新型コロナウイルス感染症の到来は、オフィスの在り方を再定義する大きなきっかけとなった。

オフィスをなくし完全リモートワークに移行する会社や、あえてオフィス環境に投資しハイブリッドワークを実現する会社など、取り組みは十人十色だ。「出社する場所としてのオフィス」の時代は終わり、世界中の企業はオフィスに新たな付加価値を見出そうとしている。

本連載では、先進的な働き方・オフィス構築を行っている企業に潜入し、思わず「うらやましい」と声を漏らしてしまうその内容を紹介していく。「これからのオフィスどうしようか……」と考えている読者の手助けにもなれば幸いだ。

第9回となる今回は、日本における二大出版取次会社の一角を担う日本出版販売(日販)のオフィスを紹介する。

  • 左からプラットフォーム創造事業本部 文喫事業チームマネージャーの棚橋美穂氏、同事業本部 プロデュース事業チームマネージャー 植木大志氏

27のグループ会社のヘッドクオーターとしての機能を備える

日販は、従業員の働きやすさ向上と職場環境改善、グループ内ならびに社外パートナーとの共創機会の創出のため、御茶ノ水本社の7階ワンフロアをリニューアルし、2023年2月20日より順次稼働させている。

「今回、オフィスリニューアルを行うにあたり、コロナ禍を経てニューノーマルな働き方が当たり前になってきているような状況の中で、まず、オフィスというリアルな場所にこれから求められる要素を考えることから始めました」(植木氏)

  • オフィスをリニューアルした経緯を語る植木氏

検討を進める中で、日販グループが尽力しているESG経営の「S」である「社会(Social)」、つまり社員の働きやすさを重視したオフィスを創造することで、社内外から人が集い、コミュニケーションが生まれ、新しいビジネスへと発展していくようなサイクルを生み出すオフィスを作ることになったという。

「また、リニューアルのテーマでいくと『日販グループの連携』も大きく関係してきます。日販には現在、27のグループ会社があるのですが、日販グループのヘッドクオーターになるようなオフィスを作ることが最初のお題でした」(植木氏)

そのため、リニューアルされたオフィスには、御茶ノ水本社に勤めている社員以外も気軽に立ち寄れるようになっているほか、普段はフロアごとに分かれて業務を行っている本社の社員たちが、部署間や部門の隔たりを感じずに集まることができる空間として作用しているという。

「また、私たちは元々『取次(出版社と書店を仲介し、本を流通させたり、出版社の情報を書店に伝えたりする役割)』という業態なので、書店さまや出版社さまといった社外の方の出入りが多いオフィスです。加えて、最近では事業を拡大し、業界を超えたパートナーさまも多くなってきております。そのような社外の方たちとのコミュニケーションを活発にし、さまざまな取り組みを行える場所にもしていきたいと考えています」(棚橋氏)

  • オフィスのこだわりを語る棚橋氏

そのような想いでリニューアルされた日販の御茶ノ水オフィスだが、その内部はどのようになっているのだろうか。早速、見ていこう。

本をモチーフにした会議室には緑がたくさん

7階へ上がってすぐの会議室スペースに訪れるとまず目に付くのは「緑の多さ」だ。

この植物たちは、日販のグループ会社で、商業施設やオフィスなどを中心にグリーンレンタルやランドスケープデザインなどのサービスを展開する日本緑化企画から提供されたものだという。

  • たくさんの自然が感じられる会議室スペース

これ以外にも、多くのグループ会社が手掛ける商品や家具などがフロアに導入されており、まさに「日販グループの連携」が感じられる仕様だ。

  • 家具や小物にもグループ会社の商品が使用されている

このようにグループ愛あふれる会議室スペースだが、この会議室にはもう一つのこだわりが隠されている。この会議室の名称に注目してみてほしい。

「グループ各社の従業員や、社外パートナーの皆さまとの交流を深めて、共に新たな価値創造を行っていくために設置された会議室ですが、それぞれに『ページ数』の名前が付いています。またよく見てみると、部屋名のボードは本の形になっており、ここにも日販らしさが表れています。会議室は全部で10部屋あり、うち2部屋には円卓を導入し、より関係性を深めやすい環境を作っています」(棚橋氏)

  • 本をモチーフにした会議室名

本を愛する日販らしい「ライブラリー」と交流の場「イベントスペース」

会議室スペースを通り抜けると、そこにはライブラリーとイベントスペースが広がっている。

ライブラリーには、従業員自身が選んだ本を展示する「1000人の本棚」に加え、日販グループが手掛ける、本と出会うための本屋「文喫」とブックホテル「箱根本箱」によって選書された本が並んでおり、アイデア発想・学びの場・従業員同士の交流を促進する場となるだけでなく、社外パートナーに向けた、オフィスライブラリーおよびグリーンレンタルのショールームとしての機能も兼ね備えている。

  • たくさんの本が並ぶライブラリー

またイベントスペースは、116名まで収容可能で、レイアウトの変更が容易な軽量家具を採用しているためリアルのイベントやセミナーを開催することも容易だという。

  • 動かしやすい軽量家具たち

加えて、このライブラリーとイベントスペースの先にはカフェスペースが用意されている。

あえて執務エリアから離れたところに人が集まる場所としてカフェスペースを設けることで、チーム内だけでなく、チーム外の従業員とも偶発的な会話を生み出し、コミュニケーションを活性化することを狙っているという。

コーヒーサーバーやウォーターサーバーの設置はもちろん、従業員の健康的な生活をサポートする設置型社食サービスを導入し、一角には日販が日清紡ホールディングス株式会社とともに手掛ける小型のいちご栽培工場「City Farming」も設置されているという日販自慢のカフェスペースだ。

  • カフェスペースで栽培されているいちご。収穫時期を迎えたものはカフェスペースで従業員に提供される

最後に、植木氏に今後のオフィスの展望を聞いた。

「弊社がある御茶ノ水という町は、昔から隣町の神保町と共に『本の街』として多くの方に愛されています。この街から多くの出版業界のカルチャーが発信されてきたのです。そのため、私たちは、このオフィスをただのオフィスで終わらせるのではなく、文化発信の拠点として、地域や社外の方と繋がっていく、そんな場所にしていきたいと思っています」(植木氏)