「Cards Against Humanity」というカードゲームをご存知だろうか? 同じ高校に通っていた仲間が集まって作り、4000ドル目標のKickstarterキャンペーンから製品化がスタート、4倍以上の15,000ドルを集め、約半年の製作期間を経て2011年5月に最初の製品をリリースした。そして、1カ月後にはAmazon.comのゲームカテゴリーで1位を獲得。その後も順調に売れ続けており、米国で若い世代を中心に圧倒的な人気を誇る。Cards Against Humanityはセールスデータを公開していないが、正式リリースから数年で累積利益1,000万ドル突破を果たしたと見られている。

なぜそんな大ヒットゲームになっているのかというと、ゲームとして楽しいのも理由だが、それ以上に「Cards Against Humanity」のプレイヤーであることが面白いからだ。「Cards Against Humanity」は「下ネタあり」「差別的な表現あり」のブラックジョーク・カードゲームなので、こういう風に表現すると怒られそうだが、それはどこかApple製品が好きな人たちのAppleに対する支持に似ている。そのCards Against Humanityが先週、発売前の「Cards Against Humanity」のファミリー版 (今秋発売予定)をパブリックベータとして無料公開した。ダウンロードしたPDFファイル (21ページ)を厚めの紙に印刷してカットするだけで全てをプレイできる。このタイミングの公開だから、新型コロナウイルスの影響で自宅にこもる人たちに向けたリリースであるのは明らかだ。それをパブリックベータと表現するところがCards Against Humanityらしさであり、同社が熱心なファンを集めている理由だ。

ここまでの説明の流れだと「Cards Against Humanity」が素晴らしいゲームと思われてしまいそうだが、大事なことなのでもう一度書いておくと、「Cards Against Humanity」は「下ネタあり」「差別的な表現あり」のブラックジョーク・カードゲームである。

基本ルールを説明すると、質問が書かれたブラックカードと、フレーズや単語が書かれたホワイトカードが入っていて、親がブラックカードの「質問」を引いて読み上げる、他のプレイヤーは質問に対する「答え」として面白いと思うカードを1枚選んで親に裏返して渡す。親は答えをシャッフルして、質問と合わせて答えを読み、最も面白いものを選ぶ。というような公式ルールはあるけど、基本的に遊び方は自由で、勝敗を決めずに大喜利のように質問に対する答えをただ面白がるだけでも良い。

カードに書かれている内容は、ここには書けないような言葉や表現もあり、また「黒人」とか、「女性」「キツすぎるパンツ」「ひどい人生の選択」といったそれだけでは問題ないフレーズや単語であっても、ブラックカードの質問との組み合わせによっては問題発言になってしまう。だから、Cards Against Humanity‥‥人倫に反するカードだ。そんなゲームだから万人向けではないし、普通にオススメすることはできない。ちなみにCards Against Humanityはゲームを「A party game for horrible people」と表現している。雰囲気を込めて訳すなら「悪い大人たちのためのパーティゲーム」という感じだろうか‥‥。

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しかし、「Cards Against Humanity」は商品の下劣さと過激なジョークだけで売れているのではない。むしろCards Against Humanityでもっとも評価されているのは、そのマーケティング力だ。「Cards Against Humanity」のプレイヤー層をしっかりと見定め、自分たちの顧客にフォーカスしたマーケティングを展開している。ターゲティングができているから、特殊すぎるカードゲームなのによく売れ、そしてブラックジョークを不快に感じる人たちから批判されるのを (なんとか)避けられている。

例えば、基本の「Cards Against Humanity」のPDF版を同社のサイトで無料公開している。だから、購入しなくても、誰でも印刷して切り取るだけですぐに「Cards Against Humanity」を体験できる。その上で丁寧に作られた製品を買う人は多いし、またCards Against Humanityは「Sci-Fiパック」「AIパック」「2000ノスタルジア・パック」といった様々な追加パックを継続的に追加している。これはフリーミアム・モデルと言えるし、今風にたとえるならバトルロイヤルゲーム「Fortnite」に似たモデルと言える。「Fortnite」はゲームの無料提供でプレイヤーを集めて体験してもらい、ゲームを気に入ったプレイヤーにはシーズンやチャプター、イベントといった要素を通じて飽きさせることなくゲームに惹きつけている。

Cards Against Humanityの場合、例えばAIパックの製作時に、機械学習にCards Against Humanityカードの書き方を学ばせ、人間のライターと競争させるイベントを行った。AIカードとヒューマン・カードのどちらが16時間でより多く売れるか。ライターが勝ったら5000ドルのボーナス、敗れたら解雇というルール。結果、ヒューマン・カードの方が2%上回って、僅差の勝利でAIに仕事を奪われる危機を回避した。

ある年には米国で年間最大のセール商戦になるブラックフライデーに値下げしないで、逆に5ドル値上げして販売した(「Cards Against Humanity」は1セット25ドル)。でも、面白いから売れた。別の年には突然「99%オフセール」を実施。「Cards Against Humanity」が0.25ドルで買えるのかと思いきや、限定1セット2,000ドルの特別パックを販売(明らかに2000ドルは乗せすぎ)。99%オフでも20ドルである。しかし、ショップには他にも、ピカソのサイン入りドローイング (6000ドルが60ドル)やジミー・カーターのサイン入りギター (2300ドルが23ドル)、100ドル紙幣 (100ドルが1ドル)など、微妙に貴重な笑えるアイテムが10分ごとに次々に登場した。しかも、それらは本当に99%オフで販売された。

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Cards Against Humanityは面白い。顧客とつながり、常に顧客を楽しませてくれる。

ファミリー版は家族で楽しめるバージョンだが、毒のあるCards Against Humanityらしさは健在だ。通常版が万人向けではないように、ファミリー版も普通の家族向けではない。これが映画やTVだったら低くても「PG」レーティングがつきそうだ。通常版と同様にファミリー版も基本ゲームを無料公開する計画だったのだろうが、発売の数カ月前に早めたのは、巣ごもり需要に応えることがファミリー版の目的であるプレイヤー層の拡大に効果的と考えたのだろう。まだ「Cards Against Humanity」を体験したことがない人たちに体験してもらうことで知名度が広がり、経済活動が回復し始めた時に製品版や追加パックを購入してもらえるチャンスが広がる。

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まだ厳しい状況ではあるが、新型コロナウイルス感染拡大のピークを超えた国・地域が広がり始め、経済活動再開の話題が少しずつ出始めている。The Hustleがリーマンショック後の景気減速を乗り越えたスモールビジネスを対象にしたサーベイ調査 (212社が回答)を行った。それをまとめた「How small business owners survived the Great Recession」によると、新たな収益を模索するなど「プロモーション」を主に行なった会社が60%、コストカットや一時解雇、事業縮小といった損失を最小限に抑える「プリベンション」を中心とした会社は40%だった。だからといって、プロモーションの方が効果的ということではなく、回答を読むと実際にはどの会社もどちらかに舵を切ったのではなく、「攻め」と「守り」を組み合わせ、生き抜くためにあらゆることをやっていた。

例えば、写真家がニューヨークに設立したクリエイティブエイジェンシーは苦しい時期につきあいのあるクライアントから頼み込まれても、普段の1/5の価格で仕事を受けるような安売りは長期的なマイナスと判断して価格を維持した。結果、景気後退時に仕事が入らなかったから、資産の売却を含むコストカットを徹底、そして拠点をドミニカに移した。今はクライアントに会う時だけ、ドミニカからニューヨークにやってくる。この対策はプリベンションだが、本質は回復時を見据えた「攻め」である。深刻な景気後退を体験したことがない若い経営者に対して、従業員やクライアントと対立するのではなく、協働するグループとして共に生き残る方法について話し合うようにアドバイスしている。別のカーディーラーも、危機の時には思い通りにならないことばかりだから「自分がコントロールできることだけに集中すること」が重要とアドバイスしている。それは生き残るためだが、危機の時にこそ「自分たちがフォーカスすべき目標が強く見えてくる」という。