サードパーティのTwitterクライアントを締め出し、無料版のTwitter APIのサポートを突如終了させるなど、2023年に入ってさらに過激になっていくイーロン・マスク劇場。そんなドタバタ劇を繰り広げているのはTwitterだけではない。テーブルトップRPG(TRPG)の世界でも、昨年末から「ダンジョンズ&ドラゴンズ」のライセンス変更を巡ってゲーム出版社とクリエイターやプレーヤーのコミュニティが対立し、テーブルゲーム史に残るであろう騒動が起こっているのをご存知だろうか。しかし、こちらはTwitterとは全く逆の展開へと進んでいる。

TRPGは、サイコロと筆記具、ルールブックを用いてプレーヤー同士が会話をしながらゲームをクエストしていく対話型のロールプレイングゲームだ。「ダンジョンズ&ドラゴンズ」はゲイリー・ガイギャックス氏とデイヴ・アーンソン氏がデザインしたファンタジーTRPGで、1974年の登場から50年近くにわたってTRPGのトップであり続けている。とはいえ、ビデオゲームに比べるとテーブルゲームのプレーヤー人口は少ない。「ダンジョンズ&ドラゴンズ」の名前は聞いたことがあっても、どんなゲームなのか知らないという人がほとんどだと思う。

ところが、以下のようないくつかの理由が重なってダンジョンズ&ドラゴンズが現代のゲーム市場の最前線に復活した。

  • Netflixの人気SFホラー「ストレンジャー・シングス 未知の世界」の中で使われた影響でポップカルチャーとして再評価。
  • 2014年に海外でリリースされた第5版のルールブックでより簡単に始められるようになった。
  • 新型コロナ禍の巣ごもり期間にオンラインセッションの利用者が急増。

ダンジョンズ&ドラゴンズは、1997年からWizards of the Coast(WotC:現在Hasbro傘下)が制作・販売しており、同社によると2014年から連続成長を続けて2020年に総売上が8億1600万ドルを超えた(前年比24%増)。2021年11月に玩具需要の軟化を理由にHasbroが全体の15%の人員削減を発表したが、そうした中でもWotCは堅調を続けている。

  • ダンジョンズ&ドラゴンズ・マスター・セット

そんなリバイバルに気を良くしたのか、WotCは大胆な攻めを試みた。その改革のリークが騒動の始まりだった。

昨年12月、シンシア・ウィリアムズCEOがダンジョンズ&ドラゴンズを「収益不足」と表現したと報じられ、直後にオープン・ゲーミング・ライセンス(OGL)の更新案(OGL 1.1)がネットに流出した。

OGLは、クリエイターがダンジョンズ&ドラゴンズ第5版のシステム・リファレンス・ドキュメント(SRD)のコンテンツを二次創造物に使うことを認めるオープンな枠組みだ。これはプレーヤーにコンテンツを作るインセンティブを与え、長い歴史を持つダンジョンズ&ドラゴンズの人気を持続させる一因になっている。

ところが、ODG 1.1は以前のOGLを無効とし、成果物の収益が75万ドルを超えているクリエイターに25%のロイヤリティを課し、OGLコンテンツを使用する権利をWotCに与えるといった内容が含まれていた。この変更にクリエイターの怒りが爆発した。

OGL 1.0はダンジョンズ&ドラゴンズのSRDだけではなく、独自のSRDを提供するクリエイターもオープンな枠組みとして採用している。そのためダンジョンズ&ドラゴンズにとどまらず、TRPGのクリエイターコミュニティ全体がODGの変更の影響を懸念し、撤回を求める書簡や嘆願書を含むオンラインキャンペーンが次々に展開された。そうした動きがプレーヤーにも広がり、D&D Beyondのサブスクリプションサービスの解約手続にアクセスが集中してサーバーにつながりにくくなるような騒動に発展した。

これに慌てたWotCはOGL 1.1への更新を一旦見送り、将来のOGL(OGL 1.2)をどのようにするべきか、クリエイターやプレーヤーに意見を求めた。15,000人以上からのフィードバックは「OGL 1.2の下でTRPGコンテンツを公開したくない」という声が88%、「OGL 1.0aの取り消しに不満」が89%と議論の余地がないような結果になった。

  • OGLの更新についてフィードバックを収集、現在のオープンなライセンスの維持を望む意見が圧倒的だったためOGL 1.0aの存続を約束

これを受けて、WotCはOGL 1.0aをそのまま利用し続けられるようにし、さらにダンジョンズ&ドラゴンズ第5版のSRDをクリエイティブ・コモンズのAttribution 4.0ライセンスで利用できるようにした。クリエイティブ・コモンズの下に置かれるので、今後WotCやHasbroにライセンスがコントロールされる心配はなくなる。

OGL 1.1がリークされた時、騒動がどんなに大きくなってもサードパーティに勝ち目のない戦いになると見られていた。それがHasbro傘下のWotCのような企業が非を認め、OGLの変更から手を引き、さらにSRDの最新版をクリエイティブ・コモンズに委ねさえしたのだ。サプライズである。「透明性こそ信用を得るカギ」と言いながら、開発者とコミュニケーションをとらずに枠組みを変えていくイーロン・マスク氏のTwitterとは対照的だ。

  • ダンジョンズ&ドラゴンズ第3.5版を発展させた「Pathfinder RPG」を提供する米PaizoがWotCの判断を歓迎、しかし今回の騒動から、企業などから独立したオープンゲーミングライセンス・システムが必要であると主張

ただ、これで次代のダンジョンズ&ドラゴンズに向けた改革が鈍化したのも事実。OGL 1.1にはブランドのマネタイズの変更だけではなく、差別的な表現や差別的な製品にSRDが使用されないようにするなど今日のコンプライアンスに適応させ、NFTやブロックチェーン・ゲームへの利用を禁じ、またクリエイターやプレーヤーのコミュニティをより効果的にサポートするといった目的を含んでいたとWotCは主張している。そのため従来のOGLの約10倍の分量になっていた。

WotCは「One D&D」というデジタルツールやデジタルスペース、今日のトレンドを包含したダンジョンズ&ドラゴンズの次世代プロジェクトを進めている。OGL 1.1の頓挫で将来の新たなSRDのライセンスでもひと悶着起こるだろうことを考えると、次世代プロジェクトを大胆に進めるのは困難になった。

一方、Twitterはその拡大を支えてくれたサードパーティを締め出したり、新たな負担を負わせるなど、これまで築いてきた信頼関係を粉々にしながらマスク氏が思い描くスーパーアプリの実現にまい進している。開発者との信頼関係を失ったらスーパーアプリを作っても成り立たないという指摘もあるが、一度ご破算にして新たなTwitterの価値を引き出せる新たなパートナーシップを築こうとしているのだろう。

WotCはダンジョンズ&ドラゴンズの第1版の発売から50周年を迎える2024年に「One D&D」を出版する予定だ。成長を共にしてきたパートナーとの関係で全く異なるアプローチを採って次代へのプロジェクトを進めるWotCとTwitter、2年後にOne D&DとTwitterがどのようになっているか、楽しみである。