米司法省によるAppleへの反トラスト法(独占禁止法)違反での提訴は、今後のビッグテック企業と当局の関係を象徴するような大きなニュースとしてとらえられた。これにより米司法省はGAFAと呼ばれる、世界規模で支配的な影響力を持つ巨大IT企業ビッグテックすべてと法廷で争うことになる。国境を超えてその経済圏を急速拡大し、億単位のユーザーへの直接的な影響を増大させるビッグテックと規制当局の戦いが米国や欧州を中心に激しさを増している。

Appleへの提訴でビッグテックすべてを相手に戦う姿勢を見せる米当局

今回の米当局によるAppleの提訴は、iPhoneやAppleウォッチの他社端末製品とのペアリング機能での制限、Appleが主にiPhoneで展開する各種サービスについて他社の参入を阻害する反競争的な構造を持っていると指摘している。一企業による市場の私的独占は競争原理を阻害し、技術革新の停滞、価格の高騰といった結果を招き、結局エンドユーザーの利益を阻害する、という考えが当局の強い姿勢の根拠となっている。独自の開発による優れた技術を確立し、それを基盤とした独自のエコシステムを構築することでビジネスを拡大してきた事を自負するApple側としては、この指摘は当然受け入れることは難しく、徹底抗戦の構えを見せている。

日々の多くの活動を携帯端末から繋がるネットの世界に依存している我々ユーザーは、その便利さゆえに、個人情報を含む多くの情報を躊躇なく渡してしまう行為を継続する。日々の技術革新によりサービスの価値がさらに増すと、ユーザーは「それなしでは生活できないレベル」までそのサービスに依存することになり、そのサービスに完全に囲い込まれる。こうして特定分野での競合の参入はさらに困難となる。各国の当局はまさにこの点を警戒している。

  • スマホ上で提供されるプラットフォーム

当局がある個別の企業を相手に独占禁止法違反で提訴し、勝利するためには次の2点を立証する必要がある。

  1. その市場での明らかな独占状態
  2. 競争制限行為の不当性

しかし、当局が企業による私的独占を立証するのはかなり困難だ。というのも、ある企業が独占していると主張するその市場自体の定義が明確にできない場合が多いからだ。それに敢えて挑戦する当局には充分な警戒感がある。

デジタル市場法(DMA)を導入してビッグテックにさらなるタガをかける欧州委員会

欧州委員会はビッグテック企業のビジネスを規制するデジタル市場法(DMA)に違反した疑いで、Alphabet、Apple、METAの3社について調査を開始したと発表した。米系の巨大ITプラットフォーム企業を中心とするビッグテックに対し、欧州当局は早い時期からその悪影響を認識し、その急速な市場拡大を規制する法令を整備してきた。欧州委員会は域内のユーザー、企業を保護するために下記のような法令を設け監視の目を光らせている。

  • GDPR(General Data Protection Regulation):一般データ保護規則と訳されるこの法令は、域内に居住するユーザーの個人情報の保護を目的として、その収集方法や取り扱いについてのガイドラインを定めた法的枠組みである
  • DMA(Digital Marketing Act):デジタル市場法と訳される法令で、GAFAMなどのビッグテックに対して、プラットフォーム上のサービス独占を禁止する法令である

この他にも、SNSの運営管理などについても規制がある。こうした欧州委員会の矢継ぎ早の法令の整備に対し、ビッグテック各社は大きな警戒感を持っている。というのも、ビッグテック企業としては歴史の長いMicrosoftと欧州委員会の間では過去に複数の訴訟が起こり、巨額の制裁金発生のケースがあったことを見ているからだ。こういったケースは結審までに長い時間がかかり、その間のビジネス拡大の大きな足かせとなり、競合に付け入るスキを与える結果をうむ。そうした苦い経験を持っているMicrosoftは最近会議アプリとして普及している“Teams”と“Microsoft 365”とのセット販売を全世界で撤回した。独占的な地位を濫用した「抱き合わせ販売」との疑いを回避するためだ。当局の動きを素早く察知して先手を打った形となる。

Intelに対し独禁法違反の排除勧告を行った日本の公正取引委員会

こうした当局による独占企業への排除勧告や行政措置については、私自身、AMDに在籍した時にIntelとの係争のプロジェクトへの参加で実際に経験したことがある

AMDがK6とそれに続いたK7アーキテクチャーのAthlon/Duron製品群で、かなりの市場シェアを奪取した際にはIntelからあからさまな妨害を受けた。

しかし、Intelが行った独占的地位の濫用行為について、2004年4月、日本の公正取引委員会が強制調査を敢行し、その一年後「独占的地位の濫用の事実あり」として排除勧告を下した事例がある。この排除勧告では下記の諸点が指摘され、Intelに対しその行為を即時停止するように勧告した。

  1. 日本の主要顧客によるAMD製品の採用で市場シェアが下がったIntelは、シェアを90%まで奪還することを目指し、競合製品を使わないことを条件として、顧客に対し多額の割戻金などの方法で資金提供をする違法行為を行った
  2. この結果、日本市場でのAMD、トランスメタの合算CPUシェアは、約24%(2002年)から11%(2003年)に低下した

パソコン市場での大きなシェアを維持するために「Intel入ってる」というキャッチフレーズで大規模な広告キャンペーンを展開していた状況で、AMDを中心とする競合CPUを使用しないことを条件にテレビコマーシャルを含む巨額の宣伝費用の提供で顧客を囲い込もうとした事実が、公正取引委員会によるIntel内部への強制調査で明らかになったというわけだ。

  • AMD 第6世代・第7世代ブランド

その後、AMDはIntelを相手取って日本のみならず世界市場での違法行為の結果被った逸失利益を取り戻すための民事訴訟を起こした。AMDとIntelという当事者同士の法廷での争いということになったが、法廷闘争が始まると間もなく、形勢不利と見たIntelがAMDに対し和解を提案し、それをAMDが応諾してこの事件は決着した。この時に私は日本のみならず、米国、欧州、韓国の弁護士チームと密な活動をしたが、その時々には、各国の独禁当局とのやり取りもあった。その時に感じたのは、各国の当局は関わるケースについて、必要に応じてある程度の情報交換を行っているということだ。

国境を越えてその経済圏を膨張させ、各国に抱える多くのユーザーに多大な影響力を持つビッグテックへの当局の戦いには当局間の連携が益々盛んになるのであろうという印象を持つ。