーの支援を受けています。アクロクエストテクノロジーは、「働きがいのある会社」ランキングで日本 1 位を 3 度受賞した「全社員で給与まで決める」オープンな社風が特徴の IT ベンチャーです。クラウドを活用した内製化をテクノロジー面から幅広く支援するサービスを展開しており、マイクロソフトのパートナー制度「Microsoft Partner Network(MPN)」のクラウドプラットフォーム分野において Gold Cloud Platformコンピテンシーを取得しています。同社 顧客価値創造グループ シニアマネージャーの村田 賢一郎 氏は、こう話します。

  • アクロクエストテクノロジー株式会社 顧客価値創造グループ・シニアマネージャー 村田賢一郎 氏

    アクロクエストテクノロジー株式会社 顧客価値創造グループ シニアマネージャー 村田賢一郎 氏

「検索ソリューションは、英語圏と同じように日本語環境を構築できるわけではありません。言語の壁を理解しながら、いかに現場で使えるソリューションにできるかがプロジェクト成功のポイントです」(村田 氏)。

試行錯誤を繰り返しながら、現場に即した「自分たちの検索システム」を作ることが大事

Azure Cognitive Search を使った新システムは、アクロクエスト側の環境を使った PoC を経て、花王側の Azure 環境への実装がスタートした段階です。山路 氏は Azure Cognitive Search のメリットをこう指摘します。

「第 1 フェーズとして、The GEMBA Knowledge と MMS の 2 つのシステムのデータを、横断して検索できるようにしました。また、キーワード検索した場合に、単にキーワードを含む文書を表示するのではなく、AI を活用して関連するナレッジをより高い精度で抽出できることも確認しました。Azure Cognitive Search は、画像分析の認知スキルやテキスト処理の認知スキルなど、利用したいスキルをユーザーが柔軟に選択し、カスタマイズできることが大きなメリットです。また、AI だけでなくさまざまなフィルタを使うことで、これまで見つけられなかった項目を見つけられたり、新しい気づきを得たりできます。試行錯誤を繰り返しながら、現場に即した AI モデルや検索モデルを構築していくことができます」(山路 氏)。

また、松橋 氏は、Microsoft Teams(以下、Teams)との連携や OCR 文書の自動解析、Microsoft Power Platform を用いた自動化など、マイクロソフトの既存製品と連携させたプロセスを開発しやすいこともメリットだと指摘します。

「これまで、データの登録作業は特定の時間に PC で行なっていたため、登録までに時間がかかったり手間が発生したりしていました。今後は、現場担当者にスマートフォンやタブレットを配布して、トラブルを発見したときにその場で登録できるようにしていく予定です。その際にスマートフォンのカメラでトラブル箇所を撮影したり、Teams と連携して登録を行ったり、OCR を使って文字をテキスト化したりといったように、現場が使いたくなる仕掛けを提供していきます」(松橋 氏)。

第 2 フェーズとしては、ユーザーが実際に利用する UI/UX の開発を進めていくことになります。アクロクエストテクノロジーの村田 氏は、こう話します。

「第 1 フェーズとしてシステムの横断検索を実現し、検索にかかっていた工数を大きく削減できることを確認しました。また、AI を使った精度向上も検証を重ねています。精度の高い素晴らしい AI があったとしても、それが現場のニーズに直接結びつくわけではありません。現場の声に耳を傾け、本当に必要なニーズを機能や画面としてシステムに落とし込み、使いやすいシステムにすることが重要です。Azure Cognitive Search は、データ連携、検索、AI という 3 つの機能が 1 つのプラットフォームであり、『AI の内製化』に向けた柔軟なカスタマイズが可能です。私たちも、Azure Cognitive Search のエキスパートとして花王 様が『自分たちのシステム』を作り上げていくことができるよう支援していきます」(村田 氏)。

  • 環境構成図

最先端の技術を躊躇なく取り入れることで、デジタルの力を最大限に発揮させる

今回の取り組みは、花王の基幹工場の 1 つである和歌山工場からスタートしましたが、今後は、他の国内工場や海外工場へも展開していく予定です。また、連携システムについても、化学品関連のデータを保存しているシステムや、SDS(安全データシート)や P&ID(配管計装図)、各種図面の管理システム、社内の文書管理システムなどに対象を拡大していきます。上垣内 氏は、その狙いをこう話します。

「The GEMBA Knowledge はトラブル対応の改善活動を行なうシステムですから、本来の目的を考えるなら、トラブルにならないほうが望ましく、システムも使われないほうがよいのです。ただ、その一方で、トラブルとして蓄積されたデータを活用することで、トラブルを未然に防止する取り組みにつながり、さまざまな技術やスキルを継承していくことにもつながる側面があります。今後は、さまざまなシステムやデータと連携を強化し、全社的なデータ活用基盤に成長させていく計画です。今は検索利用のみなので、つまりは過去を振り返って確認することしかできません。しかし、300 万件にも及ぶデータを分析することで、過去と今だけでなく、未来を見据えて、トラブルを起こさないような仕組みの構築に取り組んでいきたいと思っています」(上垣内 氏)。

こうした全社的なデータ活用基盤と未来を見据えた取り組みは、花王のビジネス成長にも密接に関わっています。日下部 氏は、こう話します。

「花王は、生命、生活、生態、の 3 つの『生』に貢献することで、すべての未来のいのちを守る存在となることをめざしています。AI やクラウドのような最先端の技術を躊躇なく取り入れ、デジタルの力を最大限に発揮させることで、花王の事業の発展に貢献する。それは、われわれ情報システムが果たすべきミッションだと思っています」(日下部 氏)。

花王の未来へ向けた取り組みを、マイクロソフトは今後も支えていきます。

  • 集合写真

[PR]提供:日本マイクロソフト