最近の半導体業界の話題で大きな注目を集めたのは、自動車アプリケーションでの市場シェアが高いルネサス那珂工場で発生した火災と、そのインパクトの報道。半導体業界のサプライチェーンが他の産業に与える影響がいかに大きいかを思い知らされた事件である。

そうした中、海外では、今後のサプライチェーンの趨勢を決定するかもしれないと思われる大きな発表がIntelからあった。2兆円を投じてアリゾナ州に建設予定の新設ファブを柱とする「Intel IDM 2.0」を発表するCEOのPat Gelsingerの顔は自信に満ちていた。私は1時間のビデオを最初から最後まで観てしまったが、思わず映画スターウォーズの初期のエピソード“帝国の逆襲”が頭に浮かんでしまった。Gelsingerはこの壮大な計画を成功させられるだろうか?

  • Pat Gelsinger

    Intel IDM 2.0を自ら発表したIntelの新たなCEO、Pat Gelsinger (C)Walden Kirsch/Intel Corporation

市場独占で帝国を築いたIntelと競合他社の反乱同盟軍の構図

Intelと直接の競合関係にあったAMDに長らく勤務した私にとって、Intel/AMDを取り巻く状況は引退した今でも大きな関心事である。それだけに、しばらく低迷を続けていたIntelに舞い戻ったGelsingerの復帰第一弾として発表された“Intel IDM 2.0”は大きな衝撃だった。

Intelがこれから競合するのはAMD、NVIDIA、Qualcommなどのデバイス会社だけでなく、TSMCやSamsungなどのファウンドリ会社となる。マイナビニュースでも大原氏が記事中で「床までアクセルを踏み込む」と的確に表現したように、久々のIntelらしい思い切った戦略転換である。

過去にもIntelは大きな危機を迎えるたびに、思い切った方向転換をしてそれを見事に乗り切ってさらに強い企業となった。これがIntelの強さの本質である。AMDの現役時代の私はそうした兆しがあるたびに、迫りくるIntelの反撃に身構える事が多かったが、今回の発表での印象は多少違っていた。

古巣のIntelを離れてEMC・VMWareとそれぞれの業界のリーダー企業でみっちり修業を積んだGelsingerは自信に満ちていたが、業界の他企業との協業を繰り返し訴えるGelsingerは以前よりも“まるくなった”感じがした。

それはかつてのCEOアンディー・グローブが常々言っていた「偏執狂だけが生き残る」、というかつてのIntelの企業カルチャーとはかなり違った感じがしたからだと思う。“Intel IDM 2.0”を成功させるためにはIntelは巨大なファウンドリのキャパシティを埋めるためにAMD、NVIDIA、Qualcommなど直接の競合を顧客として取り込む必要がある。Intelが独占体制を構築する過程では、AMDだけでなく競合他社のほとんどすべてがIntelの“偏執狂的な攻撃”によって苦汁を味わった経験を持っている。

この構図を大きく変換したのがTSMCをはじめとするファウンドリの出現である。この新たなビジネスモデルはこれらのIntelの競合を「先端プロセスを移植したキャパシティ」という難題から開放することとなった。その結果、Intelからの執拗な攻撃を生き延びたブランドは息を吹き返し、現在ではIntelの強力なライバルとなっている。Intel IDM 2.0の発表を目にした私には、これがまさに映画スターウォーズのエピソード5、「帝国の逆襲」の構図のように思えたのである。

  • 半導体広告

    1980年代の米国の雑誌に掲載された広告(著者所蔵品)

そんなことを考えながら我が家のガラクタを整理していた私は偶然1980年代に米国の業界誌に掲載された広告を見つけた。シリコンバレーにブランドを構える企業間ではベンダーと顧客は競合関係になる事がよくある。それをうまく表現した広告であるが、つい最近まで独占的地位を盾に熾烈な競合関係を強いられた他社に「さあ、協業しましょう!!」と握手を求めるIntelに簡単に胸襟を開く顧客がどれだけいるかはかなり疑問で、これからIntelがどれだけ顧客に対する価値を高めるかにかかっているだろうと思う。

TSMCの強力な競合となるIntel

最近、興味深い記事を読んだ。SemiWiki.comというかなりギークなサイトに掲載された記事で、「TSMCのカスタマートップ8」と題された、売り上げベースのTSMCのカスタマーの比率が記されていた表が掲載されていた。

その表によると、トップカスタマーはAppleで、その後にHi-Silicon、Qualcomm、NVIDIA、Broadcom、AMD、Intel、MediaTekと続く。2019-2021の各社のシェア推移が記されていて、2021年のHi-Siliconの数字はゼロになっていた。これは米中の技術覇権競争に伴うファーウェイへの禁輸措置の結果で、その分他社がTSMCのキャパシティを取り込んだ模様である。この表を眺めながら私は次のような印象を持った。

  • TSMCの巨大なキャパシティの25%を占めるAppleは、2020年に“Appleシリコン”を全面的に打ち出し、Intelとの対抗姿勢を明らかにした。過去にiPhone用のCPUの委託生産の依頼を断った経緯があるIntelに対し再度生産委することは考えにくい。
  • Appleに続くAMD、NVIDIA、Qualcommをはじめとするトップ顧客層は全体でTSMCのキャパシティの7割以上を占有している。これらの企業ブランドはほとんどがIntelとは過去に何らかの因縁抱えており、これらの企業がIntelの顧客となることは考えにくい。例えばAMDがIntelに生産委託をするならば、それは余程の事情が絡む必然性がないと考えにくい。
  • 以前に半導体企業の製造キャパシティの記事を書いたが、TSMCのキャパシティはIntelの3倍以上ある。しかもEUV技術導入をいち早く成功させた最先端プロセス開発では、TSMCは他社を寄せ付けない強さがある。まさにこの分野で決定的に躓いたIntelがその習熟曲線のギャップを埋めるのは容易ではない。

こうしたことを考えると、Gelsinger発表のビデオに、カスタマとして名乗りを上げたIBMとMicrosoftのCEOが登場し、自らのメッセージを寄せたことは十分に理解できる。

Intel IDM 2.0は新規顧客を精力的に取り込んでいく意向を強調しているが、その顧客リストに名を連ねるのは既存の半導体ブランドではなくGAFAM(Appleを除く)などのプラットフォーマーの可能性が考えられる。ごく最近の米国の証券アナリストの記事ではAmazonがAWS/AIのサービス強化のために独自の高性能ネットワークチップを開発し、この分野でのAmazonへのトップベンダーだったBroadcomとの関係が消滅したとある。こうしたニュースはGelsingerが語るIntel IDM 2.0の将来を暗示するものがあるが、それを成功に導くための条件としてIntelがTSMCとの技術/キャパシティのギャップを埋めるという大きな課題が残っている。