関税合戦に発展した米中の貿易摩擦の中で、注目されている欧州企業がある。最先端の半導体製造に必要なEUV露光技術で唯一無二の存在として世界の半導体市場で独占状態にあるオランダのASMLである。中国への禁輸措置と関税合戦の結果、短期の売り上げ予想が大幅に下がり株価が急落したが、株式市場は今後の趨勢を考えると今が「買い時」だと判断しているようだ。
生成AIの急拡大で、ASMLの露光技術の戦略的価値が上昇
半導体製造の前工程プロセスには露光だけでなく成膜、エッチング、検査と実に多岐にわたる分野でそれぞれの技術を極めるメーカー各社がサプライチェーンで活躍しているが、近年成長著しいAI半導体分野で7nm以下の最先端の微細加工を可能とするにはEUV(極端紫外線)の露光装置が必須となる。
オランダの片田舎フェルトホーフェンに本社を構えるASMLが保有する露光技術は材料科学、物理、光学、計測技術などに関わるほとんどすべての分野をカバーしていて、EUV露光装置は「人類が開発した中で最も複雑な装置」とも言われる。何百もの精密部品で構成され、一基5億ドルとも言われる高価で大掛かりな装置の出荷の際には、全体をいくつかのモジュールに分割し、航空貨物機で何便にも分けて空輸しなければならない。
-
高NA EUV露光装置「TWINSCAN EXE:5000」のモジュールを飛行機に搭載する様子。日本のRapidusにオランダから送り届けられた際は4機のチャーター便に分けられて空輸が行われた (出所:ASML)
露光装置分野全体としてはNIKONやCANONなどの日本メーカーも競合として存在しているが、この10年での微細加工技術の急速な発展で量産適用されてきたEUV露光装置市場はASMLによる完全な独占状態になっている。しかし、この最先端の露光装置の主たる市場は先端プロセスの製造が可能、もしくはそれを狙える台湾、韓国、米国、そして中国に限られる。米中の技術覇権競争が激化する中、その狭間で揺れているのが台湾のTSMCだが、米国政府による中国への先端半導体関連機器の輸出規制と、世界中の経済を巻き込みながら進行する高関税政策の狭間で揺れているのがオランダのASMLである。その背景には、最先端半導体の製造分野でのASMLの戦略的重要性の上昇がある。
-
ASMLのEUV露光装置「TWINSCAN NXE:3400B」の内部イメージ。従来のDUV露光装置は複数のレンズを組み合わせて露光を行っていたが、EUVは複数のミラーに反射させてウェハに露光を行う (出所:ASML)
輸出規制と高関税政策の影響をまともに受けるASML
1984年、オランダに創立されたASMLの技術は露光装置を中心に最先端の半導体開発を支えてきた。半導体工場に足を踏み入れると、製造プロセスに従って雑多な装置が所狭しと並んでいるが、先端分野で注目されるEUV/DUV露光装置といった大掛かりな装置以外にも、古めかしいASMLのロゴマークをあしらったステッパー、エピ炉、計測装置などが見受けられるが、これらは旧装置に丁寧なメンテナンスを施したRefurbish(改修)品である。これらの装置が日夜運転される様子を見ると、長い間半導体製造現場を支えてきたヨーロッパの職人気質が感じられる。
17世紀の大航海時代には優れた造船技術を駆使した大型商船で世界を雄飛し、絶頂を極めたオランダであるが、現在では、世界の半導体技術の分野で微細加工の核心技術を担うEUV/DUV露光装置で世界の注目を浴びる。注目を浴びる理由は急激な微細加工技術の発展過程で独占的な立場となったASMLの露光装置が、米中の半導体をめぐる輸出規制と高関税の影響をまともに受けるからだ。
自国内での半導体製造技術を確立したい中国は、ASMLの世界市場の総売り上げの4分の1を占める大口ユーザーだ。しかし、第一次トランプ政権とオランダ政府との取り決めでEUV露光装置の禁輸が合意され、続くバイデン政権ではDUVを含む旧世代製品の輸出も禁止され、結果的にASMLは中国市場から撤退せざるを得なくなった。今や、オランダの一企業であるASMLの技術は先進各国にとって戦略的な重要性を持つようになり、それらの国々の地政学的制約を考慮することなしにはビジネスプランを描けない状況になっている。
半導体製造サプライチェーン全体を国産化する中国
かねてより中国政府が掲げていた「中国製造2025」計画は、「2025年までに中国内の半導体自給率を70%にまで高める」というかなり野心的なプロジェクトである。
結局その達成には至っていないが、実際には着実に成果を挙げていて、2025年の現在では我々が5年前に予想したよりも遥かに高いレベルに到達しているというのが正直な印象だ。事実、中国はITインフラのエコシステムをすべて国産化しつつある。
ファーウェイ、テンセント、アリババに代表されるITプラットフォーマーに加え、ハイシリコン、ハイゴンなどの回路設計専門のファブレス企業、そして、その製造を引き受けるファウンドリ会社のSMICと、米国企業に対峙する企業群がいつの間にか高い実力をつけてきている。AI開発では年初にDeepseekが大きな話題になったが、現在業界の大きな話題となっているのが中国産の半導体製造装置の強力な競合企業が現れたことだ。
3月に上海で開催された展示会「セミコン・チャイナ」で初めて公に姿を見せた製造装置企業SiCarrier社は、2021年以来開発してきた製造装置群を一気に披露した。
CVD、成膜、エッチング装置などの前工程装置に加え、検査装置なども含まれ、半導体製造プロセス全体の多くの部分をカバーする。しかも、その多くが7nm超の微細加工に対応している。この展示会では露光装置は展示されていなかったが、中国メディアではかなり高レベルの露光装置も開発中と報じられている。一昨年、ファーウェイが発表した最新鋭スマートフォンに7nmレベルのAPUが採用されていた事が大きな話題となったが、現在までのところ、このAPUは「禁輸措置前に中国が購入したASMLのDUV装置を使用しマルチパターニング技術を駆使した結果」、というのが業界の見立てであったが、SiCarrierが公に姿を現した背景には先端露光装置の開発が見え隠れするというのがもっぱらの見方である。
NVIDIAのCEO、Jensen Huangは最近「中国への輸出規制は中国内での自国開発を加速させた」と発言したが、米国政府による中国に対する規制・関税はさらに強化される予想である。
露光装置で世界をリードするオランダASMLの経営・技術陣は、自社の技術にさらに磨きをかけることが今後のビジネスの成功の唯一の術であることをしっかり認識して不断の努力を継続している。