近年、商品の調達から消費までの一連の流れであるサプライチェーン(物流)への関心が高まってきている。グローバル化が進む中で、今や地球の裏側で起こったことが日々の食卓まで影響を受ける時代だ。

それは、特に新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、世界規模で物流に混乱が生じたことで顕著になった。近年、とある外食チェーンがフライドポテトの販売制限を設けたニュースなどが記憶に新しい。

本稿では、ESG(環境、社会、ガバナンス)課題への対応で求められる海と陸のサプライチェーン管理にスポットを当てて、衛星画像を含む地理空間データがどう活用されているのか、事例を紹介する。

海のサプライチェーンを可視化

昨今、衛星画像や船舶信号(AIS)、ラジオ波など地理空間データの活用によって、船舶の位置や軌跡の把握・分析がほぼリアルタイムで可能になり、海のサプライチェーンが可視化されるようになった。

このように海を越えてグローバルなサプライチェーンの効率的かつ精緻な把握を可能にする地理空間データの分析は、自社のサプライチェーン管理のほか、経済状況の把握、リスクマネジメント、特定の企業を調査する金融機関などで多く利用されている。

ここでいくつか事例をご紹介したい。下図は、黒海からウクライナ経由で輸出しているロシア産アンモニアの輸出ルートをモニタリングすることで、ロシアのウクライナ侵攻がアンモニアのサプライチェーンにどのような影響をもたらしているか分析している事例である。

  • 衛星データの解析が生み出す新しいビジネスチャンス 第6回

    ウクライナ・オデッサ港の化学プラントから出発した船舶の軌跡をマッピング

ロシア産アンモニアなどのエネルギー資源を受け取る国々が、ロシアのウクライナ侵攻前後でどのように変化したかを把握することが可能だ。

また下図は、夏季にオランダ・アムステルダムを出港したエネルギー運搬船が北極海ルートを使って日本まで航海した軌跡と航海日数を可視化した事例だ。

  • 衛星データの解析が生み出す新しいビジネスチャンス 第6回

    オランダ・アムステルダムを出発したエネルギー運搬船が北極海ルートを通ってきたアジアに到着した軌跡と航海日数を可視化

地理空間データを使用し、実際にかかった航海時間を分析することで、政治的に不安定で複数の国の海域を通過する「南周りルート」に比べ、海賊も出る可能性が少なく絶対的な距離も近い「北極海ルート」の方が北アジアへのアクセスが速いことがわかった。

このように地政学的なリスク回避などサプライチェーンの最適化が図れるほか、競合企業の実態把握やそれに基づいた将来の戦略設計なども可能だ。

そのほか、2022年8月に南シナ海東部の緊張が高まり、その海域で軍事演習があった。実は、そのエリア一帯は東南アジアから北アジアの海運サプライチェーンの中心であった。軍事演習実施の場所が公開されてすぐ、自社の物流や市場のサプライチェーンがどのような影響を受けたかを瞬時に把握し、適切なリスク回避の決断をするには、日々サプライチェーンのモニタリングやリスク管理を行う必要があるだろう。

筆者としては近年、脱炭素エネルギーとして世界的に注目されている「アンモニア燃料」も海のサプライチェーン管理が求められる分野として重要視している。日本では将来、海外輸入に頼ることになるだろう。その際、どのように効率的かつ安定的に海のサプライチェーンを確立するかが大きな課題になると同時に、その解決策として、地理空間データを活用した分析が大いに役立つと考えている。

陸のサプライチェーンを可視化

海のサプライチェーンに比べ、陸のサプライチェーンはより複雑だ。製造業などの場合、自社の取引先の場所や物流ルートは把握していても、その「取引先の取引先の取引先…」といった情報など、サプライチェーンの全貌を精緻に把握することは難しい。

地理空間データを用いた陸のサプライチェーン分析では、主に衛星画像から検出された車両やトラックの位置情報、匿名化されたGPS情報、そしてコネクテッドカーのデータが利用される。

これらのデータを掛け合わせることで、それぞれの量や位置関係などを精緻に把握・可視化し、今まで難しかった複雑なサプラチェーンの全貌を読み解くことができるようになる。

本連載の第4回でも触れたが、陸のサプライチェーン分析の代表的な事例にユニリーバの自社サプライチェーン可視化の事例がある。衛星画像とGPSデータを掛け合わせることで、今まで把握できなかった自社サプライチェーンやその過程における地域全体の森林環境の実態把握が可能になった。自社製品の原材料がどのように調達されているか、そして、どのような環境影響があるかを明らかにした事例だ。

そのほか、日本特有のケースとしては災害時の製造業界におけるビジネスへの影響把握のケースが多くみられる。

自動車などの製造業は、部材調達から商品の製造に至るまで、無数のサプライチェーン(部品供給網)を引いている企業が多い。それゆえ、部品調達先で発生しうる遅延・停止がビジネスに及ぼす影響は当然、計り知れない。

2019年10月に日本を襲った台風 19 号の際は、完成品を製造する工場は被害を免れた一方、サプライヤーの工場が稼働停止に追い込まれるなどサプライチェーンを支える部品メーカーの被災により製造業に深い爪痕を残したというニュースが相次いだ。

こういった災害時や予期せぬインシデント発生の際に、地理空間データ分析を通して、全国のサプライチェーンの部品工場の稼働状況をモニタリングおよび把握することで、ビジネスへの影響を迅速に把握した上で再稼働の可否など、素早い意思決定が可能になる。