最近、日米の複数のメディアから「NVIDIAとAMDがArmベースのWindowsパソコン用CPUを開発中、2025年にも出荷開始か?」という内容の興味深い記事が出て目を引いた。
どの記事も、よく読んでみるとロイター通信の1つの記事がその発端だったらしい。信頼性で知られるロイター電の記事は、名前はもちろん伏せてはいるものの複数の関係者に対する取材をもとに書かれていて、それらのコメントはかなり具体的だ。
AIサーバー市場を支配するNVIDIAはパソコン市場を狙う
AIサーバー市場を支配して、今や世界の半導体市場で売り上げトップの座に躍り出る勢いを見せるNVIDIAにとって、何としてもリーチしたい市場がパソコンのCPU市場である。
ハイエンドPCのグラフィックボード製品ではAMDと市場を分けるNVIDIAだが、パソコンの心臓部であるCPU市場はIntelとAMDの寡占状態が続く。かつてWindowsパソコンのCPU市場では、Intelを追いかけて10社近い半導体ブランドがひしめき合っていた時代があったが、熾烈な競争の末に現在ではAMDとIntelのみになってしまった。今ではスマートフォン同様コモディティー化してしまっているパソコンであるが、CPUメーカーにとっては非常に重要な市場である。それは、パソコン用CPUの売り上げ増により好決算となり、株価が上昇した最近のIntelの状況を見れば明らかである。
世界で年間2億5000万台以上が出荷されるパソコンはCPUメーカーにとってスマートフォンの次に台数が稼げる巨大市場である。一般消費者が手ごろな価格で高性能コンピューターを手にできるプラットフォームとしてのパソコンは、かつての勢いはないものの未だに常にリフレッシュされ、機能が強化されている。しかも、パソコンはサーバーからエッジノードに拡大するAI機能の将来を見据えた場合に戦略的に重要な端末機器であると言える。
その重要な製品領域では永らくWindows+x86命令セットのCPUが標準となってきたが、ここにきてArmベースCPUの市場拡大が現実化する気配がある。この背景には、AppleのMacBookにじわじわとパソコン市場を侵食されるMicrosoftの事情と、スマートフォンのCPUで標準となったがパソコンでは振るわないArmの事情が関係している。MicrosoftはWindows防衛のために、ArmはWindowsパソコン市場への本格参入のためにパソコンメーカーと相性がいいNVIDIAやAMDと組むというのはあり得る話である。
現在ではQualcommのデザインによるCPUをベースとしたWindowsパソコンがいくつか出ているが、その特徴は、x86と比較して長いバッテリー時間と、LTEに対応する常時接続とうたわれている。しかし、どの製品もスマートフォン製品の延長上にあるようなものが多く、本流のパソコンの機種は見当たらない。やはりQualcommのCPUはAndroidベースのスマートフォンの領域から出られていない印象だ。それと対照的にArmベースのパソコンはAppleのMacBookがそのシェアを確実に伸ばしている。これはMicrosoftにとっては看過できない状況だ。
NVIDIAは高性能のAIコアとArmベースのCPUコアを搭載したAIサーバー用のGrace Hopperを市場投入しているものの、パソコンのCPU市場には未だに参入できていない。
かつてWindows互換を前面に出してIntelと対抗したAMD
Intelとの熾烈な競争を繰り広げる過程で、初期のAMDにとっての一番の悩みの種が、IntelによるAMDの互換性に対するアンチキャンペーンだった。AMDはx86の命令セットを使用する権利を所有しているので、Intel製品とのハードウェアの互換性をとることでWindowsソフトウェアとの互換性を担保するとしたが、Intelはその主張を否定する大掛かりなキャンペーンを張った。「Intel入ってますか?」という半導体ブランドのマーケティング史上最も大掛かりなキャンペーンは、AMDの互換性についての疑問をエンドユーザーに植え付ける為のものであったが、そこへMicrosoftがAMDに手を差し伸べた。AMDのチップにWindowsロゴを印刷する許可を与えることによって、Windows互換を積極的にサポートした。
現在ではAMD製品の互換性について疑問を持つユーザーはいないと思うが、こうした互換性への信頼感は永年の実績によって醸成されるイメージが非常に重要なのである。
強力なバックアップ体制でArmベースのWondowsパソコンを後押しするMicrosoft
現在のMicrosoftにとってパソコン市場で一番気になる存在は、Armベースの高性能CPUを自社で開発してMacBookのシェアを拡大するAppleであろう。
Armプロセッサーに対応したWindows 10が米国で正式発表されたのは2017年だったが、パソコン製品では相変わらずx86プロセッサーが圧倒的多数だ。この状況にあって、Microsoftは最近、Armベースのネイティブアプリの開発環境を積極的に提供し始めた。Windowsをサポートするソフトウェア企業が持つ膨大なソフト資産をArmベースのパソコンにも提供しようとする試みである。これを推進するには、Armベースのハードウェアの普及が必須条件である。そのためにはCPUをQualocommのみに頼っていてはパソコンメーカーもついてこない、という判断なのだろうと推測する。
すでにx86プロセッサーでWindowsパソコン市場で確固とした地位を築いているAMDは別として、NVIDIAにはArmベースのプロセッサーでこの巨大市場へ参入する充分な理由があると思われる。AI市場で圧倒的な地位を築いたNVIDIAが、次の大掛かりな野心的プロジェクトに取り掛かる機が熟した印象がある。