【連載】

ロシア依存から脱却せよ! - 米国の新型ロケットエンジン開発競争

2 ウクライナ問題とスペースXの台頭がきっかけとなった、ロシアとの決別

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米国にとって命綱ともいえる軍事衛星を、ロシア製エンジンを積んだロケットで打ち上げる--。そんな倒錯した状態が始まって10年以上が経った2014年、米国とロシアの関係悪化によって、米国がロシア製エンジンを使えなくなる可能性が出てきた。

そこで米国は、このロシアへの依存からの脱却を目指して新型ロケット・エンジンの開発を決定した。

開発に挑むのは、Amazon創業者ジェフ・ベゾス氏が率いる宇宙企業「ブルー・オリジン」と、米国の宇宙開発の黎明期からこんにちまで、その歴史を支えてきた「エアロジェット・ロケットダイン」である。新進気鋭のベンチャーと、老舗中の老舗の名門企業という対照的な2社が挑む新型エンジン開発。はたして勝つのはどちらか。

連載の第1回では、そもそもなぜ米国が、ロシア製エンジンを使ったロケットを使い続けてきたのかについて紹介した。第2回となる今回は、このエンジンが使えなくなるまでの顛末について紹介したい。

10年以上にわたって米国の軍事衛星などを打ち上げ続けてきた、ロシア製の「RD-180」エンジン (C) Roskosmos

米国で行われたRD-180の燃焼試験の様子 (C) NASA

ウクライナ問題から巻き起こったロシア依存への懸念

2014年2月、ウクライナで起きた騒乱に乗じて、ロシアはクリミア半島への侵攻を開始し、やがてクリミアとセヴァストポリを編入した。

この、いわゆるウクライナ問題をめぐって、米国とロシアの関係は悪化した。同年3月、オバマ大統領(当時)は、ロシアの軍事やそれに関連する産業で活動する個人や団体に対して経済制裁を課す、大統領令を発令した。

その中には、ロシアの宇宙産業を統括するドミートリィ・ロゴージン副首相も対象として含まれていた。これを受け、ロゴージン副首相は5月、ロシア製エンジンの米国への輸出取り止めや、軍事衛星の打ち上げにRD-180を搭載したロケット、つまりアトラスVを使用することを禁止することを匂わせる発言を展開。さらに「米国はトランポリンを使って宇宙に人を運べばいい」などと煽った。もっとも、ロシアにとってRD-180は、外貨獲得のための貴重な商品でもあり、実際問題としてロシアが輸出を取りやめることはまずない、という見方が強かった。

一方でこのとき、同時に米国内でも、主に「米国にとって重要な軍事衛星を、ロシアのエンジンで打ち上げるのは問題があるのではないか」という点と、「それによりロシアに利益が出るのはいかがななものか」という点から、ロシア製エンジンを使い続けることに対しての懸念が生まれた。

この懸念はまたたく間に広がり、この年の12月、米国議会は、今後の軍事衛星の打ち上げにロシア製エンジンの使用を禁止する法案を可決した。これによりULAは、アトラスVによる新規の軍事衛星の打ち上げ受注が取れない事態となった。

ロシアのドミートリィ・ロゴージン副首相。ロシアの宇宙開発・産業を統括する (C) Kremlin

RD-180 (C) Roskosmos

スペースXの台頭と、ULAの独占の崩壊

さらに2014年には、ULAにとってもうひとつ大きな出来事が起きた。

ウクライナ問題で揉め続けていた最中の4月30日、実業家のイーロン・マスク氏率いる宇宙企業スペースXが、米空軍に対して、「軍事衛星の打ち上げにおいて、ULAと不当な契約を結び、独占させている」とし、連邦請求裁判所に訴えを起こしたのである。

事実、米空軍はボーイングとロッキード・マーティン、そして後のULAに、軍事衛星の打ち上げをほぼ独占させていた。おまけに「ブロック・バイ」(Block Buy)と呼ばれる、打ち上げを数十回機分まとめて一括で発注することまで行っていた。これをスペースXは不当だとし、我々にも門戸を開けろ、そして価格競争させろ、と迫った。

重要なのは、このときスペースXは、あくまでスペースX"を含む"ULA以外の企業、つまりスペースXだけでなく、オービタルATKなどの、米国のロケット会社すべてが入札に参加できるように、そしてそれにより競争が起こるようにと求めたのである。この態度はスペースXに対する支持者を増やす理由のひとつにもなった。

ただ、そもそもアトラスVとデルタIVは、米空軍が軍事衛星を打ち上げることを目的に、ボーイングとロッキード・マーティンに資金を提供して開発させたロケットであり、それを使わないという選択肢はなかった。一方のULAにとっても、米空軍からの打ち上げ要求に応えないという選択肢はないし、ブロック・バイも、ロケットの生産コストの削減や、設備の稼働や部品の購入などが効率よく行えるという利点があった。

しかし、スペースXの立場からすれば、それが不法な独占であると映るのは当然のことだった。おりしも、同社は大型ロケット「ファルコン9」を市場に投入し、国内外の民間企業や宇宙機関から打ち上げ受注を取り続けていた。また、ファルコン9の打ち上げ能力はアトラスVやデルタIVとほぼ同等であり、したがって米空軍の要求にも十分応えられると主張した。

ただ、米空軍の衛星を打ち上げるためには、まず米空軍が定める基準をクリアし、認証を得る必要があった。そこで同社は並行して、ファルコン9で軍事衛星を打ち上げるための手続きを始め、米空軍に対して打ち上げを通して性能や信頼性を実証したり、各システムの技術情報を提供したりといったことを行った。一方の米空軍も、訴えられている身でありながら協力的で、6000万ドルと150人の人員を投じ、約2年間にわたってファルコン9の審査を行った。

その後、ファルコン9が認証を得られることがほぼ確実になったことから、2015年1月に裁判は和解となり、そして同年5月26日には、ファルコン9は正式に米空軍から軍事衛星打ち上げの認証を得ることに成功。デルタIVとアトラスVはこれ以降、軍事衛星の打ち上げにおいては、ファルコン9と同じ土俵の上で競争しなければならなくなった。

その機会はすぐに訪れた。2015年9月、米空軍は全地球測位システム「GPS」の新しい衛星の打ち上げの入札を開始。その数カ月前に軍事衛星打ち上げの認証を得たスペースXにとって、初の軍事衛星打ち上げ入札への参加機会でもあった。

ULAは当初、この入札にアトラスVで応募する予定だったようで、前述したRD-180の使用禁止令を解くように働きかけを行っていた。しかし入札期限までに解かれることはなく、11月には「我が社のロケットは空軍が求める必要条件を満たしていない」として入札を辞退することになった。そして翌2016年4月、米空軍はこの契約をスペースXに与えると発表。ULAによって10年もの間続いた米軍事衛星打ち上げの独占が崩れることになった。

10年以上にわたって米国の軍事衛星などを打ち上げ続けてきた、ロシア製の「RD-180」エンジン (C) Roskosmos

スペースXの「ファルコン9」ロケット (C) U.S. Air Force

ロシア依存の脱却と、新型エンジンとロケット開発の三兎を追え

もっとも、米国の政治家の中には、アトラスVの信頼性を評価するとともに、今後ULAに代わって、スペースXが軍事衛星の打ち上げを独占することになる可能性を懸念し、RD-180の使用禁止令に異を唱える議員も少なくなかった。そしてULAのロビー活動などもあり、2014年12月にはこの禁止令はいったん解かれている。その直後、ULAは即座にRD-180の追加輸入を行った。

それでも、もともと禁止令の制定を推し進めた議員は諦めたわけではなく、禁止令を復活させると息巻いた。そもそも、米国議会の判断如何にかかわらず、ロシアが「RD-180を輸出しない」と言えばそれまでであり、アトラスVの今後に不安が残り続けることに変わりはなかった。

しかし、かといってULAには、もうひとつのロケットであるデルタIVに一本化するという選択肢はなかった。というのも、デルタIVはアトラスVより同性能ながら高価であり、打ち上げ入札でファルコン9には勝てない。そのため前述のように、GPS衛星の打ち上げ契約の入札に参加できなかったのである。

さらに、そもそもアトラスVですらファルコン9より高価であり、いずれにしても今後、ULAはこれまで独占していた軍事衛星の打ち上げの多くを、スペースXに奪われる可能性が出てきた。

そこでULAは、RD-180を代替できるほどの性能をもった新型エンジンを、米国内で開発するとともに、それを積んだアトラスVの後継機となる新型ロケットも開発し、なおかつその価格はファルコン9と勝負できるほどに安価にするという、二兎を追うどころか三兎をも追う必要に迫られたのである。

しかし、ULAと、そして米国の動きはすばやかった。

実は2014年の春、RD-180が使い続けられないかもしれないという問題が、まだ懸念や疑念の段階であったころ、すでにRD-180に代わる、新しい米国製エンジンの開発に向けた動きが始まっていた。

2014年5月には上院軍事委員会で、RD-180を代替する米国製エンジンを開発することを求めた法案が通り、12月には議会において、RD-180代替エンジンを2019年までに開発することを求め、それに2億2000万ドルの予算をつけることが、先のRD-180の禁止令と同時に承認された。

またULAもそれを見越して、同年6月にはすでに、RD-180の代替となる新型の米国製エンジンの開発に向けた調査、検討のため、国内の複数の企業と契約を結んだことを発表。2015年4月には、そのエンジンを積んだ新型ロケット「ヴァルカン」の開発を発表する。

そして、このRD-180を代替し、ヴァルカンを打ち上げることになる新型エンジンの開発に、2つの米国企業が挑むことになった。ひとつは、ネット通販のAmazon.comの創業者であるジェフ・ベゾス氏が率いる「ブルー・オリジン」。もうひとつはアポロやスペースシャトルをはじめ、米国の宇宙開発の黎明期からこんにちまで、その歴史を支えてきた「エアロジェット・ロケットダイン」である。

ULAの次世代ロケット「ヴァルカン」の想像図 (C) ULA

ULAのトーリー・ブルーノ社長兼CEO(右)と、ブルー・オリジンの創業者ジェフ・ベゾス氏 (C) ULA

(次回は8月4日の掲載予定です)

参考

Compromise Appropriations Bill Includes $220 Million for RD-180 Replacement
EELV: The Right to Compete | SpaceX
A bridge too far: Why Delta rockets aren’t the answer | TheHill
SpaceX, Air Force Settle Lawsuit over ULA Blockbuy
Air Force's Space and Missile Systems Center Certifies SpaceX for National Security Space Missions > U.S. Air Force > Article Display

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インデックス

連載目次
第4回 ロケット開発"空白の20年"を乗り越える米国、空白の続くロシア
第3回 米国がロシアに突きつける三行半 - 革新的と保守的、2つの新型エンジン
第2回 ウクライナ問題とスペースXの台頭がきっかけとなった、ロシアとの決別
第1回 ロシア製エンジンで軍事衛星を宇宙へ打ち上げる、米国の複雑な事情
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