「"ググる"を過去のものにするかもしれない」と言われ始めたOpenAIの対話型AI「ChatGPT」。火をつけたのは、昨年12月にNew York Timeに掲載された「A New Chat Bot Is a ‘Code Red’ for Google’s Search Business」(Googleの検索ビジネスにとって「コードレッド」に相当するチャットボットの出現)というレポートだった。Googleの内部関係者やAI研究者に話を聞いたレポーターは、「一部の人たちはシリコンバレーの大企業が恐怖する瞬間、つまりビジネスを根底から覆しかねない巨大な技術革新が近づいているのではないかと危惧している」と書いている。
大規模な自然言語処理のAIモデルであるChatGPTは、自然な言葉によるテキスト入力を読解し、それに対して人が書くような文章を生成する。チャットボットや文章生成のほか、質問に関する情報を収集して回答を生成できるのでFAQの自動応答システムや質問応答タスクといったことにも利用できる。昨年12月にChatGPTが登場してから、私は英語の文章の校正や添削、別の表現への書き換えなどに利用してきた。ライターにとって活用法がいくつもある便利なツールである。
だが、Google検索を脅かす存在というようには見なしていなかったので、そこでChatGPTとGoogleの比較例として話題になっていた「Simple instructions about how to send email from a Node.js app?」という質問を入れてみた。
指定通り簡潔に、そしてコードのサンプルも打ってみせながら説明してくれる。知りたいことをズバリ教えてくれる完璧な回答だ。
対してGoogle検索の結果でも、Mailtrapのページからまとめた手順がトップに表示されていて、一見必要な情報がよくまとまっているように見える。だが、それだけでは不十分なので、Mailtrapや他のWebページにアクセスして確認することになる。
こうしたハウツーは昔に比べるとかなり多くの情報がネット上に存在する。だが、それによって情報を入手しやすくなっているかというと、コンテンツファーム(広告収益を得るために必ずしも品質の高くないコンテンツを大量に作成・配信する会社やサービス)によるジャンクな情報があふれていて悩まされる。だから、Stack Overflowのような情報技術やプログラミングの質問に関して良質な回答を見つけられるナレッジコミュニティが存在するのだ。つまり、良質なハウツー情報を見つけるためにGoogle検索は十分に便利なツールではないということである。
では、ChatGPTが今日のGoogleを脅かすかというと、いくつかの自然言語による検索を比べてみて可能性は感じられるものの、まだ不透明だ。
ZDNETが先週、MetaのAI研究のリーダーでチューリング賞受賞者でもあるヤン・ルカン氏がプレスとのZoomミーティングの中でChatGPTについて、「何年も前から使い古された技術に基づいて作られている」と指摘し、よくまとまってはいるが、「革命的なものではない」とコメントしたと報じた。
それなら、なぜChatGPTがブームと呼べるような大きな話題になっているのか。ChatGPTは質問に答えるのがとても上手い。まるでインターネットと共に知識を吸収してきた人と話しているかのような感覚になる。その出力は流暢で文法的に正しく、異なるスタイルの話し方も模倣する。
パソコンのGUIや、スマートフォンのマルチタッチがそうであったように、技術を大衆が簡単に使えるようにパッケージングして届けることでその技術による革新が形になる。チャットボットはこれまでにいくつも登場しているが、会話しづらいというのが一般の人達の印象だと思う。ところが、ChatGPTとはスムースな対話が成立する。ChatGPTはルカン氏が重んじていない「よくまとまっている」に注力しており、それによってパソコンを初めてマウスで操作したり、タッチで携帯電話を操作した時のような驚きを人々が覚えている。
しかし、その対話力がChatGPTの最大の問題にもなっている。なぜなら、ChatGPTの回答が常に正しいとは限らないからだ。分からない時に「答えられません」と言ってくれる時はまだ良いが、雄弁ゆえに堂々と誤った回答を出していることが少なくない。例えば、「Who is skittle-chan」という質問。
ChatGPTは「skittle-chanとは、フルーツ味のキャンディーのブランドであるSkittlesが大好きなことで知られる人のニックネームです。特定の人物ではなく、Skittlesに関連する人物を指すこともある」と回答。Belugaのキャラクターとは違う「skittle-chan」をChatGPTが創造してしまっている。しかも、「skittle-chan」を知らない人なら、ChatGPTの回答をうっかり信じてしまうほど、その回答は自然でふるまいが堂々としている。
真実性への対処がまだ大きな課題が残されたままであることに加えて、ChatGPTはビジネスモデルをまだ示せていない。しかも、非常にコストがかかる。メリーランド大学准教授のトム・ゴールドスタイン氏の試算によると、100万人のユーザーがいる場合のコストは1日あたり10万ドル、1カ月あたり約300万ドルだ。
ChatGPTを試していると、まだ広告収入に頼る前のシンプルに技術をアピールしていた頃のGoogleを思い出す。完璧なプロダクトからはほど遠く、厄介な欠点や課題を抱えていたが、我々の想像力を刺激する魅力と可能性で一定の信頼を獲得していた。
Googleは今、検索市場の2つの側面を支配している。コンテンツを求める側と、広告を出す側をコントロールすることで、より多くのデータを収集し、検索結果を改善し、より関連性の高い広告を提供するという自己強化ループを作り出すことに成功した。
磐石な体制を築いているが、完璧なビジネスモデルとは言いがたい。「It’s not just you. Google Search really is getting worse」や「One of the most-used tools on the internet is not what it used to be」など、ここ数年でGoogle検索のユーザーにとっての有用性や体験の悪化を指摘するレポートが増えている。それでもユーザーのGoogle依存が衰えることはなかった。
しかし、ChatGPTの優れた対話体験を通じて「より便利な方法があるのではないか」という関心を人々が抱き始めた。その点でChatGPTはGoogleのビジネスモデルの基盤を揺るがす心配の種であり、潜在的な競合の登場によって「コードレッド」のスイッチを入れたGoogleがどのように変わるか興味深く思っている。