半導体分野で激しく角突き合わせる米中の最近のもっぱらの話題は、Huaweiが発表したコンシューマー向けスマートフォン(スマホ)「Mateシリーズ」の新製品に使われている「KIRIN」プロセッサーがどうやら7nmレベルの微細加工プロセスを用いて製造されているらしいという調査会社の報告である。

“7nmプロセス”と言っても実際に微細加工の線幅が7nmであるわけではないのだが、5G通信をサポートするとも謳っていて、かなりの先端技術を実現していると言える。これを問題視した米国下院の中国担当委員会は「対中輸出規制が甘いのではないか?」、と行政府を批判している。

  • Huaweiの5G対応スマホ「Mate 60 Pro」

    Huaweiの5G対応スマホ「Mate 60 Pro」 (出所:Huawei Webサイト)

まさに匠の技で生み出された最新世代の「KIRIN」プロセッサー

現在、台湾のTSMCは既に最先端3nmプロセスでの量産をApple向けに開始していて、7nmプロセスはその2世代前のプロセスと位置づけられる。米国が敏感に反応したのは、Huawei向けにSMICが製造した7nmプロセス使用のKIRINの登場で、これまで14nm止まりとされていた中国の半導体製造技術が実際にはそれ以上の実力に達してることが明らかになったからだ。“7nmプロセスを使用”という見立ては中国側が発表したものではなく、あくまで最終製品の解析から調査会社が導き出した結論である。米国の対中輸出規制によれば、中国が所有する露光装置の最上位は14nmをサポートするDUV(Deep Ultraviolet:深紫外線)ベースのものである。

KIRINの微細加工が7nmであるとしたら、デュアル/マルチ・パターニングの方法を用いて実現したと推測される。技術的には「露光とエッチングを2度繰り返す」などのいくつかの方法により可能であるが、そのプロセスは通常のものよりかなり複雑なものとなり、加工工程が増える上に、微妙なズレなどを排除するためには細心の技術が要求される。まさに「匠の技」であると言える。米国議会が問題にしているのは、DUVベースの露光装置で7nmプロセスを実現したとすれば、現有の製造装置で5nmのレベルまで発展させることも可能なのではないかということだ。

これだけ複雑なプロセスを用いる場合、歩留りが悪いのは容易に推測できるが、その製品をコンシューマー向けのスマホに搭載するということは、SMICの製造技術陣はその歩留りの問題もある程度解決した可能性もある。現有の装置で製造可能な最先端技術を公開したという点では中国側にとっては大きな一歩である。米国と覇権を争う中国にとって半導体製造技術分野での国内技術のレベルアップは国家をかけた戦略的核心事項である。今回の米国側の反応はあながち“過敏”であるとは言えないのかもしれない。

  • 中国上海にあるSMICの本社・工場

    中国上海にあるSMICの本社・工場 (出所:SMIC Webサイト)

プロセス技術の遅れをSOIウェーハーの使用により乗り越えたAMD

かつて、圧倒的な市場支配力を誇ったIntelを相手にマイクロプロセッサー市場での熾烈な競争を繰り広げたAMDにとっての一番の泣き所は最先端ロジックプロセス技術の分野であった。

プロセッサーアーキテクチャー分野では先進性を見せたAMDであるが、製造プロセスではIntelと比較して常に1世代以上の遅れを取っていた。2003年にAMDが満を持して発表したK8・Opteronは32/64ビット高速処理を可能とするユニークなマイクロアーキテクチャーで、その後のAMDの快進撃を可能とした記念碑的な製品となったが、その市場投入は大きな賭けでもあった。

微細加工技術が180nmから130nmへと移行する時期だったと記憶しているが、プロセス技術で常に1世代先を行くIntelとの競争には、どうしてもそのプロセスギャップを埋めるための方策が必要であった。そこで当時AMDの主力工場だったドイツ・ドレスデンFabの製造技術陣が導入したのがSOIウェーハーの使用である。通常使われるバルクウェーハーの代わりにSOIウェーハーを使用するためには、より複雑で手間のかかるプロセスを何とかものにする必要があったが、ドレスデンの製造技術チームはこれを見事にやってのけた。デバイス層の下側に酸化膜を形成したSOI(Silicon On Insulator)ウェーハーの使用で高速な動作周波数と省電力性を可能とし、Intel製品との競争力を飛躍的に高めるのに成功した。

後にAMDがファブレスとなった際に、このドレスデン工場はファウンドリー会社として独立したGlobalFoundries(GF)社の主力工場として生まれ変わった。

  • Opteron発表当時のロゴマーク

    Opteron発表当時のロゴマーク

今後ますます厳しくなる米中の覇権争い

今回のHuaweiのスマホ新製品の発表に対する米国側の反応は非常に速かった印象がある。HuaweiにKIRINを提供したSMIC側からの積極的発表はなかったが、米国側の調査会社が実際のデバイスを入手して解析を行った結果、SMICが7nmプロセスレベルを実現していることが判明したことが発端だった。

最近、深刻な景気悪化が懸念される中国では、政府当局は統計発表などについては非常に敏感になっていて、従来は発表していた若者の失業率については発表を見送った事が話題になった。こうした背景を考えると、Huaweiのスマホ新製品の発表に端を発した米国側の過敏とも思える反応は、半導体微細加工の分野において、中国側が政治・外交的解決を諦めて、ひたすら技術的解決に舵を切ったと認識した結果ともとれる。

多くの産業分野で世界最大の市場を擁する中国は、今後米国の輸出規制に対する反撃を強化する可能性がある。発表こそしていないが、政府機関でのApple iPhoneの使用禁止を通達するなどの動きも見せている。EVの世界市場でダントツの存在感を見せる中国がレアメタルなどの分野でのさらなる攻勢に出る可能性も十分にある。今後の米中の半導体分野でのせめぎあいはますます厳しくなる様相を呈している。