「万物資生」の考え方にもとづく事業活動
研究開発(R&D)の強化を目的に、独自の研究開発理念「DYNAMIC HARMONY」を制定する資生堂。この理念は西洋の科学と東洋の叡智を融合した成り立ちに端を発するもので、5つの柱から構成される。→「SDGsビジネスに挑む起業家たち」の過去回はこちらを参照。
DYNAMIC HARMONYの1つにプレミアム感と環境共生を両立する「Premium/Sustainability」がある。「人や社会や地球環境への尊重・共生と、効果や上質なデザイン、感触などから感じる満足感を両立させる、資生堂ならではのサステナブルな価値創出に挑戦」するとの思いが込められている。
そのうえで、高い機能性と持続可能性を両立する、循環型の原料・製品開発を推し進めている。DYNAMIC HARMONYは年々進化しており、昨年はサステナビリティとの親和性が高いピラー「Human/Earth」が新たに追加された。外界からの刺激がもたらす影響を解明、正しく理解し、環境と肌・身体・こころが美しく調和する、人と地球との新しい関係性を示すものである。
資生堂は、社名の由来でもある「万物資生」の考え方にもとづき、人、社会、地球環境に対する敬意を持ちながら事業活動を進めてきた。
本稿では同社の具体的な取り組み事例をいくつか紹介した後、2023年1月に新設されたR&Dサステナビリティ&コミュニケーション部 部長の大山志保里さんに、資生堂の「人や社会や地球環境への尊重・共生」していく在り方を尋ねる。
高い機能性と持続可能性を両立させる
2022年12月には、資生堂が1897年に初めて発売した化粧品「オイデルミン」が「オイデルミン エッセンスローション」として、スキンケアとサステナビリティ両面での刷新が発表された。サステナビリティ面に限って詳述すると、環境に配慮した新しい容器技術「LiquiForm(リキフォーム)」を世界で初めて化粧品に採用している。
AMCOR(アムコア)が中心となって開発した技術をもとに、吉野工業所と資生堂が共同でレフィル容器を開発した技術がLiquiFormである。同技術を活用した商品をプレステージブランドなどで展開する予定と2022年10月に発表していた。
同技術はボトル製造と中味液充填をワンステップで実現し、原材料調達~生産~使用~廃棄のサプライチェーン全体でCO2排出量を削減(※1)できるという。本体容器とレフィル容器の2体構造で高級感のパッケージは、本体容器を繰り返し使用することで、使用後廃棄するプラスチック量92%の削減(※2)にも貢献する。
※1 資生堂はディスペンサーやオーバーキャップの再利用を目的として、容器に仮キャップを装着したつけかえ容器を一部製品で販売。そういった従来型のつけかえ容器とLiquiFormによる新規つけかえ容器を同じ容量で比較した結果
※2 顧客が2本目を購入時、本体容器を廃棄する場合と、使用後にレフィル容器のみ廃棄する場合との比較
これまで、資生堂ではLiquiForm以外にもサステナビリティに関連した、いくつかの取り組みを進めてきている。2021年9月には“樹木の恵み"に着目したスキン&マインドブランド、BAUM(バウム)が、岩手県盛岡広域振興局、住友林業との三者協定を締結し、岩手県盛岡市にある「BAUMオークの森」での植樹活動を開始している。
植樹したのは住友林業の協力のもと、BAUMの店舗内で育ててきたオーク(製品の木製パーツ部分に使用)の苗木だ。2020年6月のブランド誕生以来、BAUMは「樹木の恵みを受け取るだけではなく、自然に還していく」ことを掲げ、森を育て、再び製品に活用する循環を目指してきた。
同社がR&D領域において、高い機能性を追究しながら持続可能性に配慮した容器包装の開発や、天然由来・生分解性の高い原料、原料の元となる植物の栽培など、循環型のものづくりに積極的に取り組んできたことが分かる。
2022年7月には、互いに異なる強みを持つ資生堂と積水化学工業、住友化学の3社で協業し、プラスチック製化粧品容器を回収し、分別することなく資源化・原料化を経て、容器として再生する循環モデル構築に向けた取り組みを開始した。
また、同年11月にはSpiberが開発した植物由来のバイオマスを原材料とし、生分解性を有する(※3)構造タンパク質「Brewed Protein 繊維」をもとに、製品への活用を見据えた化粧品原料の共同開発を実施。しなやかで美しいまつ毛を演出するマスカラファイバーとして製品に配合するほか、今後の製品開発に広く活用を検討していくとしている。
※3 未加工のBrewed Protein繊維について、海水、淡水、土壌など、さまざまな自然環境下での生分解を実証済み(海水および淡水での試験は、それぞれASTM D6691およびISO 14851に準拠して実施。海水試験では30日以内で70%以上の生分解を確認)。
元来、化粧品容器は中身の保護や使いやすさ、デザイン性が重視されることから、多種多様なプラスチックから作られているが、分別は難しく、プラスチック資源として循環利用する際の課題となっていた。
資生堂が担う役割は、店頭を通じたプラスチック製化粧品容器の回収スキームの構築と、化粧品容器への再生ポリオレフィン(※4)の活用を行うこと。積水化学が担うのは、使用済みプラスチックなどの可燃性ごみを分別することなくガス化し、微生物の力でエタノールに変換する“BR(バイオリファイナリー)エタノール技術(※5)”を用いて、プラスチックの原料であるエタノールへの資源化を行うこと。
※4 ポリエチレンやポリプロピレンなどの総称。プラスチック(合成樹脂)の一種
※5 可燃性ごみを一切分別せずにガス化し、そのガスを熱・圧力を用いることなく、微生物によってエタノールに変換する技術
住友化学は資源化したエタノールを原料にエチレン(※6)を製造する技術を用いて、従来の化石資源を原料とした製品と同等の品質を持つ再生ポリオレフィンを提供する役割を担う。このように各社の専門分野を通じて、サーキュラーエコノミーの実現を目指している。
※6 ポリエチレンなどの合成樹脂や有機化合物の原料
購入時から廃棄時まで、サステナビリティが伝わるものづくりを
同社が「人や社会や地球環境への尊重・共生」の軸を持ち、ここまで多様な挑戦をし続ける背景には、企業使命である「BEAUTY INNOVATIONS FOR A BETTER WORLD(美の力でよりよい世界を)」のもと、2030年に向けて「美の力を通じて“人々が幸福を実感できる”サステナブルな社会の実現」を目指すことが挙げられる。
資生堂創業者の子息で、初代社長である福原信三氏は現在から100年以上も前に「物事はすべてリッチでなければならない」との言葉と思想を残していたという。これは現在でも全社員が大切にしている資生堂のDNAだという。
「化粧品メーカーとしてだけではなく、資生堂パーラーやサロン、ギャラリーなども展開し、美を表層的に捉えるのではなく、文化レベルで関わってきた歴史が当社にはあります。その在り方こそがリッチであると受け止めていますが、2023年以降のリッチという概念に不可欠なのはサステナブルの要素です。例えば、よりミニマルではありながらも、高級感が感じられる。そんなものもこれからのリッチさの在り方の1つだと考えます」
こう話すのは、R&Dの技術をメディアや生活者に対し幅広く、分かりやすく伝えていく役割が期待されている「R&Dサステナビリティ&コミュニケーション部」(※7)の部長である大山志保里さん。
※7 サステナブルな社会に貢献するモノづくりに関する技術開発、循環型モデル実装に向けた開発を加速させるとともに、同社の強みである研究開発に関するコミュニケーション機能の強化を目的として、2023年1月に「ブランド価値開発研究所」内に同部を設置した
特に欧米の市場では、人と環境にやさしいクリーン処方のアイテムでないと小売事業者で取り扱ってもらうことが難しいといった実態がある。大山さんは続ける。
「使える原料を減らすことと効果効能を高めていくことを両立させるのは簡単なことではありません。当社の研究員たちは、エシカルな視点を持ったクリーンビューティーを体現する製品作りを試行錯誤しています。削ぎ落とすことで洗練されていく日本的な美学を大事にしつつ、今私たちは大きなチャレンジをしていると感じています。生産工程におけるサステナビリティも含めて、分かりやすく発信してきたいです」
2020年以降に起きた未曾有の世界的出来事により、人々の価値観は根本から揺さぶられた。美に関する価値観も同じだろう。大山さんは人々の健康意識の高まりと同時に、地球環境保護への意識も高まったと感じており、同時にサステナビリティに関する人々の意識やリテラシーも向上している今だからこそ、クリーンビューティー領域が一層加速していくと見ている。
「2030年に向けてサステナビリティは最も重要なテーマの1つです。前出の3社協業で行う循環モデル構築に向けた取り組みをはじめ、当社は循環型社会の創造をリードしていきます。画期的な技術を広げ、生活者と自治体、小売業界と組んでプラットフォームを形成し、業界を横断した挑戦をしていくつもりです」
バリューチェーン全体でサステナブルであろう、持続可能なものづくりをしようと努める資生堂。原材料調達時から製品への使用時、使用後の廃棄タイミングまで、製品そのものが同社のサステナビリティの信念を顧客に伝える存在となっているのだろう。
化粧品の“中身”だけではなく、容器を含めた“外身”の両面での立体的なアプローチを通じて、サーキュラーエコノミーの実現に大きく貢献していく同社の取り組みから目が離せない。