無線機器メーカーのアイコムは2023年12月6日、携帯電話会社の5Gネットワークに対応したゲートウェイ「IP50G」を開発したことを発表しました。→過去の「次世代移動通信システム『5G』とは」の回はこちらを参照。
スタンドアロン(SA)運用に対応しやすく5Gの性能をフルに発揮しやすいローカル5Gではなく、ノンスタンドアローン(NSA)運用が主体の携帯電話会社のネットワーク利用を前提とした、企業向けの5Gデバイスを提供する狙いはどこにあるのでしょうか。
携帯各社の5Gを使い導入コストを削減
アマチュア用無線から業務用無線まで、無線機器やネットワーク機器を中心に事業展開しているアイコム。そのアイコムが2023年12月6日、同社初の5G対応製品となる「IP50G」を開発したことを発表しています。
IP50Gは、5Gネットワークを通じてセンサやカメラなどのさまざまな機器をネットワークに接続する、工場などを対象とした法人向けのゲートウェイ。それゆえ、Wi-Fiや有線LANのほか、USB、そしてシリアル通信のRS-485など複数のインタフェースが備わっているのが大きな特徴の1つとなっています。
そしてもう1つ、本体にARMのプロセッサを搭載しており、SDK(ソフトウェア開発キット)を使ってソフト的にカスタマイズできることも特徴です。カスタマイズによって企業ニーズに応じた柔軟なシステム構築ができるほか、エッジコンピューティングへの活用も可能だといいます。
こうした法人向けの5Gゲートウェイは、すでにいくつかの企業から提供されていますが、IP50Gは携帯電話会社のネットワークに接続することを前提としている点が、他のデバイスとの大きな違いといえます。
KDDIとNTTドコモの5G・4Gネットワークに対応し、複数回線によるバックアップに対応したデュアルSIM機構を備える一方、ローカル5Gの周波数帯である4.5GHz帯(バンドn79)には対応しておらず、ローカル5Gでの利用は想定されていないことが分かります。
ただ現在、携帯各社の5Gネットワークの大半はNSA運用なので、5Gの本領を発揮することができません。企業が5Gを活用する上では、最初からSA運用が可能でネットワークスライシングを活用しやすいローカル5Gの方がメリットがあるように思えるのですが、なぜIP50Gは携帯電話会社のネットワークに重点を置く設計となったのでしょうか。
アイコム 社長室 商品企画課の飯干勇一氏によると、その理由はIP50Gの販売ターゲットを中小企業に据えているためのようです。
中小企業がローカル5Gを導入するには、単にデバイスを用意するだけでなく、電波免許を獲得して基地局を整備・運用するなどの必要があり、技術や知識、そしてコスト面などあらゆる面でまだ非常にハードルが高いというのが正直なところです。
しかし、すでに整備されている携帯各社のネットワークを活用すれば、毎月のランニングコストはかかるものの導入時の手間や初期投資を抑えて、5Gを活用できます。そのため、中小企業が5Gを導入する障壁を下げるには、携帯電話会社のネットワークを使った方が得策と判断したようです。
NSA運用でも生きる「多数同時接続」
ただ先にも触れた通り、携帯各社の5GネットワークはSA運用への移行がほぼ進んでいません。現在もなおNSA運用が主で、ネットワークスライシングなどが活用できないエリアが圧倒的多数を占めています。それでも5Gを活用するメリットはどこにあるのかというと、飯干氏は「多数同時接続」を挙げています。
工場内にセンサやネットワークカメラを1つ、2つ付けて映像やデータを取得するというだけであれば4Gのネットワークでも十分ですが、工場などはそれなりの面積があることから10個以上のカメラを装着するケースも多いとのこと。
それだけのカメラを同時に通信するとなると、4Gでは通信容量が足りなくなってしまうことから、通信容量が大きく、多くのデバイスを接続しても耐えられる5Gが使えることが重要となります。
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IP50Gを通じて和歌山県にある子会社「アイコム和歌山」に設置したネットワークカメラの映像を伝送している様子。通信速度は4Mbps程度なので1台だけなら5Gはオーバースペックだが、多数カメラを設置するとなると5Gの大容量が必要になってくる
しかも専用の周波数帯を用いる5Gは、Wi-Fiのように干渉の影響を考慮する必要がないのでネットワーク構築もしやすい。ネットワークに詳しい知識を持たない中小企業が多数のIoT機器を導入してデジタル化を進める上では、NSA運用であっても5Gであることがメリットに働いています。
アイコムがIP50Gを提供するのには、単に機器のラインアップを増やすだけにとどまらず、新たなビジネスを開拓したい狙いも強いようです。冒頭で触れた通りアイコムの主力事業は無線機器の開発・販売ですが、製品の中にはLTE対応のIPトランシーバーや、外出先でも内線電話が利用できるIPモバイルフォンなどもあります。
そこで、アイコムは自らMVNOとなってLTE対応機器で使用するモバイルネットワークも提供し、大きなビジネスになっているようです。すでに同社の売上のうち6%は、回線提供を主としたストックビジネスが占めています。
同社ではIP50Gの提供を機として、ストックビジネスをさらに拡大するべく5Gなどを活用して企業のデジタル化を推し進める、ソリューション事業に力を入れていく方針です。
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アイコムは無線機器だけでなく、LTE対応の無線IP機器向けにモバイル通信サービスを提供するなどしてストックビジネスが拡大しつつあるとのこと。IP50Gはそのストックビジネスを拡大する狙いも大きいようだ
そのために同社では、機器製造を担当している子会社の「和歌山アイコム」を活用してIP50Gを活用したソリューションを積極的に開発し、外部にアピールして顧客獲得につなげていきたいとのこと。
また、今後は顧客ごとのニーズを満たすソリューションを提案できる、コンサルティング専門チームを立ち上げるなどして顧客サポートの強化なども進めていく方針のようです。
5Gの法人活用においては、先進的なソリューションの不足と、ローカル5Gを主とした費用の高さが問題とされることが多いですが、アイコムはソリューション自体は既存のものがらも、5Gのメリットを低価格で提供することに重点を置くなど、ある意味“欲張らない”ことで5Gを現実的なビジネスに結び付けようとしていることが分かります。
過度に期待が膨れ上がってしまった5Gのビジネス利活用を進めるには、実力とニーズの現実を改めて見直すことが求めているのかもしれません。