12月8日(現地時間)に米連邦取引委員会(FTC)が、米Micorsoftによる米ゲーム大手Activision Blizzardの買収が健全な競争を阻害するとして、差し止めを求めて提訴した。ゲームをしない人にはなじみのない名前かもしれないが、Activision Blizzardは「コール オブ デューティ」シリーズ、「クラッシュ・バンディクー」シリーズ、「World of Warcraft」シリーズ、「オーバーウオッチ」シリーズなどビッグタイトルを多数開発しており、買収が成立した場合の総額は687億ドル。Microsoftにとって過去最大、ゲーム産業にとっても最大の買収劇になる。Activision Blizzardがゲーム機Xboxを提供するMicrosoftの傘下になるインパクトは大きく、あらゆる報道で大きく取り上げられた。

同じ日に、カリフォルニア州サンノゼの連邦地方裁判所において、FTCがMetaによるWithin買収の差し止めの仮処分を求めた訴訟の口頭弁論が始まった。WithinはVR(仮想現実)フィットネスアプリ「Supernatural」を開発している。前身のVrseの設立が2014年。市場がまだ若いVRで長い歴史を持つコンテンツスタジオだが、買収総額は推定4億ドル。MicrosoftのActivision Blizzard買収に比べると、はるかに小規模な買収である。しかし、業界の注目度という点では勝るとも劣らない。Within買収訴訟は、反トラスト法の解釈を広げ、ビッグテックへの力の集中を阻止しようとするFTCの取り組みが初めて問われる裁判になるからだ。

  • カリフォルニア州サンノゼの連邦地方裁判所

    カリフォルニア州サンノゼの連邦地方裁判所

FTCはMetaがVR分野のあらゆるレベルですでに「重要なプレーヤーである」と指摘、同社によるWithin買収は、普及期を目指すVR市場において将来の競争を低下させると主張している。Withinは、Metaによるここ2年間で6件目のスタジオ買収になる。Metaのような企業の新市場への参入は、買収ではなく、独自の製品開発で成されるべきとしている。

対する、MetaはWithinのような小規模の会社がその潜在能力を発揮し、より多くの潜在顧客にリーチするためには、その分野の成長に投資している企業のサポートが必要であると主張。同社はまた、FTCが結論ありきで憶測を含む主張を展開していると非難している。

この訴訟の背景には、2010年代のFacebookの成長を加速させたInstagram買収(2012年)やWhatsApp買収(2014年)がある。SnapchatやTwitterとの対立から、Facebookの買収戦略が競争を損ねる可能性が指摘されていたものの、過去40年以上にわたって米国の規制当局による介入は合併や買収が既存の競争を明らかに阻害している場合に限られた。今の反トラスト法において、スタートアップの買収の違法性を問うことは難しい。だが、今ふり返ると、InstagramやWhatsAppの買収はFacebookがソーシャルメディア市場において独占的な力を強めるのに大きく貢献した。

MicorsoftによるActivision Blizzard買収は、従来の基準でFTCの介入が起こり得るケースである。しかし、Within買収のケースは競争を阻害する"可能性"に基づいた介入に近く、異例の対応といえる。つまり、Within買収の差し止め請求は、反トラスト法に基づいて商習慣の違法性を問う従来の提訴と違って、ビッグテックが競争に与える影響に基づいて、反トラスト法をより広範に適用する必要性を問う裁判になる。

そのため現段階では、FTCが仮処分を勝ち取るのは難しいという見方が優勢だ。

しかし、敗れたとしてもビッグテックへの逆風が強まる中で、訴訟に踏み出した行動が法改正の議論の加速につながる可能性がある。FTCのリナ・カーン(Lina Khan)委員長は、ビッグテック問題を在任中の優先課題に挙げており、個々の取引の和解交渉よりも訴訟にリソースを集中させる考えを示している。和解に時間を費やさず、より多くのケースを法廷に持ち込み、ビッグテックに対抗するための法改正の実現を目指す。

Metaは、同社のメタバース戦略においてWithin買収訴訟の仮処分審問が重要な分岐点になると捉えているのだろう。CEO(最高経営責任者)のマーク・ザッカーバーグ氏やCTO(最高技術責任者)のアンドリュー・ボズワース氏も証人候補のリストに加えている。また審理の流れによっては、AppleやGoogle、ByteDance、Nike、EquinoxといったVRとフィットネスに関わる企業が自社の製品やVR市場の競争について証言する可能性もある。競合するビッグテックは、VR市場ではMetaを追う立場であっても、異なる分野で独占が問われる可能性をはらむ。立場に応じて主張を変えていては自家撞着に陥ってしまう。独占と健全な競争についてビッグテックが確固たる立場を示さなければならないだけに、FTCの法廷戦略は効果を発揮する。