宇宙航空研究開発機構(JAXA)は10月29日、現在開発中の新型小型ロケット「イプシロン」に関する記者会見を開催、開発状況について説明した。同ロケットは2013年度の打ち上げを目指してきたが、この説明の中で、より具体的な目標として「8~9月頃」をターゲットとしていることが明らかになった。
会見には、JAXAの森田泰弘・イプシロンロケットプロジェクトマネージャのほか、射場となる内之浦宇宙空間観測所がある鹿児島県肝付町から永野和行町長も出席、地元からの期待を述べた。
イプシロンロケットとは?
イプシロンロケットは、2006年9月の打ち上げを最後に廃止されたM-Vロケットの後継となる小型ロケットである。全長24m、直径2.5mの固体燃料ロケットで、打ち上げ能力は1.2t(地球低軌道)。M-Vの1.8tからは3分の2に低下してしまうが、打ち上げコストは38億円と、M-Vに比べほぼ半分となるため、コストパフォーマンスは向上する。
ロケット | イプシロン | M-V | H-IIA(202) |
---|---|---|---|
推進剤 | 固体 | 固体 | 液体 |
段構成 | 3段式 | 3段式 | 2段式 |
全長 | 24m | 31m | 53m |
直径 | 2.5m | 2.5m | 4m |
重量(衛星以外) | 91t | 140t | 289t |
打ち上げ能力(LEO) | 1.2t | 1.8t | 10t |
打ち上げコスト | 38億円 | 75億円 | 約100億円 |
1kgあたりのコスト | 約317万円 | 約417万円 | 約100万円 |
ペイロード1kgあたりのコスト比較 |
M-V廃止の大きな理由が「高コスト」であったことから、低コスト化はイプシロンの重要なポイントの1つだ。ただ、それだけではなく、イプシロンではもう1つのポイントとして、「打ち上げの簡素化」という点もあげられているのだが、それに関しては後述する。
低コスト化のために、イプシロンでは、M-Vの上段と、H-IIA/Bの固体ロケットブースタ(SRB-A)を組み合わせる。第1段にはSRB-Aを使用。第2段の「M-34c」は、M-Vの第3段「M-34b」を、第3段の「KM-V2b」は、M-Vの第4段(キックステージ)である「KM-V2」を、それぞれ改良したものとなる。
第1段はロケット全体の中で最も大きいため、コストに対する影響が大きい。そのため、性能的には最適な設計ではないものの、この部分には量産効果で比較的安価なSRB-Aをそのまま流用する。一方、上段は性能に対する影響が大きいので、高性能なM-Vの上段をベースに、改良を行う。これがイプシロンの基本方針だ。
第3段までは全て固体推進だが、オプションの第4段として液体推進のPBS(ポスト・ブースト・ステージ)の追加も可能。固体ロケットは点火したら最後、燃え尽きるまで止められないため、軌道投入の精度は液体ロケットよりも悪くなるが、最終段にPBSを使うことで、液体ロケット並みの精度も実現できる。初号機はこのオプション形態となる。
イプシロンは、基本的に既存の技術を応用するので、新規開発に比べて、短期間、低コストでの開発が可能となる。総開発費は205億円。開発は2010年にスタートしており、わずか3年で初号機の打ち上げとなる。
採用される新規技術
ただし、既存技術を活かしつつ、最先端の技術も随所で取り入れる。
例えば上段については、最新の材料や製造技術を使うことで、コストを下げるだけでなく、性能を上げる工夫も行っている。推進剤を入れるモーターケースはM-VでもCFRP製だったが、イプシロンの炭素繊維には優れた強度を持つT1000G(東レ製)を採用。また従来は高温高圧のオートクレーブ成形であったところ、イプシロンでは高圧が不要のオーブンキュア成形にし、軽量化と低コスト化を実現した。
また衛星にとっての"乗り心地"を改善するために、衛星分離部に搭載する制振機構を新規開発、SRB-A燃焼時の正弦波振動を緩和する。M-Vは比較的、衛星に"厳しい"ロケットと言われてきたが、後述の射場の改修などとあわせ、イプシロンでは音響・振動・衝撃をなるべく抑え、衛星への悪影響が出ないよう対策が取られている。
そしてイプシロンでは、機体だけではなく、設備や運用も含めた「打ち上げシステムの改革が大きなテーマ」(森田プロマネ)だ。
従来、M-Vではロケットを射点に設置してから、打ち上げまでに42日という日数を要していたが、イプシロンではこれを7日までに短縮する。わずか7日というのは、他国のロケットを見ても圧倒的に短期間。森田プロマネは、「世界でも最も簡単に打ち上げられるロケットを目指す」と意気込む。
このキーワードとなるのが、「自律点検」と「モバイル管制」の2つである。ロケット自身に点検機能を持たせることで、地上での点検作業を大幅に簡素化。これにより、少人数での運用が可能となり、ネットワークにパソコンを接続するだけで、どこからでも管制が行えるようになる。これらは初号機の打ち上げ以降も、結果をフィードバックさせつつ改善を図っていく。
こういった最先端の技術実証が行えるのも、短期間・低コストで開発できる小型ロケットのメリットである。イプシロンで先行実証された技術は、今後、H-IIA/Bへの適用も進めていく考えだ。
「月刊宇宙開発」とは……筆者・大塚実が勝手に考えた架空の月刊誌。日本や海外の宇宙開発に関する話題を、月刊誌のような専門性の高い記事として伝えていきたいと考えているが、筆者の気分によっては週刊誌的な内容も混じるかもしれない。なお発行ペースについては、筆者もどうなるか知らないので気にしないでいただきたい。