SEMI Silicon Manufacturing Group(SMG)の発表によれば、2020年第1四半期のシリコンウェハの出荷面積は前年同期比4.3%減の29億2000万平方インチとなったらしい。
ここでも新型コロナウィルスによる経済減速の影響を受けているが、経済の回復とともに全体のシリコン需要は順調に伸びていくであろう。
最先端の微細加工プロセス技術を真っ先に使用して高速・高集積のプロセッサーや3次元メモリーなどのデジタルデバイスを量産する300mmウェハの世界とは別に、これからの半導体市場全体の成長を底堅く支えるのが、200mm・150mmなどの小口径シリコンウェハ市場である。
パワーデバイスを代表とするアナログデバイスのウェハ市場向けであるが、こちらではSiC、GaNなどシリコン以外の材料もいよいよ量産ベースに乗ってきそうな気配だ。今まで半導体需要をけん引してきたパソコン/スマートフォンに加えて、自動運転、IoT、センサーなどが大きな市場になってきている。
私は30年の仕事人生を半導体業界で過ごしたが、その大半はプロセッサーやメモリーデバイスの世界にいた。その最後の4年間は小口径ウェハーメーカーのOkmetic社でお世話になった。Okmeticでの経験はある意味で私自身の大きな転機となった。それまで米国中心の世界観を持っていた私が転身した先は、フィンランドの小口径ウェハメーカーであるOkmetic社であった。米国企業での経験の延長上での外資系半導体企業を考えていたが、そこにはまったく違う世界があった。
フィンランドはどんな国?
多くの人にとってフィンランドといきなり言われてもなかなかイメージがわかないだろう。北欧3国の一国であるフィンランド(残り2国はスウェーデンとノルウェー)は総人口550万人ほどの小国だが一般的な生活水準は高く、教育分野でいつもトップクラスに入っていることは日本でも知られていることだろう。
日本人にもサウナ風呂などは知られているし、きわめて親日的な国である。日本からのアクセスも意外に簡単で、首都ヘルシンキには直通便で8~9時間ほどで到着できる。ヘルシンキ空港は今やヨーロッパへのゲートウェイとしてヨーロッパ全土へのハブのようなポジションにある。かつて携帯電話の世界市場を制したNokiaや、今や世界中に広がったLinuxが誕生した国でもある。
私にとってフィンランドのOkmetic社での経験は、それまで米国一辺倒であった私の海外経験にヨーロッパへの興味を喚起してくれた点で大きな意味があった。正直なところ"大好きな作曲家シベリウスの母国フィンランドの企業にお世話になるのもいいか"、くらいな軽い気持ちで入社したのだが、実際には私のヨーロッパへの関心の扉を開けてくれることになった。フィンランドと言う国とその国民性を知れば知るほど私の興味は深くなっていった。
MEMS用の小口径ウェハで際立つ存在感
世界のシリコンウェハ市場は小口径品から300㎜までをカバーする伝統的な日本企業である信越化学工業とSUMCOの2社で半分以上のシェアを押さえており、追従する独Siltronic社と、積極的な企業買収で猛追する台湾GlobalWafersを加えた上位4社で7割以上を供給する寡占市場である。その他にはすべてが4インチから8インチまでの小口径ウェハを供給する非常に規模の小さなメーカーがいて、各社が特色を出して地道にビジネスをしている。Okmetic社もその一社で、社歴が35年にもなる老舗企業である。最近まで独立した企業であったが、現在では中国企業の傘下に入っている。
プロセッサーやメモリーなどのデジタルの大規模回路はすべて12インチ(300mm)ウェハに移行したが、パワー半導体に代表されるアナログ回路はまだ8インチ以下の小口径ウェハで作られるのが圧倒的である。私の知る限りではパワーデバイスを300mmウェハで生産している半導体メーカーは独Infineonくらいだけではないか?。ちなみにInfineonのパワーデバイス用に300㎜ウェハを供給しているのは同じドイツのSiltronicである。
「ムーアの法則」にしたがって集積度が倍々に上がってゆくデジタル回路の場合には、トランジスタ数の増加にしたがってチップ面積が大きくなる分、微細加工をさらに進めることによって経済性/省電性を補うかたちなので当然300mmウェハを頼らざるを得ないが、チップ面積が小さく、ウェハの物性そのものに性能・歩留まりが大きく依存するパワーデバイスなどは依然として小口径ウェハでの製造が理にかなっているというわけだ。
AMD勤務時代にはまったく意識していなかったパワーデバイス市場も、私にとってはかなり新鮮な経験であったが、それよりもOkmetic社で勤務したことで興味を惹かれたのはMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)市場である。
ご存じのようにMEMSは機械要素部品、センサー、アクチュエーターと電子回路を微細加工によってひとつの材料に集積したデバイスであるが、その材料にはシリコンが使われる場合が多い。
MEMSの材料にシリコンを使用する主な理由はその経済性とシリコン材質の加工のしやすさ、そしてその強度である。シリコンウェハに作りこんだ部品が物理的に"たわんだり"、"共振したり"する時に発する信号をデジタル信号に変換して他のデジタル部品と連携させるという仕組みは、私にとってはまったく想像もしなかった新しい世界であった。
ウェハメーカーとしては、顧客から事細かなスペックを入手し、それを満足するウェハを収めるという仕事なので、各社のMEMS設計なるものが実際にどんな構造であるのかは結局わからずじまいであったが、量産品のスペックが確定するまで微妙なウェハ仕様を調整しながら少量サンプルを出し続けるというプロセスは、Intelを相手にしたAMDのマイクロプロセッサー市場での華々しい仕事とはかなり違って大変に地味なものであったがそれなりに興味深いものであった。
Okmetic社のMEMS市場での際立った存在感には2つの理由がある。1つは独自のSOI(Silicon On Insulator)加工技術である。MEMS構造をシリコンウェハに作りこむためには3次元の立体構造をシリコン上に形成する必要があるが、それには何工程にも及ぶエッチングが必要となる。そこでSOIによって形成された酸化膜をエッチングの際にストッパー層として使うことになる。
問題は形成された活性層の微妙な厚みのコントロールと貼り合わせウェハの精度であるが、Okmeticはこの加工について非常に高いノウハウを持っている。これはまさに匠(たくみ)の技である。もう1つの理由は、シリコンインゴットから最終のウェハ製品まで手掛ける一貫生産である。シリコン材料自体の物性に大きく依存するパワーデバイスやMEMSなどのアプリケーションにおいては、一貫生産での材料の均質性は非常に重要なファクターである。この分野でOkmetic社は十分な経験とノウハウを蓄積しており、IoTを中心にプラットフォームが動いていく今後のシリコン技術でもさらに注目される企業であると考えられる。
imecがサポートする欧州半導体産業への注目
Okmetic社のような非常に小粒ではあるが独自の技術を持った半導体関連の中小企業は欧州には随分とある。これらの企業はもともとPhilips、Siemens、Ericson、Nokiaといったグローバルな企業を半導体でサポートするためのインフラとして発達したと考えられるが、欧州で際立つのは研究開発をサポートする国を超えた協業体制の充実である。
米国ではそれぞれの巨大企業が多額の研究開発費を自前で負担する体制となっているのに対し、欧州ではimec(Interuniversity Microelectronics Centre)のような産学共同の研究機関が中心となって、各企業が協力して分野別の研究開発を効率的に行っている。imecはベルギーに本部を置く研究開発機関であり、Okmetic社もimecの有力メンバーである。こうした研究開発費の分担システムに支えられて最先端の技術開発を進めていくのは欧州特有の協業体制であり、米中といった2大国に対抗する非常に欧州らしいやり方である。ともすると米中を巡る業界の動きに目を奪われがちだが欧州の動きには引き続き注目が必要である。