米国の半導体市場調査会社Semiconductor Intelligenceが先ごろ発表した2023年の半導体売上ランキングの予測に関する記事に関心を持たれた方は多いと思う。

参考:2023年の半導体企業売上高ランキングトップはNVIDIAの可能性、SI予測

半導体市場の各セグメントで毎日激烈な競争に明け暮れる半導体メーカー各社は、総売り上げを単純にランキングする「業界全体でのシェアトップ10」などという統計にはあまり関心がないものと思うが、業界の話題としてはやはり気になるところである。ここ10年くらい、この種のランキングでは首位をIntelとSamsungが抜きつ抜かれつの状態が続いたが、今年9月までの各社の四半期の決算発表と今後の予測を総合すると、NVIDIAがトップになる予想だという内容だ。AI半導体市場をほぼ独占するNVIDIAの売り上げは昨年同期比で約2倍となった。すでにトップ10入りしていた大企業の売り上げが一気に2倍になれば首位が入れ替わる可能性は充分にあるだろう。常に新しいトレンドを追い求める半導体業界が新たな局面に突入したことは間違いないようだ。

老舗半導体メーカーが名を連ねる世界のトップ10

NVIDIAが首位に躍り出たことは大きなニュースではあるが、2023年のトップ10企業をなんとなく眺めていたら、そのすべてがベテラン老舗企業で占められてることに気が付いた。

NVIDIAを筆頭にIntel、Broadcom、Qualcomm、AMDらのシリコンバレー系とテキサス州の雄TI(Texas Instruments)の米国企業が6社、それに欧州の代表格InfineonとSTMicroの2社、それに加えて韓国のSamsungとSK Hynixがトップ10社を構成する。新たな企業が出ては消えていくこの半導体業界の中で、ほとんどが創業当時のブランド名でトップ10にランクされているのは大変に興味深い(スピンアウトや親会社の事業撤退などで名前を変えたInfineonやSTMicroを除く)。「昔の名前で出ています」という古い歌があったが、激烈な競争を繰り広げるこの業界で永年同じブランドでビジネスしているというのは堂々たる結果だ。因みに1984年のトップ10も公表されていたが、このトップ10の中には日本勢としてNEC、日立製作所、東芝、富士通の名前が入っていた。この39年で市場規模は約19倍になったがトップ10企業による市場占有率は62-63%でほとんど変わらないという。

この期間はたまたま私自身が半導体業界に関わった時期と重なることもあり、これまでに業界で起こった事とこれらの老舗半導体企業の成功の理由を考えてみた。

  • かつての半導体各社はまるでデパートのように、ロジック、メモリー、アナログなどの製品ラインアップをほとんど持っていた。主たるアプリケーションはメインフレーム・コンピューター、通信・ネットワーク、家電、そしてありとあらゆる組み込み電子機器であった。
  • 各社がそれぞれの分野でシェア争いを繰り返した結果、各セグメントから撤退するブランドも多く、それぞれがコアビジネスを絞り始めた。この間も絶え間なく続けられる微細加工の技術革新で集積度と性能は級数的に上昇した。
  • 半導体の性能向上によりPCや携帯電話のような新たなプラットフォームが登場し、そのコンシューマー化で生産量が飛躍的に拡大した。インターネットがそれぞれの消費者を結び、高性能なサーバーを介する高度なアプリケーションの提供で消費者は各人が手にしているコンピューティングパワーをまったく意識することなく、さらに高度なアプリケーションに関心を持つようになる。現在ではサーバーワークロードの一番の関心事はAIである。
  • コンシューマーに広がった膨大な数量を支える生産体制を提供するファウンドリ会社が現れ、製品のデザインと生産にかかる膨大なコストをシェアする体制が整う。
  • 業界全体がシリコンサイクルを繰り返すうちに、規模の原理が働き、市況の悪化に耐えられない企業はふるい落とされていく。しかし敗退した企業にも優秀な人材は豊富にあって、生き残った企業に取り込まれてゆく。企業間の盛んな人的交流を繰り返すうちに大企業には自然と多くの技術と豊富なノウハウが蓄積される。
  • 半導体各社は(特にロジック)自身が得意とする半導体製品のエンドユーザーの要件を取り込もうとエンドユーザーからの人材も積極的に受け入れる。こうした顧客からの要求は新製品の設計やロードマップ作成の際のフィードバックループに反映され、次世代の技術トレンドを決定するアイディアとなり、周到なマーケティング戦略が練られる。
  • ジム・ケラー

    天才エンジニアとも呼ばれるジム・ケラー(Jim Keller)氏。AMDやIntel、Appleなどを渡り歩き、現在はTenstorrentのCEOを務めている。半導体業界には同氏のように企業間を行き来する優秀な人材が非常に多くいる (2023年6月に編集部撮影)

  • AMDの最初の工場の鍬入れ式の写真

    AMDの最初の工場の鍬入れ式の写真。中心にいるのが創業者Sanders (著者所蔵イメージ)

  • キヤノンのナノインプリント装置

    微細なプロセスを実現する筆頭技術はEUV露光装置だが、最近、キヤノンが5nmプロセス相当のパターンを形成可能なナノインプリント装置を商用化したことを発表するなど、新たな微細化に向けたアプローチの選択肢も出てきた (2023年10月に編集部撮影)

技術革新、市場トレンド、開発投資、設備投資といったビジネスに関する多くの重要なパラメーターに加え、グローバル展開の中で最近顕著になってきている地政学的制約というファクターが加わって、これらの老舗ブランド各社には多くのハードルが待ち受けるが、各社とも猛進のスピードを緩める気配はない、むしろ加速してる。

大きなビジネスリスクをとる決意と経験に裏付けられたビジョンがさらなる成功を産む

最近のM&Aや新たな設備投資のニュースを見て感じるのは、以前は何千億円単位で語られていた大掛かりな案件に関わる費用が、現在では何兆円単位と一桁上がっていることだ。

このレベルの巨大投資が継続される産業は半導体業界以外には見当たらない。半導体スタートアップが本格的規模に達せず敗退してしまう理由の1つに、再投資の余裕がないことがあげられる。長い準備期間の後やっと市場投入が始まって、一定の市場評価を得た頃にはすでに次期製品の設計はほとんど終わっていなければならない。ブランドがその市場セグメントで定着するには少なくとも2-3世代にわたる市場での成功が要求される。こうした重要なステップを成功させるために必須なのは大きなビジネスリスクを敢えて辞さない確固とした決意と、経験に裏付けられたビジョンである。半導体大企業のCEOをはじめとする経営幹部の経歴を見るとこの点は非常に明らかだ。