深刻な海洋汚染
気候変動問題をはじめとする環境問題へのアプローチがグローバルで進んでいる。その中で海洋汚染も深刻な環境問題の1つで、世界の海には1億5000万トンのプラスチックごみが浮遊し、新たに毎年800万トンのごみが増え続けていると見られている(WWFジャパン資料や環境省資料より)。→過去の回はこちらを参照。
約520万トンと推定(農林水産省および環境省「令和2年度推計」より)される日本の年間における食品ロスよりも多いと聞くと、衝撃を受けるのではないだろうか。
また、プラスチックごみの中でも、大きさが5mm以下のプラスチック片(マイクロプラスチック)は、世界各地の海に最大約51兆個漂っているとされ(FSI海洋ゴミ対策プロジェクト資料より)、生態系への甚大な影響が懸念される。2050年には海を泳ぐ魚よりも、海に滞留するプラスチック片の方が多くなることも予想されているくらいだ。
海中を漂うマイクロプラスチックを魚が食べ、人間がその魚を食べて体内にプラスチックが取り込まれた場合、排出されずに吸収されてしまったとしたら…。現在、研究段階だというが、人体にマイナスの影響が及ぶことは想像に難くない。海洋ごみを減らすことは、この地球に暮らす人々の健康を守るだけでなく、環境や社会を守ることでもあり、真剣に向き合うべき社会課題といえるだろう。
そんな海洋ごみ・マイクロプラスチック問題解決を目指し、オーストラリアで開発された海洋浮遊物回収装置「SEABIN(シービン)」の販売・リース事業などを行っているのが、SUSTAINABLE JAPAN 代表取締役の東濵孝明さんだ。自社サイトやInstagram、露出するメディアなどでSEABINに関する発信を積極的に行っている。
SEABINの普及のほか、自社で開発を進める用排水路浮遊沈殿ゴミ回収機の販売・リースを通じて、海に流れ出るごみを減らし、美しい海を守りたいと語る東濵さんに、事業をスタートした背景や現在の取り組みについてお話を伺った。
起業は「きれいな海を取り戻す」手段
熊本市に生まれた東濵さんは、地元のファッション系専門学校中退後、二輪車製造工場に勤務していたが、ふと思い立って21歳で上京。東京で働いていた姉の家に同居させてもらい、建築の日雇いバイトからスタートし、建築会社に就職して経理業務を担当した後、25歳でWeb制作会社に転職。仕事の傍ら、趣味でプログラミングもしていたという。
地元熊本に戻ってきたのは、妻が妊娠したタイミングの29歳のときだった。地元のIT企業に6年ほど勤めた後、2019年1月にSUSTAINABLE JAPANを起業。取締役2人とともに会社を経営する東濵さんは3人の子どもの父でもある。起業の背景には子どもたちの存在が大きく関わっていた。
「母の実家がある熊本の港町に、20年ぶりに行く機会があったんです。海はゴミだらけで汚く、昔きれいだったころとは比べ物にならないほどでした。子どもたち世代のことを思うと、この先海がますますゴミだらけになって汚くなるのは避けたいと思い、その日からビーチクリーン活動(ゴミ拾い)を自主的に始めたんです。でも、前日にゴミを拾っても翌日はまたゴミだらけに…という状態が続きました。そこで、ゴミを自動的に集めるプロダクトがないか調べているとき、SEABINの存在を知ったんです」(東濵さん、以下同)
SEABINは「SEA+BIN」の文字通り「海のゴミ入れ」。オーストラリアで開発された海洋浮遊物回収装置である。キャッチバッグ(網)と水を吸い込む水中ポンプで構成される、直径約50cm、高さ約80cmの円筒というシンプルな作りだ。
港湾やマリーナなど、穏やかな環境の水中に浮かべておくだけで、ポンプが本体に流れ込む水流を作り出し、筒内に設置されたネットに浮遊ごみが自然と取り込まれる仕組みになっている。その際、海水は濾過してポンプから排出するため、バッグはゴミだけをキャッチした状態になる。
学校や団体などの講演活動に呼ばれたとき、東濵さんはSEABINの仕組みを「お風呂に浮かべた桶を沈めると自然と水が入ってきますよね。その原理と同じです」と説明している。非常に単純な仕組みだが、形のあるわかりやすいゴミだけでなく、水面を漂う油脂や汚染物質、約2mmのマイクロプラスチックまで回収できる優れものだ。
「私の会社で設置しているSEABINは2~3日に1回、手作業で引き上げに行っています。水分を含めると50kgくらいの量を引き上げ、1回で最大20kg程度のゴミを回収できます。回収後はキャッチバッグ(*)を取り外して洗い、再度装着して海に浮かべておしまいです」
※SEABINと同じくオーストラリアから購入。使う過程で当然汚れるが1年は繰り返し使える丈夫な作り
自分がゴミ拾いをする代わりに、設置しておくだけでゴミを効率的に回収してくれるSEABINに興味を持ち、オーストラリアのSEABIN PROJECTに問い合わせたところ、個人だと取引はできないことがわかった。
「それなら法人化しよう」。海をきれいにするためにSEABINを使いたい。次世代の子どもたちにきれいな海を残したい。その一心で東濵さんはSUSTAINABLE JAPANを設立する。
海のゴミ箱「SEABIN」普及を目指して
現在は、東濵さんと同時期にSEABIN PROJECTにコンタクトし、日本でSEABINの総代理店となっている平泉洋行(へいせんようこう)からSEABINを購入し、クライアントへのリースや販売を行っている。これまでに10近くのSEABINをリースしてきた。
起業した2019年以降、SDGsや環境配慮思考の広まりもあって、問い合わせは年々増えていて、2022年になってからは特に急増しているという。問い合わせ総数の3割ほどが導入に至る。1機の金額は決して安価ではないことから、判断材料になればと、1~2週間デモ機を貸し出すこともある。
SEABINに関心を持つ企業や団体はさまざまだ。いくつか例を挙げると、バイオマス(動植物などに由来する生物資源)発電を行う某電力企業は、発電時にクズが出て海に流れ出てしまうことからSEABINで対処したいという。
そのほかにも地方自治体やマリンスポーツ用品店、作業服メーカー、海洋高校や大学の海洋学部などから問い合わせが寄せられる。
契約後、設置するまでの流れについても尋ねた。まず、SEABINの設置には自治体の許可が必要になる。港をはじめとする設置場所の管理は自治体が担っているため、自治体への申請は欠かせないのである。
設置が決まると、港を管理する自治体(都道府県か市町村か)や担当の課を調べて連絡し、設置理由を共有した後、申請書に設置目的や期間など必要項目を書いて提出する。
地球環境を守る取り組みであるため、許可が下りないケースはほとんどなく、1週間前後で申請が通るという。設置当日は職員が立ち合い、自治体によっては月数百円程度の占用料を払う場合もある。
「一般企業にSEABINを導入いただくのも非常に嬉しいですが、地方自治体に導入してもらえるとより嬉しいです。というのも、一般企業にリース・販売するよりも、SEABINの普及スピードが圧倒的に速くなるからです。以前、弊社が地元新聞に取り上げられたのを熊本市の職員さんが見てくださったのを機に、熊本市がSEABINを短期で設置したことがありました。そのような市区町村や都道府県単位でSEABINを使っていただくと、全国的に広がっていくことが期待できます」
2020年1月時点のデータでは、SEABINの設置台数は39の国と地域で860台ほど(平泉洋行公式サイトより)にとどまるが、設置台数が増えれば増えるほど、海洋ごみの回収は進み、生態系への影響を少なくすることができる。そのため、SEABINの普及や設置台数増は喫緊の課題とも言える。
陸ゴミが海ゴミになるのを食い止める取り組みも
東濵さんはSDGs目標でいうと「14.海の豊かさを守ろう」と関係するビジネスに取り組んでいる。この「海の豊かさ」は「陸の豊かさ」とも密接につながっている。
「私は近年、生徒・学生向けの講演会に力を入れています。小学校~大学まで、呼んでいただければ各地へ行きますし、オンラインでも対応しています。大人はもちろん、これから社会に出ていく若い世代に海洋ゴミやマイクロプラスチック問題を知ってもらうことが、この問題の解決につながっていると考えているからです」
そういった講演の場で、東濵さんがよく問いかける質問がある。「きれいな海と汚い海、皆さんはどちらが好きですか」というものだ。すると、全員が「きれいな海」と答える。当然の回答のようにも感じられる。
「環境問題に関心を持つ方は年々増えているのを感じます。ただ、関心が行動につながる人はさほど多くないのか、街中でポイ捨てを見かけることは後を断ちません。海洋ゴミの8割は街で発生し、河川から海に流れているとのデータもありますが、そのことは知られていないのだと思います。そのため、啓蒙活動を続けていくことの重要性を感じています」
特に梅雨時期になると大雨が降るため、地上のゴミが溝から河川を通じて、海へと流れていきやすくなる。
SEABINの普及も必要だが、それ以前にできることはないかと考えた東濵さんが、2020年秋から開発に動いているのが用排水路浮遊沈殿ゴミ回収機である。SEABIN事業と同程度のリソースを傾けて取り組んでいる、今後のSUSTAINABLE JAPANにとって柱の1つとなる事業だ。
最初はホームセンターで販売されている材料でつくり、何度も修正を重ねながら、1年後の2021年秋に完成し、地域の用水路に設置して実証実験も済ませたという。現在はOEMに委託して2022年秋には商品化を目指している。
「陸のゴミが海に流れ出るのを食い止めるために作りました。完成したら導入したいという方もすでにいます。この時代にゴミを集める事業というのはとてもアナログに感じられますが、誰かがやらなければ、昔のようにきれいだった海は戻ってきません。未来の子どもたちにきれいな海を残す--その一心でがんばっています。また、ゆくゆくは回収したゴミを廃棄するのではなくリサイクルし、循環型社会に向けた活動もしていくつもりです」
東濵さんは「海がきれいになれば弊社はいらなくなります」と冗談交じりに苦笑する。しかし、きれいな海を取り戻すことに対し、それほどに真っ直ぐなのだ。
深刻な海洋ゴミ問題はそう簡単に解決できるものではないため、東濵さんのような想いを持つ経営者の存在はとても重要である。SEABINのさらなる普及と同時に、日本発・熊本発の用排水路浮遊沈殿ゴミ回収機はグローバルへと進出し、地球規模で海洋ゴミ問題を改善するためのツールになるに違いない。