ポッドキャスト市場が転機を迎えている。人気ポッドキャスト番組と独占契約を結び、制作スタジオを買収するなど、市場の成長に莫大の資金を投じていたSpotifyが、業界関係者の間で高く評価されている番組「Heavyweight」のキャンセルを発表した。→過去の「シリコンバレー101」の回はこちらを参照。

Spotifyが「Heavyweight」と「Stolen」の契約を更新しないことを表明

先週、ポッドキャスト・ファンが絶句する出来事があった。Spotifyがポッドキャスト番組のHeavyweightと「Stolen」の契約を更新しないことを明らかにしたのだ。

The TakeawayやFreakonomicsなどの制作に関わり、ポッドキャストの普及に貢献してきたジェイ・コウィット氏は「ポッドキャストがまだ多くの人にとって馴染みのないものであるのは承知しているが、『Heavyweight』をキャンセルするのは『ブレイキング・バッド』や『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』をキャンセルするようなものだ」とXに投稿、多くの批評家の賞賛を受けたドラマシリーズに喩えてキャンセルを非難した。

それらのキャンセルは、Spotifyが12月4日に発表した約17%の人員削減に関連している。この人員削減も大きなサプライズだった。というのも、Spotifyは今年だけですでに1月に約600人を、6月に約200人を削減しており、コスト削減と料金値上げによって、2023年第3四半期は主な指標すべてにおいて予想を上回る好業績を達成していた。

それにも関わらず、前回と前々回を上回る1500人規模の削減に踏み切った。ダニエル・エクCEOは「財務目標と運営コストのギャップを考慮し、目標を達成するためにはこの決定が最良の選択だと判断した」と説明している。

Spotifyが米証券取引委員会(SEC)に上場したのは2018年である。企業は株式公開(IPO)時に長期的なビジョンや戦略を設定するが、5年目というのはその戦略の有効性や成長可能性を投資家が評価するタイミングになる。好調だった業績を踏まえれば、今後少しずつ削減しながら目標とのギャップを埋めていくのが、従業員の士気を保つ良策になるのだろうが、Spotifyは安定的な成長という目標達成を優先した。それがどのようなメッセージであるかは明らかであり、発表後にSpotifyの株価は急上昇した。

ポッドキャストに話を戻すと、今シーズンをもってキャンセルされるHeavyweightは、2019年にSpotifyが買収したポッドキャスト制作・配信企業であるGimlet Mediaの主力ポッドキャストの1つで、業界関係者の間で高く評価されていた。そして、StolenはGimletが2021年に開始した調査ジャーナリズム番組で、昨年にピーボディ賞、今年にピューリッツァー賞(オーディオ・リポート部門)を受賞した。

  • 2016年に始まった「Heavyweight」。2021年にSpotify独占となったが、今年10月のシーズン8のリリースと共にすべての主要ポッドキャスト・プラットフォームで聴けるようになったたけにキャンセルの衝撃は大きい。

    2016年に始まった「Heavyweight」。2021年にSpotify独占となったが、今年10月のシーズン8のリリースと共にすべての主要ポッドキャスト・プラットフォームで聴けるようになったたけにキャンセルの衝撃は大きい。

Spotifyが優先しているのは利益率の高い番組

Gimletのポッドキャスト番組が良質であることに異論はないだろう。しかし、Spotifyの新規ユーザー増に貢献するコンテンツかというと疑問符がつく。

ジャーナリズムはテーマが地味であり、調査や取材に長い時間をかけるため制作に人件費がかかる。また、毎週定期的に新エピソードが公開される番組に比べると、シーズン形式でリリースされるコンテンツは広告収益を高めるのも難しい。

今、Spotifyが優先しているのは利益率の高い番組、つまり、作るのが簡単で、広くアピールできるものだ。たとえば、オバマ元大統領、キム・カーダシアンといった著名人の番組やインタビュー番組などだ。ダニエル・エクCEOは人員削減について説明する従業員へのメッセージで「本当にインパクトのある機会に貢献するより、仕事をサポートしたり、仕事の周囲で仕事をしたりすることに専念している人が多すぎる」と述べている。

「インパクト」とは利益であり、ポッドキャストに当てはめると、制作に多くの時間、人手や資金を必要とする番組は、質が高くても、Spotifyが優先する目標達成へのインパクトは小さいと見なされる。

Spotifyが音楽プラットフォームからオーディ・オプラットフォームへの移行を図り、ポットキャストに莫大な投資を開始したことは、2018年に現金を使い果たし、行き場を失っていたGimletの助け船になった。その後、Appleがポットキャスト事業のテコ入れを開始し、Amazonが参入してくるなど、ポッドキャスト業界の宇宙はどんどん広がり、Gimletはその惑星の1つのような存在になった。

だが、SpotifyとGimletの蜜月は長くは続かなかった。インフレと利上げによる景気減速で広告市場が冷え込んだ今年、Spotifyに限らず番組のキャンセルやレイオフが相次ぎ、ポッドキャスティング界は暗い雰囲気に包まれている。

ただし、これがバブル崩壊かというと、あらゆる指標から見て、ポッドキャストは依然としてリスナーの関心を集めている。Insider Intelligenceによると、米国では今年1億3,000万人が毎月ポッドキャストを聴いており、この数字は2027年までに1億5000万人に跳ね上がると予想している。

おそらくポッドキャストにはもっと長い時間が必要なのだろう。しかし、IPOから5年が経過したSpotifyは、景気が減速する中で長期的な成長への投資よりも短期的な利益率の向上を優先している。

Gimletのテック系ポッドキャスト「Reply All」の共同ホストを務めていたアレックス・ゴールドマン氏がSlateとのインタビューで、「彼ら(Spotify)は、ジャーナリズムをやっている会社を何社も買収しながら、私たちがやっていることを本当に軽視していた」と述べている。

Spotifyは「素早く失敗」して「素早く動く」ことを好むテック企業であり、数カ月から数年かけて創作し、視聴者やブランドを構築する必要があるジャーナリズムは冗長に見えたのだろう。

ただ、これでHeavyweightやStolenが完全に終了するというわけではない。Heabyweightのホスト、ジョナサン・ゴールドスタイン氏は「将来の棲み家を探す」としており、Spotifyも新たな配信場所へのスムーズな移行を支援することを約束している。

AppleまたはAmazonが引き受けることになるかもしれないが、できることなら、創作活動が制限を受けることなく、インターネットや一般的なポッドキャスティング・アプリでオープンに配信される方法を見出せることを望む。Heavyweightがどのような形で復活するかは、ポッドキャスト業界がこれからどのように成長するかを示すものになるだろう。