Teslaは先週、年次決算報告を行った。世界的な急激なEVシフトに支えられて、コロナ禍や半導体供給不足の影響を受けつつも、順調に売り上げを伸ばしている。その決算発表でCEOのElon Muskが「Tesla本社機能をカリフォルニア州からテキサス州に移転する」、と発表して大きな話題になっている。

本社をシリコンバレーのPalo Altoからテキサス州Austinへ移転するTesla

関連記事や報告会でのMusk自身の発言によると、背景には下記のような事情があるらしい。

  • 現在、Teslaの本社はシリコンバレーの中心地Palo Altoにあるが、これを近々テキサス州Austinに移転する。理由は高騰するシリコンバレーの生活コスト、土地代、交通渋滞の悪化などがある
  • とはいえ、旺盛な需要にこたえるために現在カリフォルニア州Fremont、ネバダ州、上海に設置している製造工場には増産のための更なる投資を行う。しかし、Fremontの工場はスペースの拡張が限界に近づいておりラインの効率改善を行っている。
  • テキサス州Austin市は空港へのアクセスも良く、豊富な人材にも恵まれ、生活コストははるかに低い。
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  • Teslaが手掛けるEVのモデルSとモデルX (編集部撮影)

Musk自身も昨年12月にはLAの自宅からAustinに引っ越している。またMuskが運営するSpaceX社は発射実験場を含めて始めからテキサス州の南端にあるBoca Chicaに居を構えている。シリコンバレー企業の代表格であるHP(Hewlett Packard)も昨年テキサス州Houston市に本社を移転することを発表し、Oracleなども同様の動きをしている。半導体、IT、ソフトウェア産業のメッカとされるシリコンバレーは、テック人口集中に対応する更なるインフラ整備という深刻な問題を抱えているようである。

本社機能/工場をSunnyvaleからAustinへ移転したAMD

私が24年勤務したAMDも2000年の初頭に本社機能をカリフォルニア州Sunnyvaleからテキサス州Austin市に移転した。

年次報告書の記載ではUSの他のハイテク企業と同じように、所在地は法人の設立に有利なDelaware州にあり、幹部連中はSanta Clara市に事務所を構えているが、実質的な本社機能はAustin市に建設した巨大なビルに移っている。

AMDが本拠地をカリフォルニアからテキサスに移転したのはちょうどCEOが創業者のサンダースからヘクター・ルイツにバトンタッチされた時期である。サンダースが率いたAMDの全盛期にはSunnyvaleのど真ん中に白亜の本社ビルを建設し、その住所も「One AMD Place(AMD一番地)」という番地を取得して、“シリコンバレーのホワイトハウス”などと呼ばれ、当時はシリコンバレーを訪れる人々の観光スポットの1つともなっていたが、現在ではすでに取り壊されている。

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    かつてサニーベールにあったAMD本社 (筆者所蔵イメージ)

私が入社した1986年当時は、本社機能はカリフォルニアにあり、創業時からの前工程工場の一部も地元にあった。この状態はAMD以外のシリコンバレーに誕生した多くの企業も同様であった。AMDは他にもテキサス州のSan Antonio市にバイポーラ・デバイスの工場を構え(後にSonyに売却)、Austin市にMOSデバイスの工場を構えていたが、ロジックプロセスがCMOSに移行すると巨大な工場Fab.25をAustinに建設し、すべてのロジック製品の前工程をここに集約した。組み立て/テストなどの後工程はかなり早い時期からマレーシアやシンガポールなどの東南アジアに移転していた。AMDの社史を見ていたら1969年の創立時に第1工場建設のための鍬入れ式の写真が出てきた。フェアチャイルド社を飛び出したサンダースをはじめとする創業者チームがヘルメット姿でSunnyvaleで鍬入れ式をしている姿を見ると、たった50年ちょっと前とはいえ隔世の感がある。

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    AMDの創業者チームがシリコンバレー第一工場の鍬入れをする写真 (著者所蔵イメージ)

世界の優秀な頭脳を惹きつけるシリコンバレー、しかしその限界も

その特殊な発生事情と理想的な環境により、シリコンバレーはいまだに世界の優秀な頭脳とエネルギー溢れる起業家を惹きつけるが、その限界が見え始めている。その一番の問題が人口集中による地価の高騰と交通渋滞だ。私は3年前に昔のAMDの上司/同僚を訪ねるために30年ぶりにシリコンバレーを訪れる機会があったが、いまだにシリコンバレーに住み続ける友人たちからは異口同音にこの問題を聞かされた。

サンフランシスコからシリコンバレーに通ずる動脈ともいえる101や280といった高速道路は、朝の出勤時には6時ころからすでに渋滞が始まり、帰宅が始まる16時ころには逆方向の渋滞が始まる。あちこちに見られる建設中のマンションの価格を聞くと、それほど広い間取りでもないのにとんでもない値段がついている。ホテルを抑えるのも一苦労である。常に満室の状態のホテルは、ビジネスホテルクラスの何のことはない部屋でもとんでもない宿泊料金を取られる。この原因の1つにApple、Facebook、Googleなどの巨大プラットフォーマーの肥大化と、抱える従業員数の急増が上げられる。これらのかなり高給取りの人材と、IT業界ではない人たちとの所得格差は大きな問題となっている。コロナ禍を受けてリモートワークが定着した現在では交通渋滞は多少緩和されたらしいが、ハイテク関連の就労人口は依然として増え続けている。

私の友人たちの中には引退した人もいて、シリコンバレー創成期のかなり昔に手ごろな値段で入手した持ち家を巨大企業が従業員用に買い上げるので、それを資金に他州へ移住する人たちもいる。格差の問題は社会インフラに必要な他業種に携わる人々の流出を招いており根本的な問題解決はこれからである。例えば、タクシーはシリコンバレーからは完全に駆逐され、レンタカーで自分で運転するのでなければ、移動はすべてUberに頼らざるを得ない。Uberは非常に使い勝手がいいが、聞いてみると運転手は殆んどが他の職業との兼業である。

テキサス州AustinにはすでにAMD、IBM、Samsungなどのビッグネームが大きな拠点を抱えていて、テック人材は豊富にあるので、HP、Oracleや今回のTeslaに続く動きをする企業は増えるものと思われる。シリコンバレー特有の闊達な雰囲気と人的ネットワークは健在で、いまだに世界の優秀な人材を惹きつけるがインフラ維持に大きな課題を抱えていることは確かである。