前回は、船舶の運航に関わる人・機器・手順と、機器を統合化して省人化と安全性の向上につなげようとしている統合船橋システム(IBS : Integrated Bridge System)、それを標準仕様化した統合航法システム(INS : Integrated Navigation System)の概要について紹介した。

今回はその続きで、IBS/INSで使用する個々の機器について見ていくことにしよう。前回に続き、東京計器でうかがったお話を基に進めていく。

冗長化のために複数設置

レーダーにしろ、電子海図情報表示装置(ECDIS : Electronic Chart Display and Information System)にしろ、海象状況の表示にしろ、使用する機器が1基しかないと、故障などで使えなくなってしまった場合に一大事となる。だから、冗長化のために2基を設置する方法が基本となる。これは、航法に関する情報のソースとなる、GPS(Global Positioning System)、ジャイロコンパス、測程儀(ログ)といった機器についても同様である。

東京計器製電子海図情報表示装置「ECDIS-8600」

ECDISの画面表示例

ECDISの航海情報の表示例

ところが、冗長化すると別の問題が生じることがあるという。例えば、レーダーで行き会い船を探知すると、識別のために探知目標に対して番号を振る。その時、2基のレーダー・コンソールで同じ探知目標に対して異なる番号を振ってしまったら、混乱の元である。

また、測位手段によっては微妙な数値の差が生じることがある。船舶の話ではないが、GPSロガーで軌跡を記録していると、時々、何かの拍子にポンと現在位置が飛ぶことがある(筆者の個人的な経験事例では、青森県から瞬間的にサハラ砂漠の真ん中に飛んだことがある)。

そこで、GPSやジャイロコンパスのような機器については、複数の機器を別個につなぐ代わりに中継器を介して、矛盾のない1つのデータだけが出てくるようになっている。片方の機器がダウンした場合は、残された他方の機器からデータを得るようにすれば冗長性を確保できる。

ECDISの場合、国際海事機関(IMO : International Maritime Organization)の規定に適合するECDISを2基(冗長性を持たせるため)備えていれば、紙の海図は必須ではないそうだ。もっとも、「紙の海図の方が全体状況を見るのに具合が良い」などの理由から、紙の海図を手放さない船主や船長もいるという。

そしてもちろん、IBSやINSの中核となる多機能ディスプレイ(MFD : Multi Function Display)も、冗長性の観点から複数台を設置するのはいうまでもない。

IBS/INSに関わる仕様標準化いろいろ

IBSやINSといった仕組みを実現する際は、こうしたさまざまな機器をネットワークにつないで、相互に情報をやりとりできるようにする必要がある。やりとりした情報を統合・重畳することで、船橋に複数設置するMFDに表示するための情報を生成できる。

IT業界の方なら容易に理解できると思うが、異なる機器同士がデータをやりとりするには、物理的インタフェースも、電気的インタフェースも、デジタル化したデータをやりとりするためのデータ・フォーマットもそろっている必要がある。よって、標準化仕様を策定して、それに合わせた製品を作ることが重要になる。

ネットワークを通じた情報のやりとりに標準化仕様が求められるだけでなく、INS自体も、前回に述べたように標準化仕様に立脚している。だから、INSを構成する機器同士がやりとりするデータの記述についても、標準化仕様が規定されている。

すると理屈の上では、「GPSはA社、ジャイロコンパスとオートパイロットはB社、電子海図はC社」といった具合に自由に組み合わせが効く… と考えそうになるのだが、モノが航行の安全に直接関わるものだけに、そう好き勝手にはできない。パソコンの自作とはわけが違う。

実際には、まずINSの標準化仕様に則って作られた機器を用意して、組み合わせ・すり合わせを行った上で検証試験を行う。それをパスすると初めて、認証が下りる仕組みになっている。だから、造船所や船主は、その「INSとしての認証を取得した機器の組み合わせ」の中から、適切なもの、希望する条件に適うものを選んで調達・搭載する流れとなる。

電子海図についても、「S-57」という標準化仕様がある。使用する機器ごとに電子海図のデータ・フォーマットが違っていたのでは、データを提供する側が困ってしまうからだ。

ただ、データが変わるとECDISのソフトウェアも手直ししないといけないとか、データのメンテナンスに手間がかかるとかいった問題があり、現在は新しい「S-101」という規格への移行が進んでいる段階だという。これは陸上の地図で使用しているデータの記述形式が基本になっていて、メンテナンス性が向上しているそうだ。

なお、その電子海図の元になる情報については、各国の所管官庁(日本なら海上保安庁の海洋情報部)が測量を行った上で、作成している。だから海上保安庁には測量船がある。海象保安庁というと真っ先に思い浮かべるのは巡視船だが、巡視船だけが海上保安庁ではない。測量、航路標識の設置・維持管理など、航海の安全に関わることも海上保安庁の仕事である。

船舶の航法・制御分野で使用するネットワークについては、イーサネットのような既存民生品ではなく、「IEC 61162-450」という船舶用ネットワークの規定がある。

船舶で使用する電子機器は、電子的干渉による不具合、例えば無線通信を妨げるような事態が起きないように、厳しい規定がある。それに適合するために、電子回路を設計する段階から対策がなされている。単に「ノイズが出るからシールドで蓋をすればよい」という話ではなく、元から絶つのである。

マン・マシン・インタフェースと表示デバイス

これもIT業界の方なら理解していただきやすいと思うが、特に複数の機器のデータを融合・重畳表示する場合には、「データをどう見せるか」という問題がついて回る。情報量が多くなれば、見やすさを考慮しないと逆効果になりかねない。

また、多機能化すれば当然ながら、操作系の良し悪しが使い勝手に影響する。昔だったら、機能選択用の押しボタンやノブ、あるいは表示灯をいくつか並べれば済んだだろう。しかし、今の多機能化した機材では、そうもいかない。

IBS/INS用の表示デバイスとしては、26インチぐらいの大型ワイド液晶ディスプレイが主流になっているという。「データを見せる領域」と「操作に使う領域」が必要になるから、それなりにサイズが大きくないと使いづらい。飛行機のコックピットと比べると船舶の船橋のほうがスペースに余裕がある分だけ有利そうだ。

もちろん、ソフトウェアの開発には手間がかかるが、例えばタッチスクリーン式液晶ディスプレイなら、同じハードウェアのままで画面デザインをいろいろ変えられるので、試作に際しての比較検討や改良はしやすいだろう。

しかし、単に大画面なら良いという単純な話でもない。船舶の船橋は、夜間には照明を落として真っ暗にしてしまう。そうしないと、暗い外部の様子を見ようとしたときに、暗順応に時間がかかるからだ。

その暗い船橋の中で、ディスプレイ装置だけ煌々と光り輝いていたのでは、暗順応の妨げになる。だから、船橋に設置するディスプレイ装置は、夜間にバックライトの輝度を可能な限り落とせるようにする必要がある。

実は、これは飛行機のコックピットで使用するディスプレイ装置にも共通する話だ。飛行機用の液晶ディスプレイでバックライトの輝度をめいっぱい落とした状態を見せてもらったことがあるが、「えっ、これで見えるんですか」というぐらい暗かった。その飛行機よりも船舶のほうが、さらに条件が厳しいそうだ。

では、反対に明るいほうはどうか。く、拙稿「航空機の技術とメカニズムの裏側」の第50回で書いたように、飛行機のコックピットは外部から光が射し込んでくることがあるが、それによってディスプレイが見づらくなるのでは困る。また、画面に周囲の風景が映り込んだりしても困る。

その辺の事情は船舶でも同じだが、飛行機のコックピットと比べると船舶の船橋は広いので、窓のすぐそばに機器を設置する必然性は乏しい。それに、ディスプレイの上部にグレアシールドを設けているので、映り込みの問題は飛行機ほど深刻ではないようだ。よって、市販品の液晶ディスプレイと同程度の輝度があれば済むそうだ。

マン・マシン・インタフェースといえば、警告をどうするかという問題もある。レーダーやAISの情報を活用すれば、行き会い船が近接してきたときに衝突警報を出すことができるし、GPSの航法データと電子海図のデータを照合すれば、浅瀬に接近したときに座礁の警報を出すこともできる。

しかし、実際に何かまずい事態が生じて、あちこちで一斉に警報が鳴り始めると、受け手の側が混乱してしまう事態が懸念される。大きな計器盤のあちこちで一斉に赤ランプが点いて、警報音が鳴り響く場面を想像してみて欲しい。

そこで、個々の機器がバラバラに警報を発するのではなく、警報を表示する場所を集約するようになった。そこを見れば、とりあえず「どんな警報が出ているかが分かる」というわけだ。細かい情報は、MFDの表示モードを切り替えたり、該当する情報を表示しているMFDに眼を向けたりして把握する。

このように、一般には馴染みが薄い船舶運航の分野でも、情報通信技術を駆使した改善の努力がなされてきているのである。

といったところで最後に、トリビアを1つ。

カーナビの画面は「ノースアップ」と「ヘディングアップ」の選択ができるのが普通だ。ところが、これはカーナビだけの話ではなく、電子海図でも同様の選択ができるそうだ。ちなみに、筆者はノースアップ派である。地図は上が北になっていないと気持ち悪い。