パンデミックは、働き方だけでなく、人々の暮らし方やビジネスの進め方など、さまざまな業界に大きな影響を与えました。特に、私たちの働き方は大きく変化しました。テレワークが新しい働き方のオプションの一つとなり、会議はオンラインで行うことが当たり前になり、人々は生産性のある働き方を模索し続けています。こうしたムーブメントが、先進国で生産性が19年連続最下位の日本にとっては必要な変化だったのは間違いありません。

しかし、少子化という大きな課題を背負いながら、激変するグローバルマーケットで日本企業が勝ち残るためには、生産性を高めるだけでなく、イノベーションを生み出す力が必要になってきます。

Citrixの調査によると、昨年に企業が新しいテクノロジーや柔軟な働き方改革への投資を行ったことで、グローバルの産業全体で6,780億ドル(約76兆円)の収益増をもたらし、今後も継続的な成長が期待できることが明らかになっています。また、調査に参加したビジネスリーダーの約9割が、パンデミックの影響による新しい職場でのテクノロジーの導入により、個人やチームの交流が大幅に改善されたと回答し、今後1年間で組織はイノベーションに向けて転換を進め、その結果、これまで以上に多くのアイデアを生み出すようになると予想しています。

同調査では、調査対象者の93%が、「デジタルコラボレーションの増加にともない、組織全体から多様な声が届くようになり、またより多くのアイデアが表面化するようになったと思う」と回答し、80%が「パンデミックの期間中、自由に考える時間が増えたことで、自分自身も今まで以上にクリエイティブなアイデアが生まれるようになった」と回答しています。テレワークの推進に伴ったテクノロジーの導入や働き方の変革が、ポジティブな影響を与えているのです。

世界ではコロナ後にイノベーションを生むため、大きく舵を切る準備が整っていることが明らかになっています。しかし、上記の調査には、日本は調査対象に含まれていません。日本の企業はイノベーションが生まれる土壌として、コロナ禍に起きた働き方の変革を活用することができるのでしょうか?

イノベーションとは?

経営思想家のクレイトン・クリステセンは『イノベーションのジレンマ』という著書の中でイノベーションには2つのタイプがあると述べています。すでにある商品に対して顧客のニーズを把握し、価値を向上させるために継続して生み出される「持続的イノベーション」、古い価値観の中では評価されないが、新しい価値観の中では価値を生む「破壊的イノベーション」の2つです。

持続的イノベーションは、顧客のニーズに耳を傾け、その課題に取り組むことで生まれていきます。

しかし、破壊的イノベーションには、顧客が気づいていない課題やニーズに気づき、そこにソリューションを提供することが必要です。持続的イノベーションは、さまざまなユーザーデータや調査結果をもとに提供することが可能かもしれません。しかし、破壊的イノベーションを起こすには、デスク上にしがみつくだけでは難しいです。さまざまな日常生活の中の多様な体験を通した「気づき」が必要になってきます。そしてまた、同じ意見を持った人たちが議論し合っていても、イノベーションは生まれません。多様な経験と多様な意見を揉み合う中で、新しい価値が生まれていくのです。

ダイバーシティから生まれるイノベーション

SDGsの広がりとともに、「多様性」という言葉が注目されるようになってきました。多様性の具体例として最も耳にするのが「女性活躍推進」です。「女性管理職の増加」というように、企業にとっては義務として捉えられることもありますが、欧米では「多様性」はイノベーションの創出には欠かせない経営戦略とされています。

日本でも、内閣府男女共同参画局のレポートで「イノベーションの源泉とは、知と知の組み合わせであり、組織内の議論など”創造的な摩擦”を通して、革新的な考えを生み出し、実現すること」と紹介されており、そのための女性起用の必要性を訴えています。

しかし、職場に女性を増やす、女性管理職を増やすだけが多様性への入り口ではありません。現在、職場に男性しかいないとしても、多様性を育むために今すぐできることはあります。それは、イントラパーソナル・ダイバーシティの促進です。

ジェンダー平等を実現する方法の一つとして、男性の育児の促進のために情報発信をつづけている「Respect each other」代表の天野 妙(あまの たえ)さんは、自身の著書『男性の育休』で、イントラパーソナル・ダイバーシティについて触れ、本業とは異なる価値観を持った異質な場に積極的に出て行くことで、自分自身の中に養われる多様性の重要性について言及しています。

天野さんとイノベーションについて話をする機会があり、働き方との関係性について、次のように話してくださいました。

「”男性の育児休業”の目的は、従業員の満足向上や企業の社会的責任と言われることがあります。しかし、本件は待機児童、ワンオペ育児、長時間労働の是正など日本の社会問題を連鎖的に解決するだけでなく、日本の経済成長、日本人の幸福度の向上、そして企業のイノベーションにつながります。そのとても高い山の頂上にたどり着くために、必ず通らなければならない山の一つがジェンダー平等です。なぜなら、ジェンダー平等を目指す過程で、組織はより多様性を持つことが必要となり、それがイノベーションにつながるからです」

「伝統的な社内ルールの中で、同じ職場の似た境遇の人々と日々会議を重ねても、イノベーションはなかなか生まれません。多様な働き方をする、多様な人々が、多様な環境でコラボレーションしながらプロジェクトを進めることで、本来の意味の多様性が促進されイノベーションが生まれる環境が整うのです」

イノベーションが生まれるための環境づくり

ただし、組織内の多様性だけではイノベーションは生まれません。すべての従業員が心理的安全を持って発言し、健全な意見のコンフリクトが行われる環境が必要です。例えば、テレワークや、時短勤務をしている育児や介護中の社員がその立場に引け目を感じ、発言ができないような職場環境ではイノベーションは生まれにくいのです。少数派であっても安心して発言できる環境は、リーダーのみならず一人ひとりがお互いを尊重し合うことで作り上げることが可能です。

働く場所にとらわれず、一人一人が引け目を感じることなく活躍し、成果を出せる業務環境を整えることが重要なのです。日々の業務を通して、適正に評価されている人は、発言することを恐れる必要がないからです。

テレワークの導入は、これまで育児や介護の両立のために仕事をセーブしてきた人たちの活躍を後押しし、採用されにくかった人材が労働市場に戻ることを可能にします。また、働き方をより効率化することで「働かない時間」を増やし、インターパーソナル・ダイバーシティを育む時間を人々に与えます。

新しい働き方は、働けずにいた人材により成果を出しやすい環境を与え、働きすぎていた人たちに自分の時間を取り戻す機会を与えます。そして、イノベーションが生まれやすい土壌を作り上げるのです。そして、テクノロジーが仕事をよりシンプルにすることで、私たちにより深い議論をする時間を与え、より良い意志決定を下す機会を与えるツールとなります。

今後、企業が成長し続けるために必ず「働き方のアップデート」が必要になるでしょう。

著者プロフィール


小保方 順子(おぼかた よりこ)シトリックス広報担当