本連載ではこれまで、3回にわたって、そもそもなぜ米国が、ロシア製エンジン「RD-180」に依存し続けてきたのかについて、続いてこのロシア製エンジンが使えなくなるかもしれない可能性が生じ、ロシア依存から抜け出すための動きが始まった顛末について、そしてRD-180の代替を目指して開発が進む、2つの米国製ロケットエンジン「BE-4」と「AR1」について紹介した。

性能はほぼ同じながら、異なる特徴も多いBE-4とAR1だが、現時点ではまだどちらがRD-180の代替エンジンとしてその任を受けることになるのかは、まだ決まっていない。今回は両エンジンの開発状況と、この一連の騒動から読み取れる教訓、そして最後に、依存されていた側であるロシアのロケット開発の現状についても簡単に紹介したい。

BE-4のプリ・バーナー(ポンプを動かすためのガスを作る装置)の燃焼試験の様子 (C) Blue Origin

AR1のプリ・バーナーの燃焼試験の様子 (C) Aerojet Rocketdyne

現状はBE-4が優勢、しかしAR1も追いすがる

ヴァルカンを開発するULAは、現時点ではBE-4を第一候補としつつも、AR1も選択肢として除外しておらず、まだ最終決定は保留になっている。

ULAは当初、今年の初めにもどちらのエンジンを選択するかを決定するとしていた。第3回で述べたように、LNGとケロシンではタンクの大きさなどに違いが出るため、どちらのエンジンにするかは、ロケットの開発を進める上でなるべく早く決める必要がある。しかし、BE-4の試験を様子をもう少し見守りたいとの判断から、決定を遅らせることにしたという。

現在のところ、エンジンの開発自体はBE-4がやや先行していると伝えられている。両社がRD-180の代替エンジンの開発を明らかにしたのは2014年秋のことだったが、ブルー・オリジンはすでに、その3年前からBE-4の開発を始めており、この時間差が効いているためである。同社によると、開発が順調に進めば2019年には開発が完了し、打ち上げ可能になるとしていた。一説にはこの時点で、両社の間には2年の差があったという。

しかし今年5月には、エンジンの燃焼試験中に爆発事故が起きたことがわかっている。7月現在、まだ試験が再開されたとの発表はなく、発表がないだけで試験は再開されているのか、それとも止まったままなのか、またこの事故による開発への影響はどれくらいなのか、といったことは明らかになっていない。ただ、事故直後ブルー・オリジンは、「試験用エンジンは他にもあるため、試験はすぐにでも再開できる」とコメントしており、また6月末にはアラバマ州にBE-4を生産するための工場を建てるという発表もされており、少なくとも停滞はしていないようである。

一方のエアロジェット・ロケットダインは、開発のスタートこそ遅れたものの順調に開発が続いており、こちらも2019年に開発を終え、ロケットに搭載できると表明している。今のところ大きな事故などもなく、BE-4との差を徐々に埋めつつある。

つまるところ、原理・原則にしたがって考えるならば、LNGを使う革新的なBE-4のほうが優れていることは明らかではあろう。しかし、現状のULA(や米空軍)にとって最も重要なのは、一日も早くロシア依存から脱却することと、米国の宇宙輸送を維持し続けることであり、BE-4の開発状況によっては、保守的なAR1の採用が好ましいと判断されることも考えられる。

さらにULAは、第3の選択肢として、米国でRD-180の生産を行うことも考えているという。これはBE-4とAR1の両方が開発に失敗した場合の保険であると同時に、両社に発破をかける狙いや、トランプ政権の誕生で以前よりはロシアとの関係が好転しつつある(あるいは好転する見込みがある)こと、またそしてロシア製エンジンとはいえ米国で生産することで、従来のような懸念や非難もかわせること、といった理由や背景があるのだろう。

開発が進むBE-4エンジン (C) Blue Origin

AR1の想像図 (C) Aerojet Rocketdyne

ロケット開発"空白の20年"を乗り越える米国と、教訓

RD-180の使用と、代替エンジン開発をめぐるこの一連の騒動は、いくつかの教訓を与えてくれる。

ひとつは、宇宙への輸送手段の自立性を確保し続けることが、いかに難しく、そして重要であるかということだろう。アトラスVはエンジンをロシアから買って使っていた結果、国同士の関係の悪化や、政治家の鶴の一声が原因で、打ち上げができなくなるところまで追い込まれた。

国内メーカーで簡単に代替ができる部品ならともかく、エンジンというロケットの心臓、あるいはアキレス腱にもたとえられる部分を、他国に、それも決して莫逆之友ではない国に依存するのは思わぬリスクがあるということである。

そしてもうひとつは、たゆまぬ研究開発の重要性だろう。第1回で触れたように、1990年代の米国にとってRD-180の技術は、とてもすぐにはコピーすることができないほど高度なもので、それがロシアから輸入を続けていた理由でもあった。しかし、それから20年が経った今、RD-180級の強力なエンジンを、それも2種類も国産開発できるまでになった[*1]。スペースシャトルの開発とロシア依存によって生じた、新しいエンジンの開発における約20年の空白が、ようやく取り戻されようとしている。

*1:ちなみにスペースXも、強力なメタン・エンジン「ラプター」の開発を続けている。

RD-180は性能も効率も、さまざまな面で究極のロケットエンジンのひとつであり、今後何十年も第一線で活躍できる可能性がある。しかし、だからといって新しいエンジンの研究、開発する手を止めてしまえば、それ以上の発展はないどころか、いざ手に入らなくなった場合に対処もできない。

実のところ、米国がどのようにしてRD-180級のエンジンを造れるようになったのかはまだ謎が多い。RD-180の情報にアクセスできたエアロジェット・ロケットダインはともかく、ブルー・オリジンのような新興企業にどのように技術が、そして人がわたったのかは明らかになっていない。しかし、技術に近道がないことを考えれば、この約20年もの間、地道に研究開発を続けてきた人や企業がいたのは間違いない。

RD-180エンジン (C) Roskosmos

RD-180を積んだアトラスVロケット (C) ULA

そして、空白の続くロシア

最後に、RD-180の生産国であるロシアの現状についても、簡単に触れておきたい。

RD-180をはじめ、その原型となったRD-170や、その改良型のRD-171、またRD-180をさらに半分にしたRD-191など、ロシアは今も変わらず、高い性能をもつロケットエンジンを複数持ち続けている。

しかし、肝心のそのエンジンを積んだロケットの開発には難航している。たとえば、旧式化しつつある「プロトン」ロケットなどの代替を目指し、ロシアの次世代主力ロケットとして開発されている「アンガラー」は、さんざん開発に難航したあげく、2015年に2機の試験打ち上げを行ったのを最後に、打ち上げが止まっている。

その最も大きな理由は生産工場を移転させているためではあるが、一方で試験打ち上げを行った結果、ロケットの能力不足が見つかり、改良する必要が出てきたとも報じられている。さらにアンガラーを打ち上げる新しい発射場の建設の遅れもあり、今のところプロトンからの代替が行われる時期ははっきりしない。

RD-180の派生エンジンのひとつである、RD-191を積んだ「アンガラーA5」ロケット。ロシアの次世代主力ロケットとして期待されているが、これまでに2機の試験打ち上げが行われたのみで、現時点で本格的な運用開始の時期は決まっていない (C) Roskosmos

RD-171を積んだ「ゼニート」ロケット。優れた能力をもつロケットのひとつだったが、ロケット全体はウクライナ製であることなどから、現在は運用を終えている (C) Roskosmos

また、RD-180を使った「ルーシM」や「サドルージェストヴォ」、RD-171を使った「イェニセーイ5」、さらには「アムール」や「カスケード」といった超大型ロケットなど、このエンジンを使った新型ロケットの開発計画はいくつも立ち上げられたものの、どれも実現することなく消えている。また、以前はRD-171を積んだ「ゼニート」というロケットが運用されていたが、エンジンこそロシア製でもロケット全体はウクライナ製であり、そのウクライナとの関係が悪化したこともあって生産と運用は打ち切りとなっている。

結果的に、ロシアは優れたエンジンをもちながら、もう何年も、まともに新しいロケットを開発し、運用することができない状態が続いている。そればかりか、既存のロケットすら失敗が増えており、技術力の低下が叫ばれている。その遠因となったのは、ロシアが財政難にあえいでいた1990年代に、新しい技術の研究、開発が止まり(アンガラーの開発が停滞したのもこの時期である)、くわえて新しい世代の技術者にノウハウが引き継がれなかったせいだともいわれる。

米国がRD-180からの脱却に成功し、輸出がなくなれば、エンジンの技術や実績もそれ以上の積み重ねが難しくなるだろう。またエンジンの輸出入にとどまらず、米国企業の衛星をロシアのロケットで打ち上げるということも何度かあったが、いずれロシアの衛星を米国のロケットで打ち上げたり、さらには米国からエンジンを輸入するなど、これまでとは逆転した時代が訪れるかもしれない。このロシアの現状もまた、技術の研究、開発を続けることの重要性を示している。

技術開発か実利用か、あるいはシーズ先行かニーズ先行か、といった言葉は、宇宙開発に限らずさまざまな分野で耳にする。これを一言で一刀両断することはできないだろうが、米国が直面したこの一連の顛末からいえることは、すでにひととおりの技術が手元にある、あるいは簡単に手に入るからといって、実利用やニーズ先行へ安易に方針転換することや、もしくは技術開発、シーズ開発を軽視することは、結果としてその分野全体の破滅を招きかねないということであろう。

参考

・Sutton, George P. History of Liquid Propellant Rocket Engines. American Institute of Aeronautics and Astronautics, 2006, 911p.
Blue Origin encounters setback in BE-4 engine testing - Spaceflight Now
Aerojet Rocketdyne's AR1 Engine Sets U.S. Record | Aerojet Rocketdyne
USAF To Keep AR-1 Work Going Amid BE-4 Setback | Space content from Aviation Week
Blue Origin retains engine lead as House considers limitations on launch system funding - SpaceNews.com

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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