アステラス製薬はこのほど、AIを活用して創出した低分子のSTING阻害剤ASP5502が第I相臨床試験入りしたことを受けて、AI創薬に関する説明会を開いた。医薬品開発においてもAIやデータの活用が進められる中、同社は2019年から本格的なAI創薬を開始したという。
専務担当役員 研究担当CScO(Chief Scientific Officer)を務める志鷹義嗣氏は説明会の冒頭に、「ASP5502の第I相臨床試験入りの成果は、単にブームに乗ってAI創薬をうたっているわけではなく、最先端の科学技術を活用したことで、わたし達の創薬研究に新たな道を切り開くものであると確信している」と、振り返った。
アステラス製薬が取り組むAI創薬研究
アステラス製薬では、マルチオミクス解析や病理組織診断といった疾患の理解から、標的同定と評価、ヒット化合物の同定、リード化合物の探索、最適化、前臨床試験まで、創薬研究の各段階にAI技術を用いているという。
低分子化合物であるASP5502の例では、研究者が持つアイデアを医薬品特性予測AIや医薬品デザインAIに反映した。さらに、同社が蓄積した低分子創薬の実験データも組み込むことで、独自のAIを構築。
ただし、高精度なAIを構築したからといって、すぐに研究者がAIを使い始めるわけではないという。「AIを導入した当初は、AIに対する拒否反応や使い勝手の悪さなどから、利用されない場面も多かった」と志鷹氏。
そこで同社は、研究者とAIがうまく対話しながら研究を進められる仕組みを構築し、AIの活用が浸透するよう工夫したとのことだ。その結果として、これまでに大多数の研究者がAIを活用する体制を整えた。
2020年からは、AI活用やデータの理解を支援する複数のシステムを統合するプラットフォームを構築。ADMET(Absorption:吸収,Distribution:分布,Metabolism:代謝,Excretion:排泄,toxicity:毒性、の頭文字を取ったもので、薬剤の安全性を評価する指標)予測や薬理活性予測、Off-Target(薬剤が標的以外のタンパク質と結合してしまうこと)予測、化合物構造生成といったシステムをそろえている。
「これらのシステムはインタフェースも重要で、研究者とのインタラクションを簡便にして新たな化合物のデザインを促進するようなシステムを構築している」(志鷹氏)
なお、プラットフォーム上の各システムはPCへのインストールが不要で、Webブラウザから利用できるという。こうした点に、研究者が気軽に利用可能な工夫が見られる。
化合物の特性を予測するAIは、研究者とAIが対話しながらデザインする例の一つだ。まずは研究者が知識や経験をもとに化合物をデザインし、それをシステムに入力すると、アステラス製薬が蓄積した実験データによって学習したAIが化合物の特性を予測する。この結果を研究者にフィードバックし、研究者はデザインを修正して再度AIに予測させる。このサイクルによって、目的とする化合物を迅速に発見できる。AIによる予測は数十秒で完了するという。
AIとロボットの協働
アステラス製薬は化合物の同定にAIを用いるだけでなく、AIの予測を迅速に実験するため、ロボットの活用にも注力している。ロボットは社内の実験で頻繫に用いられる有機合成化学反応の約半分に対応可能だ。
ロボットは人と違って24時間連続で稼働できる利点がある。AIがデザインした化合物を自裁にロボットが合成し、そこで得られた実験データをAIに学習させることで、さらにAIの精度が高められる。このサイクルこそが、AIと共にロボットを活用する最大のメリットとなる。
同社の創薬プラットフォーム「Mahol-A-Ba(マホラバ)」およびその中心技術「Maholo(マホロ)」は、従来は熟練者のみが可能だった細胞分化をロボットにより自動化している。また、スクリーニングステーションは薬効評価や他検体処理が可能で、人による解析と比較して100~1000倍規模の実験が可能。
同社はロボット活用について、社内だけでなく海外の研究所や、国内の社外研究施設にも展開している。京都大学のiPS細胞研究所「CiRA」にはMaholoを導入し、実験手順(プロトコル)を共有。研究者の手技をMaholoに反映することで、研究者を派遣せずに技術を移管している。
AIを活用して創出したASP5502
アステラス製薬がAIとロボットを最大限に活用して創出したとするASP5502は、ファーストインクラスの可能性のあるSTING阻害剤。原発性シェーグレン症候群の適応でフェーズI段階に入った。同社は、免疫ホメオスタシス領域における開発パイプラインを拡充するものと位置付けている。
「AIを活用した創薬の試みは他社でも多数行われているが、製薬企業がAIとロボットを最大限に活用し、この仕組みによって創出した薬剤が臨床段階まで進んだ例はまだ少ない」(志鷹氏)
AAP5502の場合、従来は平均で約2年を要していた候補物質の最適化研究を7カ月まで短縮できたという。AIの活用が研究開発期間の短縮に顕著につながった例として、アステラス製薬は打ち出している。
また、最適な医薬品化合物と候補物質の組み合わせとその配合量の検討についても、製材設計AIにより最適化を図ったとのことだ。
具体的には、薬理活性としては中程度でありながらADMET特性に問題のあるリード化合部から始まり、AIと人が対話しながら最適な候補を絞り込んだ。AIは約6万もの化合物を設計し提示するなど、迅速かつ多量のデザインを検討できたという。その後に、絞り込んだ候補に対してロボットが自動合成を実施することで、続く試験に必要な量の化合物を確保した。
同社はASP5502の事例で得られた経験とノウハウを、他のモダリティにも展開する。タンパク質分解誘導材(KRAS G12D選択的分解誘導材)においては、A3082およびA4396に続く開発候補品の創出にAIを活用する。また、抗体の領域でも、AIによる新規の抗体デザインや薬物複合体の組み合わせ最適化などにAIおよびロボット活用するとしている。