「生理」というテーマが語れる社会

女性の「生理」への関心が昨今高まっている。生理前の心身が辛い症状であるPMS(Premenstrual Syndrome:月経前症候群)・PMDD(Premenstrual Dysphoric Disorder:月経前不快気分障害)が広く認知されるようになったほか、生理の軽重は一人ひとり異なること、経済的理由で生理用品を購入できない「生理の貧困」が起きていることなど、これまでタッチされにくかった生理というテーマが社会で語られるようになった。

SDGs(持続可能な開発目標)17の目標の「5.ジェンダー平等を実現しよう」に「性と生殖に関する健康及び権利への普遍的アクセスを確保する」という言及があり、これに生理が含まれることも、生理への社会的関心を後押ししていると思われる。

  • SDGsビジネスに挑む起業家たち 第1回

    READY BOXの三上麗代表

そんな生理の中でも「初経」に目を向け、初めて生理が来る前後の女性や保護者を対象にした、はじめての生理準備BOX「READY BOX」が静かな話題を呼んでいる。

生理用品や生理を学べるブックレットのほか、石鹸、ポーチなど生理とは直接的な関係はないものの、女性がヘルスケアに用いるアイテムも同梱。開封すると気持ちが上がりそうな、明るくポップな中身が特徴だ。

READY BOXの開発者で、一般社団法人であるREADY BOXの代表を務めるのは三上麗さん。学生ボランティアを含む約7人のチームを率いて、プロダクトの開発や販売、改善に携わる。

そんな三上さんは、高校時代にアメリカ、大学時代にドイツに留学し、障害のある人への就労支援や子どもの教育事業を行うLITALICOに勤めた後、フリーランスのベビーシッターとして活動し、2020年10月にREADY BOXプロジェクトを開始。2021年5~6月にクラウドファンディングを成功させ、同年秋にはREADY BOXのECサイトをオープンした。

生理を楽しく学べたら、性教育との向き合い方が変わる

LITALICOを退職後、大学時代に始めたベビーシッターの仕事が“専業”になった三上さん。幼い子どもたちと触れ合う中で、READY BOXのアイデアの断片がつながっていった。

「子どもたちが成長していく過程で、社会のさまざまなバイアスに触れてしまう前に、身体や性について楽しくオープンに学べる機会があれば、子ども・保護者ともにハッピーなのではないかと感じたのです。身体や性の話は子どもが大きくなればなるほど、親も話しづらくなり、子どもも恥ずかしく感じるもの。個人差はありますが、5歳くらいで裸を『恥ずかしいもの』と認識したり、『まだ子どもだから』とは言えないほど、身体や性への理解が進んでいたりする子もいます。5歳くらいから性教育を始めても、決して早すぎることはありません」(三上さん、以下同)

三上さんが言う性教育は生理や射精などの「一般的な性教育」として学校で教わるトピックに限らず、自身や他人の身体の仕組みやそれらを大事に扱う話も含まれる。自分の身体の“中”と“外”の概念や、人の身体を許可なく勝手に触ってはいけない、同意をとってから触れることなど、他者の心身を傷つけないための学びも重要だと考えている。

「子どもと保護者に向けた取り組みができないかと思い、海外事例のリサーチを始め、性教育に関するプロダクト、ティーン向けのアイテムなどを調べるうちに、イギリス発の『First Period Box』(初経を迎える前後の女性に向けたアイテムセット)と出会ったんです。まさに、手にとるとワクワクしそうな、自分が表現したい世界観のプロダクトでした。生理用品だけではなく、ボディケアという生理の“周辺”にあるアイテムも入っている点で、日本でも売られている『初めての生理セット』のような生理用品のみを集めたプロダクトよりも楽しげな印象がありました。そこで、日本版の『生理準備ボックス』を作ろうと、プロジェクトを立ち上げたんです」

クラウドファンディング成功でわかった、確かなニーズ

2020年夏から、生理準備ボックスのプロトタイプ作りに取りかかった三上さん。日本で手に入るアイテムを集めて試作したものの、原価が高すぎる、送付用の段ボール箱が大きすぎる、送料が高すぎるなど、問題に直面する。

商品を厳選し、試行錯誤する中で、生理用品メーカーへの協賛依頼も始めた。伝手はないため問い合わせフォームから企画趣旨の説明や商談の依頼を送る地道なやり方だったが、メーカーは総じて好意的に応じてくれたという。

企業としては「今商品を買える層(生理が来ている大人)」がターゲットであり、彼らに商品を売る施策に注力する必要があるが、今後初経を迎える子どもたちへの教育的な取り組みは「やりたくても手を回す余裕がなかった領域」なのだ。

商談を進める中で「うちの商品をREADY BOXに入れませんか」と申し出てくれるメーカーもあり、READY BOXの中身は企業から商品提供を受けた生理用ナプキン、タンポン、布ナプキン、デリケートゾーン用ソープなどが入ることに。生理用品にもさまざまな選択肢があり、自分に合うものを選べると伝える狙いがある。

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    繰り返し使用可能な布製の生理用品など、環境に配慮したアイテムを入れるほか、簡易包装や装飾のないシンプルな段ボール箱を使うなど、SDGsの環境保護目標も意識し、実践している

「多くの企業に協賛していただき、私たちREADY BOXチームでは生理の仕組みを解説するブックレット『READY BOOK「生理ってなに?」』とポーチ、シールのみ制作しました。後々ECサイトでREADY BOXを販売するのを視野に入れていたこともあって、ニーズを探る目的もあり、クラウドファンディングを実施したところ、186名の方から約152万円(目標金額:100万円)の支援をいただけて、世の中でREADY BOXが求められていると確信しました」

三上さんの予想通り、支援者は20代が最も多く「いつか自分に子どもができたらプレゼントしたい」との声も聞かれた。ついで40代、50代、30代と支援者は幅広く、初経を迎える前後の子どもを持つ保護者も少なくない。

あえて紙媒体で届ける「性教育ニュースペーパー」の意義

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    クラウドファンディング支援者にリターンの品となるREADY BOXを発送したときの写真

クラウドファンディングの対応が落ち着いた2021年秋、READY BOXのECサイトが立ち上がり一般発売がスタート。月平均で10箱前後の注文が入るが、認知度を上げて注文個数を増やし、より多くの子どもや保護者の手にREADY BOXを届けることが目下の課題だ。

READY BOXのターゲットとする子どもたちの保護者が多く使っているSNSであるInstagramやFacebookのほか、ECサイト内のブログ、note、自身のSNSや性教育関連の団体・個人とのコラボ企画での情報発信を通じて、認知拡大・販促につなげている。

「READY BOXの対象者は初経に関わる人で、とても限られた層だからこそ、大きく広げていく限界を感じています。寄付を募るページを開設したのに加え、“入口”を広げるための新たなプロダクト開発を進めています。具体的には、保護者や教育関係者が手軽に読めて、子どもと一緒に楽しく学べる身体や性の知識を盛り込んだ『性教育ニュースペーパー』や男の子向け学習キット『HELLO BOYS BOX(仮)』を準備中です」

SDGs視点で考えると、三上さんはニュースペーパーや学習キットなどのものづくりに地球の限りある資源を使うことに葛藤がある。

しかし、身体や性にまつわる玉石混交の情報が大量に溢れるインターネットに子どもたちが容易にアクセスできること、間違った知識を得たあまり望まぬ性行為や妊娠に到るケースもあることなどを鑑みると、正しい情報を凝縮して紙媒体で届ける新鮮な方法に可能性を感じている。

すべての人が身体や性を尊重し合う世界を目指して

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    READY BOXリリース後、学校に招かれて講演活動を行うことも増えている

最後に、事業を通じて解決したい社会課題や実現したい未来について、三上さんに尋ねた。READY BOXは前述のSDGs目標「5.ジェンダー平等を実現しよう」や12~15の環境保護のほか、「1.貧困をなくそう」(主に5.6)「4.質の高い教育をみんなに」とも深い関係を持つ。

「世界的にベーシックになっている『子どもには学ぶ権利があり、それこそ“人権”である』という考え方に基づき、READY BOXを通じて、健康につながる学びの質を上げることを目指しています。例えば、社会問題化しているシングルマザーの貧困ループを断ち切るのも、身体や性の学びを届けることがひとつのきっかけになると思います。生理の知識はもちろん、避妊の方法や意図しない妊娠を防ぐには男女双方が身体の仕組みを理解することが欠かせないと伝えたり、子どもを産む・産まないをはじめとしたライフプランの選択肢を示したり。READY BOXというプロダクトを起点に、そんな教育を子どもたちに届けていきたいです」

性教育の学びが日常に溶け込んだ環境を作ること。性教育を明るく、楽しく向き合える楽しい学びにすること。READY BOXをひとつの手段として、三上さんの目は、性被害のない世界、誰もがその人らしく生きていける世界の実現に向いている。